五十年ぶりぐらいの寮は相変わらずカビくさくて陰気だけど女の子がいれば明るく見えるから不思議だね
応接室を出てトゥールの先導で寮に向かう。
寮は応接室があった本館の隣の、ずっと昔から建っている石造りの建物だ。昔「魔王」が通っていたころから同じ建物なので迷いようがないのだが、おとなしく先導されるままについていった。相変わらずツタが巻き付いた陰気な建物だった。
三階建ての三階は女子寮になっていて、当然だが昔は入れない場所だったから少し新鮮だ。つくり自体はほかの階と全く同じなのだが、なんとなく華やかな気がするのは気のせいだろうか?
トゥールとは部屋の前で別れる。
ドアの上に三号室と書かれた板が張り付いている。ここで間違いない。
「緊張するなぁ」
考えてみれば、自分と同じ年頃の女子と会話するのはそれこそ半世紀ぶりだ。その半世紀前ですらろくに言葉を交わした記憶はない。おっと、思い出したら涙が…。
深呼吸して、扉をたたく。
すぐに中から「どうぞ」と声が返ってきた。
部屋の中に入る。きれいに整頓された部屋だった。寝台が三つ並んでいて、壁際にも机が三つ。部屋には二人の先住民。
この二人に受け入れられるかどうかで生活の質が大きく変わるのだ。ここは卒なくこなす必要がある。
「今日からここでお世話になります、ハイドランジアです。ハイディと呼んでください」
「よろしく、ハイディ。私はリリィ。この学院は二年目、十五歳よ」
「私はマチス。同じく二年目、もうすぐ十五歳ですよー」
部屋の中にいた二人とあいさつを交わす。
一人は、リリィ。少しきつい目が特徴の、きれいな子だった。
もう一人のマチスは、どこかほっとさせる印象の、おさげの女の子だ。
どっちも怖い感じの子じゃなくてよかった、とひそかに胸をなでおろした。
「ハイディちゃん小さいね、何歳?」
マチスが手を引いて部屋の中に引き入れてくれた。ハイディの身長は彼女の胸ぐらいまでしかない。
「もうすぐ十歳になります」
「九歳!?よく入学できたね」
「トゥール先生に拾っていただきました」
「はえー、優秀なんだ?」
「そう、なんでしょうね?」
通例、学院に入るのは十三から十五歳のころだ。それより幼いころに入学してくる生徒もいなくはないが、一桁となればかなり珍しい。とぼけるのもおかしいのでこう答えたが、それがツボに入ったらしく、マチスは笑いすぎてせき込むほどだった。
代って寄ってきたリリィになぜか抱きすくめられた。悪い気はしないが初めての経験で緊張してしまう。
「ハイディちゃんはこのあたりの出身?」
「いえ。馬車と船を乗り継いで一週間ちょっとかかりました」
「船ってことは、南方かな?いいね、一度行ってみたいんだよねー」
「何もないところですけどね」
「ははは。私は、この町じゃないんだけど、グラス湖の近くの町の出身だよー。で、リリィは生まれも育ちもこの町なの。町でわからないことがあったらリリィに聞くといいよ」
「わかりました。よろしくお願いしますね」
そういうと、なぜかリリィに再び抱きしめられた。気に入られたようである。
「さて、と。こんなところで立ち話もなんだし、お風呂にしましょう」
「な、なぜ…!」
「ほらほら、裸の付き合い、ってあるじゃない?」
というわけで、押し切られる形で別棟にある浴場に向かうことになった。
小屋ほどの建物で、当然のように男女別になっている。まだ少し時間帯が早いせいか貸し切り状態だった。
「どうしたの、脱がないとお風呂入れないよー?」
マチスに勧められるが、どうにも踏ん切りがつかない。脱衣場でもぞもぞと所在なさげに視線を右往左往させる。
さっきからちらちらと白い素肌が見えているが、できるだけ見ないように目をつぶって自分もよろよろと服を脱いでいった。
(自分は女の子自分は女の子自分は女の子自分は女の子…)
頭の中で精神統一の魔術を詠唱する。効果がどれほどあるかはわからない。
「いざ!」
ばっ、と振り返ると、目の前に全裸の少女が二人立っていた。
(無理だ!)
素早く目をそらす。
「何、ハイディちゃん、もしかして照れてる?」
「女の子同士で気にすることないのに」
そう言ってくれるのだが、何とも言えない背徳感、あるいは後ろめたさのようなものを感じる。
村には爺さん婆さんばかりで若者は一人もいなかった。一番若いのが自分で、その次が母親のアン、そしてシリウス、というありさまだった。たまに里帰りした若者を見かけることはあったが、一緒にお風呂に入ることなどありえない。
アンの裸については魔王時代からある意味見慣れたものであったので今更なのだが、何も知らないうら若き乙女となると妙に身構えてしまうおじさんなのであった。
そもそも、「魔王」は若くして王国から追われる身となり、未開の地で引きこもり生活をしていてほとんど人との接点はなかった。周りにいた人間はカルマンとミラぐらいであり、ミラは女性ではあったがそういう関係になるような気配は全くなく、つまりなんというか生前の魔王はいい歳こいたジジイではあったが歴とした大魔術師(隠語)だったのだ。
「私は女の子私は女の子私はああっ!!」
「はいはい、ハイディちゃんはかわいい女の子ですよー」
ふいに後ろから抱きかかえられた。一向に動こうとしないハイディをマチスが抱え上げたのだ。
(こいつ、でかいぞ!!?)
何がとは言わないが。
そのまま抱えられて浴場に押し込められた。中は十人も入れば満員になりそうな広さだが、広々とした浴槽には湯がたっぷりと張られていて贅沢だ。床もよく磨かれた石が敷き詰められていて清潔感がある。
昔はもう少し質素な浴場だった気がする。もしかすると、男湯のほうだけ質素なのかもしれないけれど確かめようもない。
「はい座って座ってー」
流されるままに座らされ、全身をくまなく洗われた。
「かわって」
「はいはい」
なぜか途中でリリィと交代して、再び全身を隅々まで洗われた。何の罰なんだこれは。
「こうしていると妹を思い出す」
リリィがぽつりと漏らす。何だかしんみりしてしまった。
撫でまわすような手の動きがなければもっとしんみりできたかもしれないが。
「まぁ、実家に帰ればすぐ会えるんだけどね。三十分ぐらいで帰れるし」
しんみりして損した。
「交代」
「は、はい」
リリィから泡のついた布を受け取って、固まってしまった。
これを、どうしろというのだろう。
いや、わかっている。わかってはいるのだ。こう、目の前の白い物体に押し当てて上下なり左右に動かせばいい。それだけだ。
石像を洗うような気持で、心穏やかにただ無心で手を動かせばいい。さあ、行くのだハイディ!などと考えている時点で無心ではないので、体が動かなかった。
「お願い」
「は、はい」
ごくり、とつばを飲み込んだ。何だかわからないほどに緊張している。
「私は女の子私は女の子私はああっ!!」
「わかったから早くやりなさい」
後ろからマチスに手を添えられて、無理やりリリィの背中に押し付けられた。
その結果、別のものがハイディの背中に押し付けられることになった。
(こいつ、でかいぞ!!?)
再び。
そのあとのことはよく覚えていない。覚えておかないほうが精神衛生上よいと無意識に判断したのだろう。気がづけば、湯船の中で半分ゆでだこみたいに真っ赤になっていた。
「きゃあ、ハイディちゃん!大丈夫!!?」
「衛生兵!衛生兵!!!」
サービス回、なんですかね?
後に魔王さまは視界を謎の光で覆う魔術を開発したとかしないとか。




