表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
知らないふりをさせて下さい  作者: 樫本 紗樹
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/50

王宮内のざわめきと幸せへの期待

 帰りも吐き気と戦いながら馬車に揺られて帰ってきた。殿下には公務に支障をきたしてはいけないので先に帰って下さいとお願いしたのに、全く聞く耳を持って貰えなかった。優しくして下さるのは本当に嬉しいけれど、いい夫のふりは程々にして頂かないと、私の勘違いが止まらなくなるので勘弁して欲しい。しかしそう言うわけにもいかず、私は必死に勘違いしないよう自分に言い聞かせて何とか耐えた。



 レヴィ王宮に戻るとすぐに検診の手筈が整えられ、妊娠していると診断された。王太子妃の懐妊だからなのか王宮内はお祝いの雰囲気に包まれたけれど、正直男児ならお祝い所でもないし、まだ出産もしていないのだから気が早すぎる。


「いつやっていたのよ? てっきり相手にされていないと思っていたわ」

「そのような事を報告する義務はありません」


 シルヴィとデネブは相変わらず上から目線だ。父から私が子供を流さないように見張りを依頼されているはずなのに、何故精神を削るような事を言うのだろう。


「念の為確認をしておくけど、殿下以外の子供という事はないわよね?」

「当たり前ではないですか。失礼な事を言わないで下さい」

「そうよ、デネブ。この子が誰かに相手にされるわけないでしょ。殿下も誰でもいいという気分の時に手を出しただけで、別に好きで抱いたわけではないわよ」


 わかっていても人に言われるのは嫌だ。特にこの二人に言われるのは嫌だ。二人も私が先に妊娠をしたから悔しいのだろうけど、父の計画を知っているのならば私が無事に出産する事を願うべきだと思う。イネスが席を外している時だけ攻撃してくるから質が悪い。


「だけどナタリーが悪阻で日程を狂わせたから、殿下は今とてもお忙しいのよ? わかってる?」


 デネブに睨まれた。それは申し訳ないと思っているけど、私にはどうしようもない。多分自分が相手して貰う時間がない事を八つ当たりしているのだろうけど、私は殿下の仕事内容を一切知らないから変わる事も出来ないし、まだ悪阻も収まっていないのだけど。あぁ、気持ち悪くなってきた。私はイネスの戻りを待ち遠しく思いつつ洗面器を手元に手繰り寄せた。


「殿下はお忙しいのにナタリーはいい身分ね」


 そのような事を言われても困る。そんなに言うのなら二人が殿下を手伝えばいいのに。気持ち悪いのに吐けない辛さなんて二人は知らない癖に。馬車の移動も辛かったけれど殿下がいない分、この二人の攻撃の方が精神的に辛い。誰かこの二人を隔離して欲しい。

 そう願っていると部屋をノックする音がしてイネスが戻ってきた。助かった。イネスはトレイを乗せたカートをテーブルの横に置いた。


「ナタリー様。料理長がゼリーを用意して下さいました。これなら食べられそうですか?」


 料理長は私が悪阻であまり食べられないと知ると、さっぱりしたものを色々と用意してくれている。私の為に申し訳ないと思いつつも応援されているみたいで嬉しい。


「ありがとうございます。少し食べてみます」

「今生姜湯を淹れますから、まずこちらからお飲み下さいね」


 イネスはテーブルにトレイを置くとポットから生姜湯を注いだ。生姜湯は悪阻に効果があるらしく、イネスはよく淹れてくれる。それ以外にも妊婦にいいというお茶を色々淹れてくれる。


「いつもありがとうございます」

「ナタリー様には元気なお子様をご出産して頂きたいので何でも致します。遠慮は一切いりませんよ」


 イネスは微笑んだ。イネスは私の妊娠を心から喜んでくれている。勿論彼女は私の父の狙いなど知らないから仕方がないのだけれど、少しだけ良心が痛む。私はティーカップを手に取り生姜湯を口に運んだ。温かくてほっとする。気分が少しましになった気がするのは、イネスの優しさに触れた部分も大きいと思う。


「お二人もナタリー様は大切な時期なのですから、妙な事は仰らないで下さいね」

「別に何も言ってないわよ」


 デネブ、あの発言は何も言ってない内に入るの?


「それならいいのですけれどね。精神的な不安も妊婦にはよくないので気を付けて下さい」

「煩いわね。出ていけばいいんでしょ。行くわよ、デネブ」


 苛立った表情のシルヴィはデネブを連れて部屋を出ていった。私は胸をなで下ろした。馬車移動中あまり顔を合せずにすんだから、王宮内であの二人と顔を合わせる日常に戻った事に少し辟易していたので、イネスには感謝しかない。


「ありがとうございます、イネスさん」

「お礼は結構です。あの二人がおかしいのですから。それよりナタリー様、よかったら編み物をしませんか? 気分も紛れますし子供の物を編むのは楽しいですよ」

「ですが私は編み物をした事がないのですけれども」


 スティーヴンに言われて刺繍は出来るようになったけれど、編み物は教えて貰っていないから出来ない。修道服なら縫えるけど。


「ゆっくりで大丈夫ですよ。まだ時間もありますし、色々と編んでいきましょう」


 イネスが楽しそうに微笑むので私もつられて微笑んだ。殿下には申し訳ないけれど折角だから楽しもう。最初で最後とわかっているのだから出来る事は何でもしよう。問題を先送りにするのはいけないかもしれないけれど、女児が生まれれば問題はないのだから、男児が生まれるまでは考えなくていい。今はただ無事に出産出来るよう、その環境を整えよう。



 私はシルヴィとデネブの攻撃を適当にかわしながら、妊娠生活を楽しむ事にした。悪阻が収まると食欲も戻り、庭を散歩する事も出来るようになった。しかし何故かシルヴィとデネブは私を攻撃対象とするのをやめ、最近では王妃殿下の侍女と喧嘩をしているらしい。そしてその余波なのか王宮の食事が公国の味付けという微妙なものに変わった。やっと美味しいレヴィの食事を食べられるようになった所なのに。もしかして王妃殿下は私の出産を望んでいないのだろうか? 遠回しの嫌がらせは困るけど、私がシルヴィとデネブに文句を言った所で、二人が聞き入れて態度を改めてくれるはずもない。


 公務は必要最低限に抑えられ、たまに様子を見に来るシェッドの外交官と会話するくらいだった。レヴィに戻ってきてからは殿下とはまた顔を合わせない生活に戻ったけれど、妊婦用の服は用意してくれた。お腹が大きくなってくると性別が気になってきたが、こればかりは産むまでわからない。編み物も性別がわからない以上無難な白色で編んでいた。勝手に女児と決めているので赤や桃色も使いたかったけれど、本来なら男児を望むのが筋なのでそれは心の中に秘めておいた。


 そして王宮内では王妃派と王太子妃派で揉め始めていた。シルヴィとデネブの行動が徐々に酷くなっていき、今では王妃殿下と私のどちらが美人かという討論になっているらしい。どうせ私の事を美人だと思っていないのだから黙っていて欲しい。教えてくれたイネスも注意してくれているみたいだけれど、全く聞く耳を持たないようだ。勝手に王宮内でシェッド派閥を作るのもどうかと思うけど、私が望んでいるように振る舞うのはやめて欲しい。私は王妃殿下と争い事を起こしたくもないし、母国なんてどうでもいいのだから。




 約一日半陣痛と戦って私は無事に元気な女児を出産した。マリー様、本当にありがとうございます。しかも黒髪ではなく殿下か母に似た金髪なんて、こんなに嬉しい事はない。何て愛おしい子なのだろう。これからはこの子の為に生きていこう。


「お疲れ様」


 殿下がいつもの笑顔とは違う表情をしている。だけどまだ昼間なのに、何故殿下がここにいるのだろう? 私は出産の為に別室を用意して貰い、そこでそのまま寝ているのに。騒がしくしてはいけないと、殿下の執務室からは遠い部屋を選んでもらったのに。そうか、性別の確認に来たのか。命がかかっているのだから当然だ。


「女の子です。大切に育てます」

「あぁ、名前は考えてある?」


 名前? そのような大切な事を何も考えていなかった。女児と決めつけていたのだから候補くらい考えておけばよかった。


「その様子だと考えていなかったみたいだね。私はアリスがいいと思うのだけど」


 殿下は考えてくれていたの? 嬉しい。とても嬉しい。私の名前もレヴィ語と帝国語共通だけどアリスも共通だ。そこまで考えてくれたのだろうか?


「アリス、いいと思います」

「そう? それならアリスにしよう」


 殿下はそう言うと眠っているアリスの頬を撫でた。まるで愛おしい者を見つめるような殿下の表情に、私は少し期待をしてしまった。もしかしたら殿下はアリスを愛してくれるかもしれない。私を愛してくれなくても、アリスを愛してくれるのならそれも幸せかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
宜しければ拍手をお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ