第10話 険しい道のり
第10話 険しい道のり
「まったく、Bランクの俺たちと同じ護衛に入るなんて、ずいぶん運がいいな。普通なら、荷物運びくらいしか任せてもらえないだろうに」
グラントさんが、わたくしたちを横目で見ながら言いました。
「なっ……!」
アネットさんが、ぴくりと眉を動かしました。
今にも言い返しそうな彼女の袖を、わたくしはそっと引きます。
「……アネットさん」
「でも、リーネ!」
「お気持ちは分かります。ですが、今は護衛の仕事中ですから」
「……うー」
アネットさんは不満そうに唸りましたが、なんとか口を閉じてくれました。その様子を見て、グラントさんは鼻で笑います。
「ふん。少しは話が分かる奴もいるようだな」
「おい、グラント。いちいち突っかかるなよ」
弓を背負ったノアさんが、面倒くさそうに口を挟みました。
「別にいいじゃねえか。俺は事実を言ってるだけだ」
「そういう言い方が問題なんだろうが……」
「グラント、もう少し言葉を選んだほうがいいと思うよ」
エドガーさんも困ったように続けます。
「俺たちは同じ依頼を受けた仲間なんだからさ」
「仲間? 俺は足を引っ張られたくないだけだ」
グラントさんは、それ以上話すつもりがないのか、前を向きました。アネットさんは、まだ何か言いたそうにしています。
「……あの人、ほんっとに嫌な奴!」
「お気持ちは分かりますが、落ち着いてください」
「リーネは悔しくないの?」
「悔しくないと言えば、嘘になります」
わたくしは、小さく息を吐きました。
「ですが、ここで言い争っても、何も解決しませんから」
「うーん……リーネって、大人だね」
「そ、そうでしょうか……?」
大人というより、こういうときにどう振る舞えばよいのか、考える癖がついているだけなのかもしれません。それでも、アネットさんが少しでも落ち着いてくれたのなら、よかったと思いました。
それから、しばらく歩き続けました。
馬車の車輪が土を踏む音と、馬の蹄の音が規則正しく響きます。周囲には木々が増え、道の先には山々が連なっていました。王都を出てから、まだそれほど時間は経っていません。それなのに、見慣れた街並みがすでに遠い昔のことのように感じられました。
「……あれ?」
先頭の荷馬車を運転していたマルセルさんが馬を止めます。
「どうしたんだ?」
近くにいたノアが尋ねます。
「いや……おかしいな。確か、この先に橋があったはずなんだが」
わたくしたちは、マルセルさんの視線の先を見ました。道の向こうには、小さな川が流れています。
そして、その川に架かっているはずの橋は――
「……壊れてる?」
アネットさんが呟きました。
橋の中央部分が崩れ落ち、渡れる状態ではなくなっていたのです。
川幅はそれほど広くありませんが、流れは思っていたよりも速そうでした。
「こりゃ参ったな……」
マルセルさんが頭を掻きました。
「以前通ったときは、何ともなかったんだが」
「どうしますか?」
護衛の一人が尋ねます。
「この状態じゃ、馬車は渡れないだろう。少し戻って、迂回路を行くしかないな」
「遠回りになるんですか?」
「ああ。うまく進めても、今日は予定していた場所までは着けそうにない」
マルセルさんは、困ったようにため息をつきました。
旅に予定外のことはつきものだと聞いていましたが、いきなりこうなるとは思いませんでした。
「仕方ないですね。安全が第一です」
わたくしがそう言うと、マルセルさんは頷きました。
「そう言ってもらえると助かるよ。よし、みんな、来た道を少し戻るぞ!」
こうして、わたくしたちは迂回路を行くことになりました。
迂回路は、川沿いの道から離れ、木々の生い茂る山道へと続いていました。馬車が通れるだけの幅はありましたが、道は狭く、地面もでこぼこしています。馬車が大きく揺れるたびに、積み荷が音を立てました。
「うわっ、すごい道だね……」
アネットさんが呟きます。
「この調子だと、日が暮れるまでに野営できる場所を見つけないとな」
マルセルさんが空を見上げました。
太陽は、少しずつ傾き始めています。
結局、わたくしたちは見通しのよい開けた場所を見つけ、そこで一晩を過ごすことになりました。
「よし、今日はここまでだ。みんな、野営の準備を頼む!」
マルセルさんの声を合図に、一行が動き始めます。馬を休ませる場所を整え、荷物を降ろし、火を起こすための薪を集める。
わたくしも、何か手伝わなければと思いました。
「アネットさん、わたくしたちは薪を集めましょうか」
「うん、そうだね!」
わたくしたちが森の入り口へ向かおうとした、そのときです。
「おい、そこの二人」
グラントさんに呼び止められました。
「お前たち、薪を集めてこい。どうせ戦闘じゃ大した役にも立たないんだ。せめて、それくらいはやってもらわないとな」
「……はあ?」
アネットさんの声が、低くなりました。
「ちょっと! 私たちだって護衛として来てるんだよ! なんであんたに命令されなきゃいけないの!それに、言われなくても今やろうとしてたとこ」
「命令じゃない。自分たちの立場を考えろって言ってるんだ」
「なっ……!」
「アネットさん、落ち着いてください」
わたくしは慌てて彼女を止めました。
確かにグラントさんの言い方には、どうしても納得できませんが、どんなときも言い争うべきではないのです。
「薪集めなら、わたくしたちも手伝います。ですが、皆で分担したほうが早く終わるのではありませんか?」
「ふん。口だけは達者だな」
グラントさんは鼻を鳴らしました。
「お前たちは薪でも集めていろ。俺たちは周囲の安全を確認する。いつ魔物が出てくるかわからないからな。」
「……分かりました」
今は言い争っている場合ではありません。
わたくしはアネットさんに目配せをし、二人で森へ向かいました。
「もうっ! あの人、なんなの!」
少し離れたところまで来ると、アネットさんはとうとう不満を爆発させました。
「さっきから、ずーっと嫌味ばっかり! 自分が偉いとでも思ってるのかな!」
「……そうですね」
「アイリーンだって、言い返したいでしょ?」
「ええ、まあ……」
わたくしは苦笑しました。
けれど、こうして一緒に文句を言い合える相手がいることに、少しだけ救われてもいました。
「それでも、今は依頼を無事に終えることを優先しましょう」
「……分かった。アイリーンがそう言うなら、我慢する!」
アネットさんは、まだ納得しきれていない様子でしたが、気持ちを切り替えるように両手を叩きました。
「よーし! 薪、いっぱい集めよう!」
「はい!」
わたくしたちは、落ちている枝を拾い集めました。
やがて、両手で抱えられるほどの薪が集まった頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていました。
野営地に戻ると、すでに火が起こされ、簡単な食事の準備が進められていました。
「おう、助かった。そこに置いてくれ」
マルセルさんが、わたくしたちの持ってきた薪を受け取ります。
「ありがとうございます。ほかに、何かお手伝いできることはありますか?」
「いや、今のところは大丈夫だ。二人も少し休んでおきな」
「分かりました」
わたくしたちは火のそばに腰を下ろしました。やがて食事が配られ、全員で夕食を取ることになりました。
豪華な料理ではありません。
けれど、温かいスープとパンを口にすると、疲れが少しずつ和らいでいく気がしました。
「はあー、おいしい!」
アネットさんは、満足そうにスープを飲んでいます。
「こういうところで食べるご飯って、なんだか特別だよね!」
「ふふ、そうですね」
わたくしも、思わず笑みを浮かべました。こうして外で食事をするのは、わたくしにとって初めての経験です。少し不便ではありますが、こういう時間も悪くないと思いました。
……ただし。
「おい、そこの二人。食べ終わったら、見張りの準備をしておけよ」
グラントさんの声が飛んできました。
「見張りは全員で交代するんじゃないんですか?」
わたくしが尋ねると、グラントさんは不機嫌そうにこちらを見ました。
「当然だろ。だから、お前たちも順番が来たら働けってことだ」
「……分かりました」
わたくしは、それ以上何も言いませんでした。
アネットさんは、今度こそ何か言い返そうとしていましたが、わたくしの視線に気づくと、ぐっと言葉を飲み込みました。
夜は、静かに更けていきます。
食事を終えた一行は、それぞれ休息を取ることになりました。
焚き火の周囲には、ぱちぱちと薪の爆ぜる音だけが響いています。
わたくしは、少し離れた木々の向こうを見つめました。
森は暗く、奥の様子はほとんど分かりません。
けれど、なぜでしょう。
胸の奥に、小さな違和感が残っていました。
「……リーネ?」
隣にいたアネットさんが、不思議そうにこちらを見ます。
「どうしたの?」
「いえ……何でもありません」
そう答えたものの、視線を森から外すことができませんでした。
そのときです。
カタ……。
「……え?」
何かが、木々の向こうで動いた気がしました。
カタ、カタカタ……。
乾いた音が、少しずつ近づいてきます。
「……何の音?」
アネットさんが立ち上がりました。
わたくしも、すぐに身構えます。
暗闇の中から、白い影が現れました。
ひとつではありません。
ひとつ、またひとつと、次々に姿を見せます。
人の形をした、骨だけの魔物。
「……スケルトン!」
誰かが叫びました。
その声を合図にするかのように、スケルトンたちが一斉に動き始めます。
「全員、戦闘態勢!」
グラントさんの声が、夜の森に響きました。
グラントさんが剣を抜き、ノアさんは弓を構えます。エドガーさんも仲間を守れる位置へと移動しました。
わたくしは、隣に立つアネットさんを見ました。
彼女もまた、剣の柄に手をかけています。
「……アネットさん」
「うん!」
いつもの明るい笑顔は、もうありません。そこにいたのは、戦う冒険者の顔でした。スケルトンたちが、こちらへ向かってきます。
わたくしは魔力を集中させました。
今夜は、どうやら簡単に眠れそうにありませんね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今回は、アイリーンとアネットが初めての遠出で、思わぬトラブルに遭遇しました。
橋の崩落によって予定が狂い、野営することになった二人。さらに、グラントたちとの関係もなかなか険悪なようです。そんな中、夜の森に現れたのはスケルトンの群れ!果たして、アイリーンたちは無事に切り抜けられるのでしょうか?
次回もぜひ読んでいただけたら嬉しいです!
これからもよろしくお願いします!




