衝動
専用サイトに対戦カードが表示された。
《衝動》
身長 175cm
体重 73.6kg
総重量 79.0kg
戦績 0戦0勝0敗
ランク アマチュア
《鯱》
身長 170cm
体重 75.0kg
総重量 86.8kg
戦績 7戦5勝2敗
ランク アマチュア
格闘経験 柔道初段
安達は画面を見つめた。
七戦五勝。
初戦の相手としては、明らかに経験が違う。
それでも承認した。
相手も承認。
対戦が成立した。
そして当日。
土俵の向こうに鯱が立っていた。
黒い全身甲冑。
サイトで見た体重差はわずかだったが、装備すると印象がまるで違う。
総重量八十六・八キロ。
安達より七キロ以上重い。
安達は軽量の胴丸に実戦用ヘッドギア。
肩と腰を自由に動かせることを優先した。
観客席から声が飛ぶ。
「鯱!」
「五勝目じゃないぞ! 六勝目だ!」
安達を呼ぶ声はほとんどない。
当然だった。
《衝動》
今日初めて土俵に立つ名前だ。
「始め!」
鯱が迷わず前へ出た。
安達も構える。
速い。
黒い腕が胴丸を掴んだ。
安達が反応した時には、鯱の腰が入っていた。
身体が浮く。
「え――」
天地が入れ替わった。
ゴンッ。
背中から土俵へ落ちた。
一瞬、息が止まった。
胴丸が衝撃を受けている。
それでも痛い。
背中だけではない。
身体の奥まで揺さぶられたような感覚だった。
――痛っ。
観客から歓声が上がる。
鯱はすでに次へ来ている。
安達は急いで立ち上がった。
倒されただけでは負けではない。
だが、もう一度食らいたいとは思わなかった。
鯱が組みに来る。
安達は腰を落とした。
また投げの体勢。
今度は鯱の腰へ両腕を回す。
身体を密着させた。
鯱が回そうとする。
安達は離さない。
足が浮きかける。
それでも腰に食らいつく。
「ちっ」
鯱が力を抜いた。
投げ切れない。
安達はそのまま押した。
だが鯱は簡単には下がらない。
重い。
すぐに腕を剥がされ、距離を作られた。
安達は息を整えた。
柔道で勝負すれば負ける。
組んでから考えていても遅い。
なら、組ませる前に迷わせる。
安達が左を出した。
ジャブ。
鯱が腕で受ける。
もう一発。
今度は右。
当てるためではない。
鯱の視線を上へ向ける。
安達の打撃はまだ武器と呼べるほどではない。
なら、武器に見せればいい。
鯱が前へ出る。
安達が左を見せる。
鯱の腕が上がった。
安達は低く沈んだ。
そのまま入ろうとする。
だが鯱も反応した。
安達の肩を押さえ、体勢を崩す。
安達は一度離れた。
簡単には入らせてくれない。
七戦の差。
それがはっきり出ている。
二分。
三分。
鯱は何度も組みに来た。
安達は投げられないことだけを優先した。
腰に食らいつく。
重心を落とす。
離されれば、また距離を取る。
最初の投げが身体に残っている。
だからこそ、二度目は許さなかった。
四分を過ぎた頃。
鯱の動きが少し鈍った。
重装のまま何度も投げを狙っている。
息が荒い。
安達にも余裕はない。
それでも分かった。
鯱は短期決戦型だ。
序盤で相手を投げ、勢いのまま終わらせる。
長引けば、黒い甲冑の重量が鯱自身を削る。
安達が左を出す。
鯱が受ける。
右。
鯱の意識が上へ動く。
もう一度、左。
今度は拳を伸ばさなかった。
安達の身体が沈む。
床を蹴った。
肩が鯱の腹へ入る。
両腕で腰を抱えた。
「っ!」
鯱が腰を落とす。
止められる。
だが安達は足を止めなかった。
一歩。
鯱が下がる。
もう一歩。
黒い甲冑が軋む。
鯱が安達の身体を横へ流そうとする。
安達は離れない。
投げ技ではない。
倒す必要もない。
ただ押す。
一歩。
もう一歩。
観客の声が大きくなる。
鯱の踵が土俵際にかかった。
鯱が身体を捻る。
安達も方向を変える。
腰に食らいついたまま追う。
あと一歩。
安達は最後に脚を踏み込んだ。
鯱の右足が土俵の外へ落ちた。
「そこまで!」
安達は動きを止めた。
鯱が場外にいる。
自分は土俵の中にいる。
審判が安達の腕を上げた。
「勝者――衝動!」
歓声が響いた。
安達は膝に手をついた。
息が苦しい。
背中もまだ痛い。
それでも笑っていた。
鯱が兜を外した。
汗が顔を流れている。
「初戦だったよな」
「はい」
「打撃、下手だな」
安達は苦笑した。
「分かります?」
「分かる」
鯱も笑った。
「でも、最後のはいい」
「タックルですか」
「ああ」
鯱が土俵を振り返る。
「倒すんじゃなくて、俺を外まで運びやがった」
安達も自分の脚を見る。
昔から身体に染みついている動き。
それをこの競技のルールに合わせただけだった。
専用サイトの戦績が更新される。
《衝動》
1戦1勝0敗。
決まり手。
タックルからの押し出し。
安達はその表示をしばらく見つめた。
初戦で分かったことがある。
殴られれば痛い。
投げられれば、もっと痛い。
技術では上がいくらでもいる。
それでも。
自分にも勝てる形がある。
安達はスマートフォンを閉じた。
《衝動》。
ようやく、その名前が自分のものになった気がした。




