因縁の顔合わせ、だったのかもしれない
応接室で人のよさそうな老人と対面する。
老人は豊かな白髭を撫でながらハイドランジアを見つめると、にこやかに切り出した。
「ようこそ、中央魔術学院へ。ワシが当学院の院長、アトラスじゃ」
「ハイドランジアです。よろしくお願いします」
略式の礼をして、院長に促されて席に着いた。ぼふっ、と体が沈み込む。相当高い椅子だな、などとどうでもいいことを考えていた。
鉄道で町に着いた二人は軽い昼食をとってから約束の時間に魔術学院の門をくぐった。
そのまますぐにこの応接室に入って、学院長と面接している。
この学院の門をくぐるのは半世紀ぶりだ。
「魔王」はかつて若いころ、ほかの魔術師連中と同じようにこの学院に入学していたが、自分のやりたい研究の方向性が認められなかったため学院を飛び出して独自に研究していた。
そのまま独自路線を突き進んでいった結果、王族に目を付けられ異端として討伐の対象になってしまったのだから、間接的に自分を殺したのはこの学院であると言えなくもないような気がしている。
じっ、と学院長の顔を見る。
どこかで見たような顔だが思い出せない。
なにしろ前にここに来たのは半世紀も前なのだ。だとすると、もっと若いころだよな。
髭をとって、髪の毛を生やして…黒か?茶色?目の色からすれば黒か。髭もあったか?などとトゥールと学院長が話している内容をろくに聞きもしないでいろいろと検討してみた結果、ついに該当する教師に思い当たった。
たしか、錬金術を教えていた若い教師だったはず。
当時自分のやりたかった研究は、一応錬金術の範疇には入るものの、倫理的な理由で禁止されていた生物の体を用いた魔術だった。
目の前の教師、アトラスの当時の印象を思い出す。もっとこう常に怒っていてピリピリした雰囲気の教師だったはずだ。自分とは徹底的にソリが合わなかった。自分がこの学院を飛び出した直接の原因といってもいい。
それがこんなに偉く、丸く、そして髪の毛は薄くなってしまってかわいそう。
「なるほど、勇者殿とアンの娘、というわけですか。これは期待ができそうですね」
「ええ。偶然にも帰りの船で巨大イカに襲われましたが、やや危ない場面もありましたがこの歳であそこまでできる魔術師は見たことがありません」
「なるほど、トゥール先生がそうおっしゃるのでしたら、無試験でも問題なさそうですな」
「そのように思います」
今、二人はハイドランジアをわきに置いて入学の条件に付いて話し合っていた。
本来は筆記と実技の試験があるのだが、筆記はあまり重視されておらず、実技についてもトゥールはすでにハイドランジアが魔術を使うところを確認しているので全く問題ないと判断していた。
「それに、アンが言うにはこの年でもうすでに独自の魔術を開発しているとか。なんでも、部屋の外に音が漏れないようにする《サイレントルーム》という術だとか」
「ふぁっ!!?」
トゥールの言葉に間抜けな声を上げたのは、ハイディのほうだった。背筋を嫌な汗がついーーっと流れ落ちていくのを感じる。
「ほう、それは興味深い魔術ですね」
「は、はい、ありがとう、ございます」
何とかそう答えたが、まさか母親、アンに《サイレントルーム》の存在を知られていたとは思ってもみなかった。
「ただ、アンとしてはまだまだ未熟な術だ、という判定でしたけどね。なんでも、中の音を漏らさないのはいいが外からの音も伝わらないので緊急時に対応できなくなる、とか。ただ、結構便利な魔術らしくて、自分もよく使っていたといっていました」
「なるほど、是非とも見せていただきたいですな」
爺さんの目が興味深そうにハイディに向く。まさか《サイレントルーム》を知られていたばかりか、パクられてもいたなんて。《サイレントルーム》は今の境遇になってから必要に駆られて作ったそこそこ複雑な術だ。
音とはつまり振動なので、完全に遮断しようと思えば自分が接している椅子や机、床を通して振動が伝わらないようにする必要がある。もちろんハイディも「外からの音も拾えない」という欠点については認識していたし改善の方法も考えついてはいたが、特に実害はないので放置していた。
それが今になって間接的に馬鹿にされたような気分でなぜだか無性に腹が立つ。
しかし、《サイレントルーム》を知られていたとなると、ほかのもっとヤバい術や研究が知られていないかも気になってしまう。特に何も言われていはいないから、何か疑われている、ということはないと思うが。単純に娘自慢のネタとして話したのだろうし。
「お願いできるかしら?」
「はい。…《サイレントルーム》」
使っては見たものの、こうも静かな環境ではあまり効果がわからない。立ち上がった学院長が部屋を出て、外で口をパクパクやっている。
「全く何も聞こえてきませんね」
トゥールがそう答えると、嬉しそうに部屋に戻ってきた。
「なるほど、これは面白い術です。これだけできれば文句なしに入学できます。それどころか、最短記録での卒業も夢ではないでしょう」
学院長は満足げに髭を撫でている。
「あ、あの、トゥール先生。母はこの魔術を使えたのですか?」
「ええ。術が起動する瞬間の波動から解析して再現したと言っていましたよ。夜に作業するときなど、あなたを起こさないようによく使っていたようです」
「な、なるほど」
そういえば、とハイディには思い当たる節があった。
毎晩のように聞こえてきていた夜の営みの音が、ある日を境に聞こえなくなっていたのだ。
自分もしょっちゅう《サイレントルーム》に籠っていたし、娘が年頃になってきたからご自重いただいていたのかと思っていたが、どうやら魔術を活用していたようだ。凄腕の魔術師なのは知っていたが、自分が思っていたよりも遥かにすごい人物だったのかもしれない。
ふと、じっと自分を見つめる学院長に気づいた。
「何か?」
「いや、な。少し昔を思い出しておった。ワシがまだ新任の教師だったころ受け持った生徒なのじゃが、その子も恐ろしく優秀な生徒じゃった。当時のワシは融通の利かん愚か者でな、しょっちゅうその生徒とぶつかって喧嘩ばかりしておった。最終的にはその子は学院を去ってしまったが、その時うまくやっておれば、と後悔ばかりじゃよ」
その、自戒なのかくぎを刺しているのかよくわからない話は、きっと自分のことを言っているのだとハイディは悟った。場がしんみりしてしまったので「その生徒もきっと楽しくやってたんじゃないでしょうか?」とでも言ってみようと思ったが、思うだけにしておいた。
「すまんな、関係ない話をしてしまった。年を取るといかんな。ハイドランジア君、この学院の生活についてはご存知か?」
「はい、道中トゥール先生から聞いています」
「うむ。いきなりだが、明日が一学期の初日じゃ」
「明日ですか!?」
「間に合ってよかったですわ」
トゥールが慌ただしく村を出発したのは、この日程のせいだったのだ。
「早速今日から寮に入ってもらう。部屋は三階の三号室、三人部屋じゃ。カギはこれ。制服など最低限必要なものはすでに部屋に運び入れてある。詳しいことは明日全校生徒向けの説明があるので、質問はそこで。日常生活については同室の生徒に聞くといい。ほかに何か言っておくことはあるかね?」
至れり尽くせりとはこのことだ。
「ああ、それでしたら、一つお願いが」
一つだけ、懸念事項があった。
「こちらでできることであれば善処しよう」
「では、私が勇者の娘であることは内密にお願いしたいのです」
その言葉に、ピクリと学院長の眉が上がる。
「なるほど、実力を試してみたい、というわけか」
「そんなところです」
実際のところは、バレるといろいろ面倒なことが起こりそうな気がするから、なのだが。
「わかった。教師一同にはこちらから通達しておこう」
「ありがとうございます」
「今後の活躍を期待しているよ」
こうして、ハイディの入学は無事認められた。
バレてました~意外とドジっ子なんです




