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第4話 まだ見ぬ熱と冷めゆく熱

 それから、2週間が過ぎました。

 わたくしは少しずつ、冒険者としての生活に慣れていきました。

 薬草を採ったり、簡単な魔物の討伐をしたり。

 最初の頃は魔物を見るだけで身体が強張っていましたが、何度か依頼をこなしているうちに、少しずつ落ち着いて戦えるようになってきました。

 もちろん、まだ怖いです。

 けれど


「……これで、最後です!」


「グラキエス・ブレス」


 目の前の魔物に向かって氷の魔法を放ちます。

 魔法はまっすぐに飛んでいき、魔物を倒しました。


「……よし」


 最初の頃なら、魔物を倒したあともしばらく動けなかったでしょう。

 けれど今は、少しだけ余裕があります。

 わたくしも、ちゃんと冒険者らしくなってきたのでしょうか。

 そんなことを考えながら、わたくしは王都へ戻りました。

 今日も依頼を終えたので、明日の依頼を探そうと思い、冒険者ギルドへ向かいました。

 ギルドの扉を開けると、いつも通り、多くの冒険者たちで賑わっています。

 受付へ向かおうとした、そのときでした。


「だから、私は絶対に世界一の冒険者になるんだって!」


 大きな声が聞こえてきました。


「世界一ぃ?」


「お前が?」


「ははは! 夢を見るのは自由だな!」


「それに何をもって世界一なんだ? 強さか? それとも弱さか? ははっ!」


 何人かの冒険者が笑っています。

 声のしたほうを見ると、そこには見覚えのある少女がいました。


「あ……」


 先日の森で、わたくしを助けてくれた少女。

 炎を纏った剣を振るっていた、あの方です。


「だから、本気だってば!だからパーティ組んでよ」


「はいはい。頑張れよ、世界一の冒険者さん」


「もう!」


 少女は頬を膨らませました。

 けれど、すぐに顔を上げます。


「絶対になってやるんだから!」


 ……世界一の冒険者。

 随分と大きな夢です。

 けれど、今のわたくしには関係のないことでした。

 わたくしはその場を通り過ぎ、受付へ向かいました。


「明日の依頼を探しているのですが」


「はい。少々お待ちくださいね」


 ヴェロニカさんが依頼書をいくつか見せてくれました。

 その中から一つを選び、わたくしは依頼を受けました。

 明日もまた、冒険者として一歩前へ進む。

 今は、それだけで十分でした。

 翌日。

 依頼を終えたわたくしは、夕方になってギルドへ戻ってきました。


「ただいま戻りました」


「おかえりなさい、リーネさん。依頼はどうでした?」


「問題なく終わりました」


「それはよかったです」


 ヴェロニカさんと話していると。


「――あっ!」


 突然、後ろから声をかけられました。


「このあいだの人!」


「……え?」


 振り返ると、そこには昨日の少女が立っていました。


「やっぱり! この前、森で助けた子だよね!」


「……あ」


 思わず、一歩後ろへ下がりました。


「あのときは、本当にありがとうございました」


「いいって、いいって!」


 少女は笑いました。


「それより、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「……何でしょう?」


「あなたって、あのときの氷の魔法だけじゃないよね? 使える魔法」


「え?」


 少女は、少し得意そうな顔をしました。


「私、実は見てたんだ」


「……何を、ですか?」


「この前、街で荷馬車が暴走してたでしょ?」


「……!」


 思わず目を見開きました。


「もしかして……」


「うん。あのとき、馬車を止めたのもあなたでしょ?」


 わたくしは答えられませんでした。


「やっぱり!」


 少女は嬉しそうに笑いました。


「あのときも魔法を使ってたよね。それで、森でもゴブリンを倒してた」


「……よく見ていらしたのですね」


「うん。だから、ちょっと気になってたんだ」


 少女は腕を組み、少しだけ真剣な顔になりました。


「私、世界一の冒険者を目指してるんだ」


「……世界一の」


「うん!」


 今度は、笑いませんでした。


「そのためには、一人で冒険するより、信頼できる仲間とパーティーを組んだほうがいいと思ってる」


 少女は腰の剣を軽く叩きました。


「私は剣士だから、遠くから攻撃できる魔法使いがいてくれると助かるんだ」


 そして、まっすぐわたくしを見ました。


「だから、あなたと一緒に冒険したい」


「……わたくしと?」


「うん」


 理由を聞けば、納得できる部分もありました。

 わたくしの魔法を見て、必要だと思って声をかけてくれた。

 ただ助けたから誘っているわけではないようです。

 それでも。


「……申し訳ありません」


「え?」


「わたくし、貴女のことを、まだよく知りませんから」


「……」


「パーティは、信頼できる方と組むものではありませんか? まだお互いのことをよく知らないのに、いきなり誘われても……少し困ってしまいます」


 わたくしには、まだ誰かと一緒に冒険する覚悟がありませんでした。


「ですから、ごめんなさい。他の方を探してください。それでは」


 わたくしはギルドを出ようとしました。

 けれど、扉へ向かう途中でふと足を止めます。

 そういえば、わたくしが依頼を受けるとき、他の方にもパーティを組むことを打診されていた気がします。それだけパーティを組まなければいけない理由でもあるのでしょうか。


 

 魔法が使える冒険者なら、他にもいるはずです。

 それなのに。

 なぜか、胸の奥に小さな違和感が残っていました。




 その頃。

 クロウディア王国の王宮では、アイリーンが去ってからの日々が続いていた。

 ハインリッヒは王太子として、これまでと変わらず公務をこなしていた。

 婚約破棄の発表を終え、リリアーヌとの婚約に向けた準備も進んでいた。


「殿下、こちらが今後の予定です」


「分かった」


 ハインリッヒは書類を受け取り、一枚ずつ目を通した。

 新たな婚約。

 社交界への発表。

 今後の王宮行事。

 やるべきことは多かった。


「リリアーヌ様は、先ほど王妃様のところへ向かわれました」


「そうか」


 ハインリッヒはそう答えた。

 そして、ふと手を止めた。

 頭に浮かんだのは、あの日のアイリーンだった。

 婚約を破棄すると告げたときも、彼女は静かにそれを受け入れた。

 最後まで、自分に何かを求めることもなかった。


「……」


 ハインリッヒは小さく息を吐いた。


「殿下?」


「いや。何でもない」


 そう言って、再び書類へ目を落とした。




 一方、バルコス公爵家でも変化が起きていた。


「この書類は?」


 レオポルトは、机の上に積まれた書類を見つめた。


「アイリーン様が担当されていたものです」


「……そうか」


 王宮との細かな調整。

 社交界での予定。

 領地から届く報告書の整理。

 アイリーンは、それらを当然のようにこなしていた。

 彼女がいなくなってから、それらの仕事は別の者へ回されていた。

 しかし、以前のようには進まなかった。


「別の者に回せ」


「すでに回しております」


「……」


 レオポルトは黙った。

 アイリーンがいた頃には、滞ることなどなかった仕事だった。

 それが今は、少しずつ積み重なっていた。


「……あの娘が、これほど多くの仕事をしていたとはな」


 レオポルトは、ぽつりと呟いた。

 けれど、それ以上は何も言わなかった。

 アイリーンがいなくなったことを惜しむつもりもなかった。

 ただ、彼女が担っていたものの大きさを、少しずつ知り始めていた。


「リリアーヌの王妃教育は捗っているか?」


 レオポルトは尋ねた。


「幼い頃はまだ伯爵家の娘として育てられていたこともあり、所作に大きな問題はございません。しかし……」


「しかし、何だ?」


「平民として育てられた期間の方が長いこともあり、知識が乏しいのです。講師をつけてはおりますが、歴史も政治も、まだまだこれからかと」


「……そうか」


 レオポルトはしばらく黙っていた。

 アイリーンなら、すでに身につけていた知識だった。

 だが、それを口にすることはなかった。


「時間をかければいい。王妃になるまでには、まだ時間がある」


「承知しました」


 レオポルトは再び書類へ目を戻した。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

今回は、アイリーンと謎の少女が再び出会いました。

次回、「遠い森へ」お楽しみに!


これからもよろしくお願いします


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