拗らせ王太子の悩みと決意
隣で眠るナタリーの寝顔を見つめる事が完全に日課になってしまった。それなのに彼女はその権利さえも私に許してくれないのかと思うと、どう彼女と向き合うのが正しいのかわからない。安心出来る人とは誰だ。素直に私の横で寝たくないとそう言えばいいのに。彼女はそう言えないから遠回しに言っているのだろうが、他の女性を勧められる方が傷付くとは思わないのだろうか。
シェッドへ行く事が決まった晩、枕元に手紙が置いてあった。ナタリーの寝顔と手紙を交互に見ながら、高揚する気持ちを抑えてゆっくりと手紙を開いた。そして読んで人生で一番ではないかというくらい肩を落とした。先程までの期待に胸を膨らませた時間を返せと揺り起こしたい気持ちにもなったが、それは流石に八つ当たりなので思い留まった。母へのお土産に毛織物のひざ掛けを一枚買いたいけれどいいでしょうか、なんてそのような事は私の許可など不要だから好きなだけ買えばいい。そう返事をしたが彼女は結局一枚しか買わなかったようだ。
しかしあれで認めざるを得なくなった。どう考えても私はナタリーに惚れている。手紙を見た時のあの気持ちはクラウディア様から初めて絵本を貰った時並み、いやそれ以上に嬉しかったかもしれない。中身は全く嬉しくなかったけれど。低姿勢なのは彼女の個性だという事はわかっている。未だに王太子妃に相応しい服を仕立てようと色々な布地を見せても、もう沢山あるからと結局何も選ばない。だけど私の仕立てた服はきちんと着る。そのうち露出の高い服を仕立ててみようか? いや、変態と思われたら困るからやめておこう。そもそもスティーヴンの冷めた視線が怖い。
スティーヴンは本当によく出来た私の側近だ。しかしナタリーが悪阻みたいだと言った時のあの視線、あれは本来側近が主に向けていい視線ではなかった。拗らせているとは思っていたけど先に手を出していたのかという、あの蔑むような冷たい眼差し。自分でも最低の行為だったと思っているし反省もしているから、その後は手も出していないしどう向き合っていいか困っていたのに、それすらも見越して愚かと言わんばかりのあの眼差し。奴は本当に面白くない。だがスティーヴンがいなければシェッド帝国と対抗出来ない。悔しくても解雇は出来ないし、そもそもする気もない。通常の公務さえ滞ってしまうし。
ナタリーはルジョン教の教えに従って子供を産むと言ったのだろう。彼女を抱いた後彼女を形成している根本を知りたくて、また彼女と会話をするきっかけになるかもしれないと聖書には目を通した。ルジョン教では一夫一妻制で授かった命を奪う行為は禁じられている。育てられないのならば大聖堂に預ける事も出来るらしい。だから彼女はたとえ望まぬ妊娠だったとしても、子供を産まないという選択肢を持っていない。少しは私の子供だからと思ってくれたりしないだろうかと期待したけれど、言い方がルジョン教の教えそのままだった。彼女には悪い事を言った。もし男児だった場合でも命を奪わないよう色々と考えている事を伝えた方がよかったのかもしれないが、私の裏仕事を彼女に言う気にはならなかった。彼女が母国と繋がっていない事は、ここへ来て改めて実感出来たのだから彼女を味方にしてしまえばいいのだが、そうなると彼女をずっとレヴィ王家に縛り付ける事にもなりかねない。だから彼女は何も知らない状況で、いずれ自由を手にするようにと思って言った言葉が思いの外酷かった。
ナタリーの髪に触れようと手を伸ばして触れる前に引っ込めた。彼女の黒髪は濡羽色でとても綺麗だ。レヴィにはまずいない髪色である。この三年でイネスが丁寧に世話をしたからか艶も出てきた。この皇宮にはそれなりに黒髪の人間がいたが彼女程綺麗な髪はいなかった。シルヴィとデネブも黒髪だが日に透けると栗色に見える。しかし彼女は日に透けると青みがかった黒で綺麗なのだ。
皇帝陛下に謁見の間を追い出されてすぐにシルヴィとデネブに捕まった。もしかしたらこれは計算されていたのかもしれない。侍女二人の好意は明らかだし、皇帝陛下はナタリーを道具としか思っていないのに対し、シルヴィとデネブは娘扱いなのは話を聞いていればわかる。本来なら私を殺す所を適当な死体を用意して、私は帝国に監禁されるかもしれない。シルヴィとデネブに奉仕する為に生かされる未来など御免だ。だがあの二人の妙な自信は何だろう? ナタリーと違いすぎて理解が難しい。大切な情報源であるし上手く誤魔化しておかなければとは思うのだが、不特定多数の女性を抱いているのなら私達も抱けるわよねと言わんばかりの視線が痛かった。抱けるわけがない。私は側室候補を選んでいるのだから、あの二人は除外だ。そもそも好みでもない。もしかしたらシェッドとレヴィでは理想の女性が違うのかもしれない。ナタリーはこの三年で可愛くなったのに、皇宮の人々の彼女を見る視線に彼女の変化を喜ぶような雰囲気は、誰一人として読み取れなかった。
しかしナタリーの無防備な寝顔が辛い。何か出来る事があったら指示をして下さい、とはどういう意味で言ったのだろう? 父親があまりに酷い計画をしている事に対する罪滅ぼしだろうか? 私を愛して欲しいと言う言葉を必死に飲み込んだが、上手く誤魔化せているといいのだが。彼女が妊娠しているかもと気付いて、これは態度を変える絶好の機会だと精一杯優しくしたつもりなのに、響いていないどころか明らかに彼女は困惑している。やはり私の事が嫌いなのだろうか。あのような事をしておいて好かれていると思う方がおかしいとはわかっているけれど、それでもあの夜彼女は嫌がらなかった。
いや、待てよ。法律上は夫婦なのだから拒否してはいけないと表面上受け入れたように見せていただけで、実は私に犯されていると思っていたのかもしれない。私は彼女を抱く前に彼女の勘違いを訂正していないのだから、彼女の同意を得ていない。法律上は夫婦であるから彼女は私の行為を訴える先がなく、ずっと一人で悩んでいたのかもしれない。それなのに妊娠など余計な負担を彼女にかけてしまった。他の女性を抱く時には避妊をしていたのに、あの夜いくら精神的に余裕がなかったとはいえ、それを怠った自分を今すぐ殴りに行きたい。冷静に考えれば強姦されて妊娠させられたようなものだから、私に好意を抱けという方が無理だ。少し優しくした所で彼女の心が変わるはずなどない、むしろ迷惑だ。そう思うと彼女が私の横で寝たくないと言うのも辻褄が合う。レヴィに帰ったら以前と同じ態度に戻そう。勝手だが彼女には健康な子供を産んで欲しいから、精神的負担にならないように私は彼女に近付かない方がいいだろう。そして早急に代わりを探して、彼女を解放してやらなければ。しかし見つかるだろうか? もう一度抱きたいと思ったのが約十年で彼女が初めてだったのに、簡単にもう一人見つかるだろうか?
ジョージは王位継承権を放棄しているから、私に跡継ぎが生まれなければ次は王妃の息子になる。正直公国の血が混ざる男を王位に就けたくはない。出来ればレヴィの中でナタリーの代わりを探したいが、もう結構な女性に声を掛けたから残っている令嬢は少ない。彼女が妊娠しているなら男児がいい。何としてもシェッド帝国の思惑を粉々に砕いてレヴィを守る。彼女の子供をシェッドの手先だと言う輩も出てきたら全員黙らせてやる。彼女と子供は私が守る。たとえ嫌われていようと、法律上は問題ないのだから絶対に守ってみせる。




