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第9話 初めての遠出

 出発の日。

 わたくしとアネットさんは、王都の門の前に立っていました。


「うわぁ……! いよいよ出発だね!」


 アネットさんは、目を輝かせながら門の向こうを眺めていました。


「そうですね。……本当に、今日から旅が始まるのですね」


 わたくしも、改めて門の向こうへと目を向けました。いつも見慣れていた王都の門も、今日はどこか違って見えます。その先には、まだ知らない街があり、知らない人々がいて、わたくしの知らない景色が広がっているのでしょう。そう考えると、胸の奥がそわそわしました。


「リーネ、楽しみだね!」


 隣に立つアネットさんが、弾んだ声で言いました。


「ええ。リベルデは港町だそうですから、海を見るのが楽しみです」


「海かぁ! 私も久しぶりに見たいなぁ」


 アネットさんは、遠くを眺めながら目を細めました。


「それに、旅先ではどんな依頼があるんだろうね? 街によって違う魔物が出るかもしれないし、面白い人にも会えるかもしれない!」


「アネットさんは、どちらかというと依頼よりも冒険そのものが楽しみなのではありませんか?」


「えっ、ばれた?」


 アネットさんは、いたずらっぽく笑いました。


「だって、せっかく遠くまで行くんだもん! いろんなことを経験しなきゃ、世界一の冒険者にはなれないでしょ?」


「……確かに、そうですね」


 世界一の冒険者。

 アネットさんが何度も口にしてきた夢です。その夢に向かって、彼女はこうして一歩ずつ進んでいるのでしょう。

 では、わたくしは?

 ふと、そんな疑問が浮かびました。

 わたくしには、まだ明確な目標がありません。ただ、生きていくために、冒険者をしています。

 でも、今はただ、この旅を楽しみたい。アネットさんと一緒に、いろいろなものを見てみたい。

 それだけは、確かな気持ちでした。


「お待たせ。あんたたちが今回の護衛を引き受けてくれた冒険者だな?」


 声をかけられて振り返ると、数台の荷馬車を連れた商人の男性が立っていました。

 年齢は四十代くらいでしょうか。日に焼けた顔に、旅慣れた雰囲気を感じます。


「はい。冒険者のリーネです。こちらはアネットさんです」


「アネットだよ! よろしくね!」


「私はマルセル。今回はリベルデまで、よろしく頼むよ」


 マルセルさんは、気さくに笑って頭を下げました。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 わたくしたちも挨拶を返します。


「それじゃあ、出発しようか。途中、何事もなければ一週間ほどで着く予定だ」


 改めて聞くと、やはり長い道のりです。もちろん、途中で休憩を挟むのでしょうけれど。


「楽しみだね、リーネ!」


 隣から、弾んだ声が聞こえてきました。


「はい。……少し、緊張していますけれど」


「大丈夫だよ! 私も一緒だから!」


 アネットさんは、にっと笑いました。

 その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ温かくなりました。

 そうです。

 わたくしは、一人ではありません。

 隣には、アネットさんがいるのです。


「……ありがとうございます。頼りにしていますね、アネットさん」


「任せて!」


 アネットさんは、胸を張って答えました。

 すると、マルセルさんがふと思い出したように口を開きました。


「そうそう。あんたたちのほかにも、いつも護衛を引き受けてくれてる冒険者がいるんだ。そろそろ来る頃だと思うが……」


 マルセルさんが門のほうへ目を向けました。

 すると、ちょうど三人の男性がこちらへ歩いてくるのが見えました。


「おーい、マルセル! 待たせたな!」


 先頭を歩いていたのは、腰に剣を下げた、がっしりとした体格の男性でした。

 その後ろには、弓を背負った男性と、荷物を抱えた穏やかな雰囲気の男性が続いています。


「おう、来たか。相変わらず元気そうだな、グラント」


「当たり前だろ。俺がいるんだ、今回も問題なくリベルデまで送り届けてやるよ」


 グラントさんは自信満々に笑いました。


「ははっ、頼もしいねえ。じゃあ、今回もよろしく頼むよ」


「任せとけ」


 どうやら、マルセルさんとは以前からの知り合いのようです。


「それで、こっちの二人が今回一緒に護衛してくれる冒険者だ。仲良くやってくれよ」


 マルセルさんに紹介され、わたくしたちは三人の男性へ向き直りました。


「初めまして。リーネと申します。こちらはアネットさんです」


「アネットだよ! よろしくね!」


 わたくしたちが挨拶すると、弓を背負った男性が軽く頭を下げました。


「ノアだ。よろしく」


「僕はエドガー。治癒師をしているんだ。よろしくね」


 エドガーさんも、柔らかな笑顔で挨拶してくれました。


「グラントだ。剣士をやってる。まあ、俺たちのことは心配しなくていいぜ。こっちはBランクだからな」


 グラントさんは、わざわざBランクという部分を強調して胸を張りました。


「Bランクなんだ! すごいね!」


 アネットさんが素直に感心すると、グラントさんは満足そうに口元を緩めました。


「まあな。これでも、それなりに名の知れた冒険者なんだぜ? 俺たちのパーティ名はグレンツェン。聞いたことくらいあるだろう?」


「えっ、知らないよ?」

 

アネットさんは、あっさりと答えました。


「……は?」


 グラントさんの笑顔が、一瞬固まりました。


「お、おいおい。冗談だろ? グレンツェンだぞ?」


「へえ! どんな依頼を受けてきたの?」


 アネットさんは、気にした様子もなく尋ねました。


「……まあいい。俺たちの活躍を知りたいってんなら、道中でいくらでも話してやるよ」


 グラントさんは、少し不機嫌そうに咳払いをしました。

 ずいぶんと自信のある方のようです。

 少しばかり話が長くなりそうだと思った、そのときでした。


「ところで、二人は何ランクなんだ?」


 ノアさんが尋ねました。


「私たちはDランクだよ!」


 アネットさんが、いつもの調子で答えます。

 すると、


「……は?」


 グラントさんの顔から、笑みが消えました。


「Dランク? おいおい、冗談だろ?」

 

 彼はわたくしたちを交互に見て、わざとらしくため息をつきました。


「マルセル、あんたもずいぶんと思い切ったことをするな。Bランクの俺たちがいるとはいえ、Dランクを二人も護衛に雇うなんてよ」


「おい、グラント。まだ何も起きてないだろ」


 ノアさんが軽くたしなめましたが、グラントさんは聞く耳を持ちません。


「何も起きてないから言ってるんだよ。魔物に襲われてからじゃ遅いだろうが」


 そう言って、彼はわたくしたちを見ました。


「お嬢さんたち、冒険者ごっこなら街の中でやってくれ。こっちは遊びで護衛を引き受けてるわけじゃないんだ」


「……っ!」


 アネットさんの表情が、ぴくりと動きました。

 冒険者ごっこ。

 その言葉は、聞き捨てなりません。


「私たちだって、ちゃんと依頼を受けて――」


「依頼を受けた? そりゃあ、受けるだけなら誰にでもできるさ」


 グラントさんは、アネットさんの言葉を遮りました。


「問題は、役に立つかどうかだ。Dランクなんて、せいぜい薬草でも採ってるのがお似合いだろ?」


「……グラント」


 エドガーさんが、困ったように眉を下げました。


「初対面の相手に、そんな言い方はよくないよ。二人だって、立派な冒険者なんだから」


「立派な冒険者ねえ?」


 グラントさんは鼻で笑いました。


「ランクが実力の目安になるのは確かだ。Bランクの俺たちと、Dランクのお嬢さんたちじゃ、経験も実力も違うんだよ」


 そう言って、彼はわたくしたちに背を向けました。


「まあ、せいぜい俺たちの邪魔をしないことだな。足手まといの面倒まで見る気はないからよ」


 その態度に、アネットさんが一歩前へ出ようとしました。

 けれど、わたくしはそっと彼女の袖を引きました。


「……リーネ?」


 アネットさんが、不満そうにこちらを見ます。

 わたくしは小さく首を振りました。

 ここで言い争っても、何も変わりません。

 それに、わたくしたちは今回、護衛の依頼を受けているのです。依頼主の前で揉めるのは避けたいところでした。


「……分かりました。ご迷惑をおかけしないよう、努めます」


 わたくしがそう答えると、グラントさんは満足したように笑いました。


「最初からそう言えばいいんだよ」


 ……どうやら、あまり関わらないほうがよさそうです。


「まったく、グラントは口が悪くて困るねえ」


 マルセルさんが、やれやれと肩をすくめました。


「腕は確かなんだが、もう少し言い方ってもんがあるだろうに」


「マルセルさん、すみません……」


 エドガーさんが申し訳なさそうに頭を下げました。


「いや、あんたが謝ることじゃないさ。ほら、いつまでも話してないで出発しよう。リベルデまでは長いんだからな!」


 マルセルさんの声に、御者たちが動き始めました。

 わたくしたちも、それぞれ荷物を確認します。


「……もう、何あの人!」


 馬車から少し離れたところで、アネットさんが小声で不満を漏らしました。


「Dランクだからって、あんな言い方しなくてもいいのに!」


「……そうですね」


 わたくしも、あの言葉には少し傷ついていました。

 けれど、だからといって、ここで言い返しても仕方がありません。


「でも、リーネ。私たち、足手まといなんかじゃないよね?」


 アネットさんが、真剣な顔で尋ねました。


「もちろんです」


 わたくしは、迷わず答えました。


「わたくしたちは、わたくしたちにできることをするだけです。ランクがすべてではありませんから」


「……うん!」


 アネットさんは、いつもの明るい笑顔を取り戻しました。


「よーし! 絶対に文句なんか言わせないんだから!」


「ふふっ。張り切りすぎて、無理はしないでくださいね」


「分かってるって!」


 そう答えるアネットさんの声は、先ほどよりもずっと力強いものでした。




 わたくしたちは、荷馬車の荷台に乗り込みました。やがて、御者が手綱を握り、馬車がゆっくりと動き始めました。

 王都の門を抜けると、目の前には広い街道が続いていました。道の両側には草原が広がり、遠くには山々が見えます。王都の中では建物に遮られていた景色が、ここではどこまでも広がっていました。


「わぁ……!」


 アネットさんが、思わず声を上げました。


「すごいね! ずっと向こうまで道が続いてる!」


「本当ですね……」


 風が吹き、草原の草が一斉に揺れます。

 その光景を見ていると、不思議と心が軽くなるようでした。


「リーネ、あっちを見て! あんなに大きな山があるよ!」


「本当ですね。あの辺りには、どんな街があるのでしょう」


「街というより村かも知れないけど…行ってみたいなぁ!」


 アネットさんは、早くも次の旅先に思いを馳せているようでした。


「ふふっ。まずはリベルデに到着してからですね」


「分かってるよ! でも、いつか絶対に行こうね!」


「……ええ。機会があれば、ぜひ」


「へえ、ずいぶんと気楽なもんだな。観光旅行にでも来たつもりか? こっちは遊びじゃないんだ。Dランクのお嬢さんたちは、まず目の前の仕事をこなすことだけ考えてろよ」


「……」


空気が凍ったようです。

アネットさんと話して、これから先の旅がますます楽しみになってきたというところで……

 グラントさんとは、どうにも気が合いそうにありません。

 けれど、旅はまだ始まったばかりです。わたくしは、流れていく景色に目を向けました。

 目指すは、港町リベルデ。

 わたくしたちの初めての遠出が、いよいよ始まったのです。

第9話を読んでくださり、ありがとうございます!今回は、アイリーンとアネットが初めての遠出に出発しました!新しい街への期待に胸を膨らませる二人ですが、道中では少し厄介な冒険者たちとも一緒になったようです。果たして、リベルデまでの旅は無事に進むのでしょうか?これからも二人の冒険を見守っていただけたら嬉しいです!今後ともよろしくお願いします!

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