↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

武者の掟


助手席のドアが閉まった。


低いエンジン音とともに、車が駐車場を出る。


安達はまだ興奮していた。


窓の外を流れていく深夜の街が、さっきまでとは別の世界に見える。


信号待ちで、男が安達を横目で見た。


「名前は?」


「安達亮です」


「安達君か」


男は前を向いたまま言った。


「先に言っておくが、まだ入会したわけじゃない」


「え?」


「うちは紹介制だ。あとはスカウト。誰でも入れる場所じゃない」


「じゃあ、僕は?」


「私が拾った」


男は笑った。


「今から審査する」


安達は少し姿勢を正した。


「何を審査するんですか?」


「いろいろだ。素性、健康状態、運動歴。それと一番重要なのは――口が堅いか」


車が交差点を曲がった。


「SNSは禁止。写真も動画も駄目だ。会場の場所を外で話すのも駄目」


「徹底してますね」


「当然だろ。三百人近い人間が甲冑着て殴り合って、その横で金まで動いてるんだ」


さらりと言われ、安達は男を見る。


「金?」


「賭けだよ」


「賭博やってるんですか?」


「やってる」


男は悪びれなかった。


「興行でもある。観客もいる。客が金を賭ける。人気のある武者には金が集まる」


「武者?」


「ここではそう呼ぶ」


その言葉が妙にしっくりきた。


選手でもファイターでもない。


武者。


「ただし、中では好きに交流していい。酒を飲もうが、仕事の話をしようが自由だ。本名を教えるのも本人の勝手だ」


「外に出すな、と」


「そういうことだ」


男が頷いた。


「中は自由。外には出さない」


しばらく車内にエンジン音だけが流れた。


安達が口を開く。


「試合って、毎週あるんですか?」


「出られるのは最大で月二回」


「少ないですね」


「昨日見ただろ」


男が言った。


「あれを毎週やってみろ。本業ができなくなる」


それはそうだ。


赤い胴丸の男が担架もなくその場で医師に囲まれていた光景を思い出す。


「試合は十分一本勝負」


「一ラウンド?」


「そうだ。場外、ギブアップ、ドクターストップで終了。十分で決まらなければ判定」


「倒されても?」


「負けじゃない」


安達は少し考えた。


ラグビーの癖で、相手を倒せば優位だと思ってしまう。


だが目的はテイクダウンではない。


「じゃあ、倒してそのまま押し出してもいい?」


男が笑った。


「もちろん」


安達の頭の中で戦い方が組み上がり始める。


低く入る。


腰を取る。


押す。


場外へ出す。


――俺のタックル、使えるんじゃないか。


「ただし階級がある」


男の言葉で思考が止まった。


「体重別ですか?」


「違う」


男は四本の指を立てた。


「エンジョイ。アマチュア。エキスパート。マスター」


「四つ」


「エンジョイは格闘技も運動もほぼ経験がない連中。勝ち負けより楽しむ方が強い」


一本折る。


「アマチュア。運動経験者や、多少格闘技をやった人間」


さらに一本。


「エキスパート。格闘技経験五年以上が目安だ。ここから興行の中心になる」


最後の一本を残す。


「マスター」


少しだけ男の声が変わった。


「エキスパートの上位だけが入れる」


「上がったら、そのまま?」


「いや」


男が首を振る。


「席は限られている。上がる奴がいれば、落ちる奴もいる」


エキスパートのファイトマネーは副業くらいになる。

人気の度合いでファイトマネーだけで生活してる者も上澄でいる。


対してマスターはファイトマネーの額は鰻登りになる。本業が必要ないほど稼げるが、全員本業持ちで戦っている。それは男の美学だろう。


安達は窓の外を見た。


それまで単なる地下格闘技だと思っていたものが、急に競技として輪郭を持ち始める。


「僕は?」


「高校はラグビーだったな」


安達が驚く。


「なんで知ってるんです?」


「それくらいは調べる」


男は続けた。


「七番。フランカー。大学ではMMAジムにも通っていた」


「ほとんどトレーニングですよ。試合なんてしてません」


「打撃は?」


「素人です」


「ならアマチュアだ」


即答だった。


「いきなり試合ですか?」


「その前にマッチングがある」


信号が赤になる。


男はスマートフォンを取り出した。


画面には黒を基調としたサイトが表示されていた。


安達が覗き込む。


そこには見慣れない名前が並んでいる。


《赤鬼》


身長 178cm

体重 81kg

戦績 6戦4勝2敗


《蜻蛉》


身長 169cm

体重 68kg

戦績 3戦2勝1敗


「これが専用サイト?」


「ああ」


「本名は?」


「出ない。ニックネーム、身長、体重、戦績。それだけだ」


「相手の甲冑も?」


「当日まで分からん」


安達が顔を上げた。


「マジですか」


「だから面白いんだろ」


男が笑う。


「同じランクの中からランダムに対戦候補が出る。お前が承認して、向こうも承認すれば成立する」


「嫌なら断れる?」


「断れる」


「じゃあ、軽そうな相手だけ選べますね」


「何度もやれば追い出される」


「え?」


「戦うために入ってるのに、相手を選び続ける奴はいらん」


信号が青に変わった。


車が走り出す。


「人気が出るとどうなるんです?」


「エキスパートまで上がれば、タニマチが付くこともある」


「タニマチ?」


「甲冑を作ってくれたり、治療費を出してくれたりする人間だ。人気武者ともなれば、百万単位の甲冑を用意する者もいる」


「甲冑って、そんなにするんですか」


「こだわればな」


男はハンドルを切った。


「勝つだけなら軽い装備でいい。だが、あそこでは甲冑も武者の一部だ」


安達の頭に昨日の二人が浮かぶ。


黒い全身甲冑。


赤い胴丸。


「甲冑は戦闘服だ」


男が言った。


「昼間、お前はスーツを着て働く」


安達は自分の袖を見る。


「職人なら作業着。警官なら制服だ」


車が静かに止まった。


男が安達を見る。


「ここでは、自分で自分の服を選ぶ」


目の前には、見覚えのない建物があった。


男がエンジンを切る。


「さて」


運転席のドアを開ける。


「安達君」


「はい」


「お前は、どんな武者になりたい?」


安達は答えられなかった。


まだ分からない。


だが一つだけ分かっている。


あの土俵には立ちたい。


男が車を降りた。


「来い」


安達も助手席を降りる。


その夜、安達亮は初めて、自分が着る甲冑を見ることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。