第5話 遠い森へ
翌日。
わたくしは、いつものように冒険者ギルドへ向かいました。
「おはようございます、ヴェロニカさん」
「おはようございます、リーネさん。今日も依頼を探しに来たんですね」
「はい。何か受けられる依頼はありますか?」
「そうですね……」
ヴェロニカさんは依頼書を何枚か確認していきます。
「少し難しいものでも大丈夫ですか?」
「はい。最近は、以前よりも魔物との戦いにも慣れてきましたから」
「それなら、ちょうどいい依頼があります」
一枚の依頼書を取り出しました。
「王都から離れた森での魔物討伐です。馬車で半日程度の距離ですね」
「森……ですか?」
「はい。王都へ向かう商人がよく利用する街道が、森の中を通っているんです」
依頼書を見ると、討伐対象としていくつかの魔物の名前が書かれていました。
「この森は、それなりに魔物が出ます。ゴブリンやホーンラビットの群れが確認されることもありますね」
「……群れ、ですか」
「ええ。どちらもDランク以上の冒険者が目安になる程度には危険です」
わたくしは依頼書を見つめました。
以前、ゴブリンの群れに遭遇したときのことを思い出します。
あのときは、あの少女が助けてくれなければ危なかった。
「それと、最近その森でジャイアントキャタピラーが目撃されています」
「ジャイアントキャタピラー……?」
「いも虫を大きくしたような魔物です。いも虫はかわいいという人もいますが……確実に別物ですね。まだ討伐されたという報告はありません。ですから、今回の主な目的は、その個体を探して討伐することです」
「なるほど」
「ただ、森はかなり広いので、探しながらの依頼になります。ほぼ確実に野営することになりますね」
「野営……」
公爵令嬢だった頃には、考えたこともなかった言葉です。
今まで受けてきた依頼とは、ずいぶん違います。
けれど、いつまでも簡単な依頼だけを続けているわけにはいきません。
「分かりました。受けます」
「ありがとうございます。ただし、一つ条件があります」
「条件、ですか?」
「この依頼は、二人以上で行ってください」
ヴェロニカさんは依頼書を指しました。
「魔物が多い森ですし、ジャイアントキャタピラーもまだ見つかっていません。一人での探索は危険です」
「分かりました」
わたくしは頷きました。
「では、もう一人の方を探さないといけませんね」
「そうですね……」
ヴェロニカさんもギルドの中を見回します。
「誰か、組めそうな方が――」
「あっ!」
そのときでした。
「ヴェロニカ!」
聞き覚えのある声がしました。
振り返ると、昨日の少女がこちらへ歩いてきます。
「おはよう!」
「……おはようございます」
少女はわたくしを見ると、少し驚いたような顔をしました。
「あ、この間の!」
「はい」
「今日も依頼?」
「その予定です」
「そっか!」
少女は受付の前までやってきました。
「私も何か討伐依頼ない?」
「ちょうどいいところに来ましたね」
ヴェロニカさんが依頼書を持ち上げました。
「この依頼、二人以上で行くことになっているんですが……」
「二人?」
「はい」
ヴェロニカさんは、わたくしと少女を交互に見ました。
「あなたは剣士ですよね」
「うん」
「リーネさんは魔法使いです」
「……」
「この森の魔物の中には、魔法が効きにくいものもいます。その場合、剣で戦えるあなたが一緒なら安心です」
「なるほど!」
少女は依頼書を覗き込みました。
「ジャイアントキャタピラーかぁ。面白そう!」
「面白そう、ではありませんよ」
「分かってるって!」
少女は笑いました。
そして、わたくしのほうを見る。
「あなたもこの依頼受けるの?」
「はい」
「じゃあ、一緒に行こうよ!」
「……」
昨日と同じ言葉。
わたくしは少し迷いました。
けれど、これは昨日とは違います。
今回は、依頼を達成するために必要なことです。
「……分かりました」
「やった!」
少女が嬉しそうに笑いました。
「それじゃあ、二人で決まりですね」
ヴェロニカさんが依頼書を受け取りました。
「この依頼を無事に終えれば、リーネさんもそろそろDランクへの昇級が見えてきますよ」
「Dランク……」
その言葉に、少しだけ胸が高鳴りました。
冒険者になったばかりの頃は、Eランクという数字さえ遠いものに感じていたのに。
少しずつですが、前に進んでいる。
「頑張ります」
「はい。気をつけて行ってきてくださいね」
「はい!」
「任せて!」
少女が元気よく答えました。
王都を出て、わたくしたちは街道を進みました。
今回の依頼では、森の近くまで向かう馬車が手配されていました。
馬車に揺られながら、窓の外を眺めます。
王都の建物が少しずつ遠ざかり、やがて畑や草原ばかりになっていきました。
「……結構遠いね」
向かいに座った少女が、窓の外を見ながら言いました。
「そうですね。半日ほどかかると聞いていましたが……」
「半日って、長いよね」
「冒険者なら、これくらい普通なのでは?」
「人によるんじゃない?」
「そういうものですか」
「うん。私は歩くほうが好きだけど」
「歩くほうが……?」
「景色も見られるし、何かあったらすぐ動けるから」
そう言って、少女は窓の外を眺めました。
確かに、彼女はじっとしているより、動いているほうが似合う気がします。
「あなたは?」
「わたくしですか?」
「うん。こういう遠出、好き?」
「……まだ、よく分かりません」
「まだ?」
「冒険者になってから、こういう場所へ行くのは初めてなので」
「そっか」
少女はそれ以上、深く聞いてきませんでした。
そのことが、少し意外でした。
昨日までの彼女なら、もっといろいろ聞いてくるものだと思っていたのです。
「じゃあさ」
「はい?」
「森に入ったら、私が先に行くから」
「……前衛をしてくださるということですか?」
「そうそう。リーネは後ろから魔法をお願い」
「分かりました」
「でも、無理しないでね」
「あなたもですよ」
「私は大丈夫!」
「その自信は、どこから来るのでしょう……」
「冒険者は自信も大事だから!」
「……そういうものなのですね」
思わず、笑ってしまいました。
「今、笑った?」
「……少しだけ」
「やった!」
「何がですか?」
「笑ってるの、初めて見たから!」
「……」
どうしてそんなことで喜ぶのでしょう。
少し変わった方です。
けれど、不思議と嫌な感じはしませんでした。
昼を過ぎた頃。
わたくしたちは森の近くまで到着しました。
ここから先は馬車を降り、自分たちの足で進みます。
目の前には、木々が途切れなく続いていました。
「……大きいですね」
「うん」
森を見上げながら、少女が剣の柄に手を添えます。
「ここを通って王都まで行くんだよね」
「はい。ですから、魔物を放っておくわけにはいかないのでしょう」
「じゃあ、ちゃんと倒さないとね」
少女はそう言って、森の中へ歩き出しました。
「待ってください」
「ん?」
「勝手に先へ行かないでください。この依頼が二人以上なのも、危険だからという理由があるのでしょう?」
「ごめんごめん!」
戻ってきた少女と並んで、森へ入ります。
森の中は、王都の近くにある林とはまるで違いました。
木々は高く、道も細い。
少し進むだけで、後ろの街道が見えなくなります。
「……静かですね」
「うん」
先ほどまで聞こえていた鳥の声も、いつの間にか遠ざかっていました。
わたくしは杖を握り直します。
「気をつけましょう」
「うん」
しばらく進んだところで、少女が突然足を止めました。
「……何かいる」
「え?」
「前」
木の陰をよく見ると、小さな影がいくつも動いています。
「ホーンラビットですね」
「群れだね」
六匹ほど。
こちらに気づいたのか、一斉に耳を立てました。
「どうしましょう?」
「私が前に出るよ。リーネは後ろからお願い!」
「分かりました」
次の瞬間。
ホーンラビットたちが一斉に地面を蹴りました。
「グラキエス・ブレス!」
わたくしが放った冷気が、先頭を走っていた二匹を倒します。後ろにいた四匹が怯みました。
「今です!」
「任せて!」
少女が駆け出しました。
「インフェルノブレイズ!」
炎をまとった剣が振り抜かれ、三匹が倒れます。
その横を最後のホーンラビットがすり抜けようとしました。
「右です!」
「分かってる!」
少女が振り返り、剣を構えます。
けれど、その瞬間。
どこに隠れていたのか、別の一匹が横から少女へ飛びかかりました。
「危ない!グラキエスブレス」
わたくしは咄嗟に魔法を放ちました。
ホーンラビットの動きが止まります。
「助かった!」
少女がその隙に距離を取り、剣を振ります。
最後の一匹も倒れました。
やがて、森に静けさが戻ります。
「……終わりましたね」
「うん!」
少女は剣を収めました。
「今の、ありがと」
「いえ。あなたも、あのとき、わたくしを助けてくださいましたから」
「じゃあ、お互いさまだね!」
「……そうですね」
まだ、戦い方を理解しているわけではありません。
それでも。
少しずつ、お互いの動きが見えてきている。
そんな気がしました。
さらに森の奥へ進むと、今度は低い声が聞こえてきました。
「……ゴブリンですね」
「数は?」
「五匹……でしょうか」
「じゃあ、私が引きつける」
「分かりました」
少女が先に飛び出します。
「こっちだよ!」
ゴブリンたちが一斉に少女へ向かいました。
わたくしは距離を取ります。
五匹。
この数なら。
「フローズン・アレイ!」
冷気が一気に広がり、ゴブリンたちを倒せました。
「わお。一瞬!」
少女が驚いたように声を上げます。
「すごいね。こんなに広い範囲に魔法を使えるんだ!」
「……ありがとうございます」
「さっきもそうだったけど、私が動くタイミングに合わせて魔法を使ってくれるよね」
「あなたがどう動くか、少し分かってきただけです」
「それって、息が合ってきたってことじゃない?」
「……そうかもしれませんね」
そう答えると、少女は嬉しそうに笑いました。
「よし!」
「何がですか?」
「もっと一緒に戦ってみたい!」
「……まだ依頼の途中ですよ」
「分かってるって!」
その笑顔を見ていると、昨日まで感じていた警戒心が、ほんの少しだけ薄れていることに気づきました。
ですが、まだこの方のことを何も知りません。
なぜ冒険者になったのか。
どこから来たのか。
どんな生活をしてきたのか。
何も。
だからこそ、今はまだ、このくらいでいいのでしょう。
その後も、何度か魔物と遭遇しました。
ホーンラビットを追い払ったり、少数のゴブリンを倒したり。
時には道を外れて、魔物の痕跡を探したりもしました。
けれど。
「……見つからないね」
「はい」
目的のジャイアントキャタピラーは、なかなか姿を見せません。
気がつけば、木々の隙間から見える空が赤く染まり始めていました。
「今日は、もう戻るのは難しそうですね」
「うん。野営しよう」
少女はそう言うと、周囲を見回しました。
「ここなら少し開けてるし、大丈夫そう」
「では、ここにしましょう」
二人で荷物を下ろします。
わたくしは周囲の安全を確認し、少女は火を起こすための枝を集めました。
……こういうことまで、自分でやらなければならないのですね。
「リーネ、火つけられる?」
「ええ。魔法なら」
「じゃあお願い!」
「分かりました」
小さな火を灯すと、少女が目を輝かせました。
「やっぱり魔法って便利だね!」
「そうでしょうか?」
「うん。私は火をつけるだけでも大変なのに」
「あなたも炎を使えるではありませんか」
「戦うための炎と、火を起こす炎は別だよ!」
「なるほど……」
思わず納得してしまいました。
火を囲みながら、簡単な食事を取ります。
干し肉とパン。
いつもの食事とは比べものにならないほど簡素です。
けれど、不思議と嫌ではありませんでした。
「……ん?」
しばらくして。
少女が突然、立ち上がりました。
「どうしました?」
「静かすぎる」
「え?」
「さっきまで、虫の音がしてたのに」
わたくしも耳を澄ませます。
確かに。
森の中から、音が消えていました。
「……何か、います」
「うん」
少女が剣を抜きます。
わたくしも杖を構えました。
そのとき。
ズ……。
ズズ……。
何かを引きずるような音が、森の奥から聞こえてきました。
「……近づいてきています」
「うん」
音が大きくなっていきます。
木々の間から、巨大な影が姿を現しました。
大きな身体。
無数の脚。
そして、こちらを向いた頭。
わたくしは息を呑みました。
「……あれは」
少女が小さく呟きます。
「ジャイアントキャタピラー……」
探していた魔物が。
わたくしたちの目の前に現れました。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今回は、アイリーンとアネットが初めて一緒に依頼へ向かうお話でした。最初はまだ少し距離のあった二人ですが、魔物との戦いや野営を通して、少しずつ息が合ってきました。そして、ついに今回の依頼の目的であるジャイアントキャタピラーが登場しました!二人は無事倒せるのでしょうか?
次回、「巨大な魔物!ジャイアントキャタピラー」お楽しみに!
これからもよろしくお願いします!




