第8話 新たな旅路へ
ジャイアントキャタピラーを倒した後も、わたくしたちは一緒に依頼をたくさんこなしました。
「はぁ~! 今日もお腹いっぱい!」
食堂の椅子に深く腰掛け、アネットさんが満足そうにお腹をさすりました。
「アネットさん、少し食べすぎではありませんか?」
「えー? これくらい普通だよ!」
「そうでしょうか……」
目の前には、空になったお皿がいくつも積み重なっています。
わたくしもそれなりに食べたつもりでしたが、アネットさんの食欲にはとても敵いそうにありません。
「それに、冒険者は体力が大事だからね!」
「それは、そうかもしれませんけれど……」
「リーネも、もっと食べたほうがいいよ!」
「わたくしは、もう十分です」
「そっかぁ。じゃあ、残りは私が食べちゃおうかな!」
そう言って、アネットさんは自分のお皿を覗き込みました。
……まだ食べるつもりなのですね。
思わず笑ってしまいました。
こうしてアネットさんと食事をするのも、すっかり日常になっていました。
最初に出会った頃は、まさかこんなふうに一緒に過ごすことになるとは思ってもいませんでした。
「そういえばリーネ、明日はどうする?」
「明日、ですか?」
「うん! いつもみたいに依頼を受ける?」
「そうですね……。特に予定はありませんし、ギルドで探してみましょうか」
「了解!」
アネットさんは元気よく頷きました。
それから、ふと思い出したようにこちらを向きます。
「ねえ、リーネって、王都の外に行ったことある?」
「王都の外、ですか?」
「そうそう。ほかの街とか!」
「旅行で訪れたことはありますが……冒険者として行ったことはありませんね」
「そっか!」
アネットさんは、なぜか少し嬉しそうに笑いました。
「実はさ、私もそろそろ別の街に行ってみたいんだよね」
「どうしてですか?」
「だって、世界一の冒険者になるんだもん! ずっと同じ街にいたら、いろんな冒険はできないでしょ?」
そう言って、アネットさんは胸を張りました。
「……なるほど。確かに、その通りですね」
「でしょ? まあ、最初は有名な王都に来れば何とかなるかなって思ったんだけど!」
「……それだけの理由で、王都に?」
「うん!」
あまりにも迷いのない返事に、わたくしは目を瞬かせました。
けれど、アネットさんなら本当にそう考えたのかもしれません。
「アネットさんらしいですね」
「それ、褒めてる?」
「ええ。もちろんです」
「やった!」
アネットさんは、満面の笑みを浮かべました。
その笑顔を見ていると、わたくしまで楽しい気持ちになってきます。
王都の外。
そこには、どんな街があるのでしょう。
今までのわたくしなら、そんなことを考えもしなかったかもしれません。
けれど今は、少しだけ興味が湧いていました。
「でしたら、修行を兼ねて、他の街での依頼を探してみませんか?依頼をこなしたらその街のギルドに持っていけばいいですし…」
わたくしがそう提案すると、アネットさんは目を輝かせました。
「それ、いいね! さっそく今から、ギルドで探してみようよ!」
「ふふっ。そう急がなくても、依頼は逃げませんよ。それに、明日というお話だったでしょう?」
「えー、でも早く行きたいじゃん!」
アネットさんは頬を膨らませました。その様子がおかしくて、わたくしは思わず笑ってしまいました。
「もう遅いですし…明日、一緒に探しましょう、ね?」
「分かった…」
アネットさんは、少ししょんぼりしたような素振りを見せました。
こうして誰かと一緒に、これからのことを考える。
それが、こんなにも楽しいことだなんて知りませんでした。
少し前までのわたくしは、決められた未来に向かって、ただ努力を重ねるばかりでした。
けれど今は、自分で行き先を決め、自分の足で歩いていけるのです。
もちろん、不安がないわけではありません。
知らない街で、きちんと依頼をこなせるのでしょうか。今までのように、アネットさんと息を合わせて戦えるのでしょうか。
考え始めれば、きりがありません。
それでも
「……楽しみですね」
わたくしが呟くと、アネットさんがこちらを向きました。
「ん? 何が?」
「明日、どんな依頼が見つかるのか、です」
「あはは! そうだね! きっと面白い依頼があるよ!」
アネットさんは、そう言って笑いました。
その言葉につられるように、わたくしも微笑みます。
明日、わたくしたちは新しい一歩を踏み出すことになるのでしょう。
それがどんな道につながっているのか、今のわたくしにはまだ分かりません。
けれど、今はそれでいいのだと思いました。
翌朝。
わたくしたちは、朝食を済ませると冒険者ギルドへ向かいました。
「おはよう、ヴェロニカ!」
アネットさんが元気よく挨拶します。
「あら、おはようございます。お二人とも、今日もお揃いですね」
「はい! 今日はちょっと相談があって!」
「相談、ですか?」
ヴェロニカさんが首を傾げました。
「実は、王都の外にある街で依頼を受けてみたいと思っているんです。修行も兼ねて、いろいろな場所で経験を積んでみたくて」
わたくしが説明すると、ヴェロニカさんは納得したように頷きました。
「なるほど。それなら、ちょうどよさそうな依頼がありますよ」
「本当!?」
アネットさんが身を乗り出しました。
「ええ。ザリアス帝国との国境にある港街、リベルデへ向かう商隊の護衛依頼です。目的地までは馬車で一週間ほど。最近は街道で魔物が目撃されることもあるそうなので、護衛の冒険者を募集しているようですね。」
「商隊の護衛……」
わたくしは掲示板に目を向けました。
護衛の仕事なら、目的地まで移動しながら報酬も得られます。それに、道中で魔物と遭遇する可能性もあるので、実戦経験を積む機会にもなるでしょう。
「その街にも、冒険者ギルドはあるんですよね?」
「もちろんです。依頼の完了報告も、そちらのギルドでできますよ。冒険者の登録情報も共有されていますから、今のランクのまま依頼を受けられます」
「それなら、安心ですね」
知らない街で活動することに、不安がないわけではありません。
けれど、ギルド同士がつながっているのなら、少しは心強く感じられます。
「ねえ、リーネ! これにしようよ!」
アネットさんが依頼書を指さしました。
「そうですね……。条件も悪くありませんし、わたくしも賛成です。それに、海を見たことがないので、一度見てみたいと思っていたのです」
そう口にすると、アネットさんが不思議そうにこちらを見ました。
「えっ、リーネって海を見たことないの?」
「はい。お話には聞いていましたが、実際に見たことはありません」
「そっか! じゃあ、初めての海だね! 私も楽しみ!」
アネットさんは、自分のことのように嬉しそうに笑いました。
「では、こちらの依頼を受けるということでよろしいですか?」
「はい、お願いします!」
アネットさんが勢いよく答えました。
ヴェロニカさんは微笑みながら、依頼の手続きを進めてくれます。
「出発は三日後の朝です。商隊との待ち合わせ場所と時間はこちらに書いてありますから、遅れないようにしてくださいね」
「分かりました!」
「それから、目的地までは一週間ほどかかります。道中で何が起こるか分かりませんから、準備はしっかりしておいてください」
「はい。ありがとうございます、ヴェロニカさん」
依頼書を受け取り、わたくしたちはギルドを後にしました。
「やったね、リーネ! いよいよ王都の外だよ!」
アネットさんは、今にも走り出しそうなほど嬉しそうでした。
「ふふっ。まだ出発は三日後ですよ」
「分かってるって! でも、楽しみじゃない?」
「……ええ。そうですね」
わたくしは、手元の依頼書に目を落としました。
目的地は、ザリアス帝国との国境にある港街、リベルデ。
今までのわたくしにとって、旅とは誰かが用意してくれるものでした。行き先も、宿泊先も、必要な荷物も、すべて誰かが整えてくれていたのです。
けれど、今回は違います。
旅に必要なものを、自分一人で考えて準備しなければなりません。
……初めてのことばかりです。
いえ、わたくしは一人ではありませんね。
隣には、アネットさんがいます。
それでも、王都を離れることには少し不安がありました。旅行で訪れた街は数えるほどしかなく、王都の外で長く過ごした経験など、ほとんどないのです。
それでも、海を見てみたいという気持ちは本当でした。
知らない街を歩いて、見たことのない景色に出会う。
そんな未来を想像すると、不安の中にも少しだけ期待が膨らみました。
「それじゃあ、今日は準備だね!」
「そうですね。必要なものを確認しておきましょう」
「よーし! 出発に備えて、しっかり食べなきゃ!」
「……アネットさん。それは準備とは関係ないのでは?」
「えっ!? 体力をつけるのも大事だよ!」
あまりにも真剣な顔で言うものですから、わたくしはまた笑ってしまいました。
こうして、わたくしたちの初めての遠出が決まったのです。
第8話を読んでくださり、ありがとうございました!
今回は、アイリーンが初めて王都の外へ出ることを決めました。次回からはいよいよ、二人の初めての遠出が始まります!この先どんな出会いや冒険が待っているのか、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
これからもよろしくお願いします!




