第3話 初依頼と謎の少女
翌日。
わたくしは、再び冒険者ギルドを訪れていました。昨日、冒険者として登録したばかり。
今日はいよいよ、初めて依頼を受けるのです。
「おはようございます、リーネさん」
受付にいたヴェロニカさんが声をかけてくださいました。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「いえいえ。今日は依頼を受けに来たんですよね?」
「はい」
わたくしは頷きました。
正直なところ、不安はあります。
昨日の研修で、冒険者が危険な仕事だということは十分に教わりました。
魔物と戦ったことなど、一度もありません。
それでも、いつまでも何もしないわけにはいきません。
お金がなければ、生活できないのですから。
「それなら、ちょうどいい依頼がありますよ」
ヴェロニカさんは、掲示板から一枚の紙を取ってきました。
「王都から少し離れた森で、薬草を採ってきてほしいという依頼です」
「薬草、ですか?」
「はい。『グリーンパフ』という薬草です」
そう言って、ヴェロニカさんは一枚の紙を見せてくれました。
そこには、緑色の小さな葉をつけた植物の絵が描かれていました。
「これがグリーンパフです。森の中では、こういうふうに生えています」
「なるほど……」
わたくしは絵をじっと見つめました。
「その森には、あまり強い魔物は出ません。グリーンパフを探すだけなら、リーネさん一人でも問題ないと思います」
「一人で……ですか?」
「ええ。もし魔物に出会っても、昨日見せてもらった魔法なら、よほどのことがない限り大丈夫でしょう」
「……分かりました」
昨日の訓練で、ヴェロニカさんには魔法の腕を褒めていただきました。
けれど、実際に魔物と戦ったことはありません。
少し怖い。
それでも、いつまでも怖がっているわけにはいきません。
「この依頼を受けます」
「分かりました。それでは、こちらにお願いします」
わたくしは依頼書を受け取りました。
報酬も、今のわたくしには十分な金額です。
「グリーンパフは森の中でも比較的見つけやすい場所に生えています。採取したら、ギルドまで持って帰ってきてください」
「はい」
「気をつけて行ってきてくださいね」
「ありがとうございます」
わたくしはギルドを出ました。
手には、グリーンパフの絵が描かれた依頼書。
そして、少しの緊張。
「……初めての依頼、ですね」
小さく呟きました。
これからは、誰かに守ってもらうのではありません。
自分で、生きていくのです。
わたくしは森へ向かって歩き始めました。
王都から少し離れた場所に、その森はありました。
森の中へ入ると、木々の間から差し込む光がとても綺麗でした。
「静かですね」
街とは、まるで違います。
聞こえてくるのは、鳥の鳴き声や風で葉が揺れる音ばかり。
わたくしは依頼書を取り出し、もう一度グリーンパフの絵を確認しました。
「この植物ですね」
周囲を見回します。
似たような植物がいくつも生えているので、間違えないように慎重に探しました。
「……あ」
しばらく歩いたところで、絵と同じ植物が目に入りました。
「これが、グリーンパフ……」
近づいて確認します。
間違いありません。
わたくしは教えられた数だけ、丁寧に採取しました。
「これで、依頼は完了ですね」
思っていたよりも、ずっと簡単でした。
これなら、冒険者としてやっていけるかもしれません。
そんなことを考えながら、わたくしは森を出るために来た道を戻り始めました。
森の出口が見えてきた、そのときでした。
「……?」
前方から、何かがこちらへ歩いてきます。
緑色の肌。
小さな身体。
手には粗末な棍棒。
「……ゴブリン?」
魔物です。
初めて見る魔物に、わたくしは思わず足を止めました。
ゴブリンは、こちらに気づいたようです。
「ギャッ!」
叫び声を上げながら、こちらへ走ってきます。
「……っ」
怖い。
けれど、一匹だけです。
わたくしは手を前へ向けました。
魔力を集中させます。
「グラキエス・ブレス」
放たれた氷の魔法が、ゴブリンを吹き飛ばしました。
「……倒せました」
初めて魔物を倒した。
胸の奥が、少しだけ高鳴ります。
けれど。
「……?」
森の奥から、何かが聞こえてきました。
足音。
ひとつではありません。
どんどん近づいてきます。
「……まさか」
木々の間から、次々とゴブリンが姿を現しました。
一匹。
二匹。
三匹。
……まだ、います。
「そ、そんな……」
わたくしは後ずさりました。
さっき倒したのは、群れの一匹だったのです。
「これだけの数……」
無理です。
一匹なら倒せました。
けれど、この数を相手にするのは、とてもではありませんが一人では。
「ギャアアア!」
ゴブリンたちが、一斉にこちらへ向かってきます。
「……っ!」
わたくしは必死に魔力を集めました。
氷の範囲魔法を放ちます。
フローズン・アレイ
まとめて3体。次に4体。
けれど、数が多すぎます。
「まだ……!」
次の魔法を放とうとした、そのときでした。
「そこ、どいて!」
「え……?」
突然、横から声が聞こえました。
次の瞬間。
炎が走りました。
赤い炎を纏った剣が、ゴブリンの群れへと振り下ろされます。
「はあっ!」
炎が大きく弾けました。
ゴブリンたちが吹き飛びます。
「え……」
わたくしは、呆然とその光景を見つめていました。
一人の少女が、剣を握って立っています。
その剣には、炎が纏わりついていました。
まるで剣そのものが、燃えているようです。
「まだいる!」
少女はそう叫ぶと、地面を蹴りました。
「はああっ!」
炎を纏った剣が、ゴブリンを次々と薙ぎ払っていきます。
速い。
それに、強い。
わたくしが一体倒すのにも魔力を使ったというのに、彼女は炎を纏った剣だけで、次々とゴブリンを倒していきます。
やがて。
「……これで、最後!」
最後の一体が倒れました。
森の中が、静かになります。
「ふぅ……」
少女は剣を下ろしました。
すると、纏っていた炎がゆっくりと消えていきます。
「大丈夫?」
「……はい」
わたくしは頷きました。
「あ、よかった!」
少女はほっとしたように笑いました。
「怪我してない?」
「大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございます」
「いやいや、こっちこそ! 間に合ってよかったよ」
そう言って、少女は剣を鞘に収めました。
改めて見ると、わたくしとそれほど年齢は変わらないように見えます。赤毛にきれいな緑色の瞳をした方です。
「それにしても、すごい魔法だったね!」
「……え?」
「さっきゴブリンを倒したやつ。あんな魔法も使えるんだ!」
「あ、ありがとうございます……」
突然褒められて、どう返せばいいのか分かりません。
「私も魔法は使うけど、剣のほうが得意なんだ」
そう言って、少女は腰の剣を軽く叩きました。
「それにしても、炎を剣に纏わせて戦うなんて……」
思わず口にすると、少女は少し驚いた顔をしました。
「知ってるの?」
「いえ……。そのような戦い方をしている方は、初めて見ました」
「ああ、そうだよね。私以外には、ほとんどいないと思う」
少女は少しだけ得意そうに笑いました。
「特別に教えてもらったんだ」
「教えて、もらった……?」
「うん。昔、鍛えてもらったんだ」
その言葉には、どこか誇らしさがありました。
わたくしは、もう一度その少女を見ました。
炎を纏った剣。
あれほどの強さ。
いったい、どんな方に教わったのでしょう。
「じゃあ、私はこれで!」
「え?」
「私も別の依頼でここに来てたんだ。まだやることがあるから」
「あ……はい」
少女は手を振りました。
「ゴブリンを倒してでた素材、持っていくといいよ。じゃあね!」
少女は森の奥へと走っていきました。
わたくしは、その背中をしばらく見つめていました。
「不思議な方でしたね」
けれど。
今はそれより、依頼を終わらせることが先です。
わたくしはグリーンパフの入った素材袋を確認しました。そして、ゴブリンの棍棒を拾い、素材袋に入れると、わたくしは森を後にしました。
「確かに、グリーンパフですね。こちらは報酬です」
わたくしは、ギルドに戻って受付でヴェロニカさんに換金してもらいました。
「……やりました!」
思わず声が漏れます。
初めて、自分で稼いだお金です。
ほんの少しだけですが、自分の力で手に入れたのだと思うと、なんだか嬉しくなりました。
「あと、こちら、帰る途中でゴブリンの群れに遭遇しまして……拾ってきたのですけれど……」
わたくしは恐る恐る、ゴブリンの棍棒を素材袋から取り出し、カウンターに置きました。
「ゴブリンの群れですか⁉︎」
ヴェロニカさんが驚いた声を上げました。
「初めての依頼でそれは災難でしたね。……ん? あの森にゴブリンの群れがいたのですか?」
「はい。最初は一匹だと思ったのですが、たくさんいて……困っていたところ、見知らぬ方が助けてくださったのです」
「……あの森は初心者用の森ですよ」
ヴェロニカさんは、少し考え込むように眉を寄せました。
「ゴブリン1匹ならともかく、一人で群れを倒すには、Dランクくらいの実力が必要です。そもそも、あの森にゴブリンがいるはずはないんですが……」
「そうなのですか?」
「ええ。本来なら、コボルトくらいしか出ない森なんです」
ヴェロニカさんは、置かれた棍棒を見つめました。
「……おかしいですね」
少しの間、考えたあと。
ヴェロニカさんは顔を上げました。
「群れがいたのなら、まだ他の群れもいる可能性がありますね」
「他にも……?」
「はい。念のため、あの森への立ち入りはDランク以上の冒険者に限定したほうがよさそうです」
そう言って、ヴェロニカさんは奥の職員に声をかけました。
「一応、ギルドから調査の依頼も出しておきましょう。原因が分からないまま放置するのは危険ですから」
「もし最初から群れがいると分かっていたら、リーネさん一人ではかなり危険でした」
「……」
そう言われて、今さらながら背筋が冷たくなりました。
あのとき。
もし、あの方が来てくださらなかったら。
「……助けていただいて、本当によかったです」
思わず、あの炎を纏った剣を思い出します。
あの方はいったい、何者だったのでしょう。
「ところで、ゴブリンの素材はこちらで買い取りますよ」
「あ、お願いします」
「では、こちらも報酬に加えておきますね」
ヴェロニカさんが手続きを進めていきます。
グリーンパフの報酬。
そして、初めて魔物を倒して手に入れたお金。
今日一日で、わたくしは冒険者として二つのものを手に入れました。
少しのお金と。
そして
「……冒険者として、初めて魔物を倒したのですね」
小さく呟きます。
怖かった。
けれど、何もできなかったわけではありません。
ほんの少しだけ。
昨日よりも、自分で生きていけるようになった気がしました。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今回は、アイリーンが初めての依頼に挑戦しました。まだ謎の多い少女との出会いもありましたね。まだ二人は別々の道を歩いていますが、これからどのように関わっていくのか、ぜひ楽しみにしていてください。
次回「まだ見ぬ熱と冷めゆく熱」お楽しみに!




