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第2話 歩み出し

「……どうすれば、いいのでしょう……?」


 誰もいない家の中で、わたくしは途方に暮れていました。

 いつまでも、ここにいるわけにはいきません。

 食べ物もありません。

 お金も、ほとんど残っていません。

 それに、この家の持ち主が戻ってくる保証もないのです。

 わたくしは立ち上がり、トランクを閉じました。


「……まずは、街へ行きましょう」


 街なら、何か仕事があるかもしれません。

 そうすれば、食事くらいはどうにかできるでしょう。

 公爵令嬢だった頃のわたくしなら、そんなことを考える必要すらありませんでした。

 けれど、今は違います。

 自分で、生きていかなければならないのです。

 わたくしは残された服に着替え、小さな袋をポケットへ入れました。

 そして、誰もいない家を後にしました。




 しばらく歩くと、街の大通りに出ました。

 道の両脇には、たくさんの建物が並んでいます。

 人の声も聞こえてきました。


「……人が、たくさん……」


 それだけで、少しだけ安心しました。

 ここなら、何か見つかるかもしれません。

 そう思って、わたくしは街の中へ入りました。

 街の中は、わたくしが知っている王都とは、まるで違って見えました。

 商人が声を張り上げ、荷車が行き交い、あちこちから人の話し声が聞こえてきます。

 わたくしは周囲を見回しました。

 何をすればいいのか分かりません。

 どこへ行けば仕事が見つかるのかも分かりません。


「……困りましたね」


 思わず呟いた、そのときでした。


「危ない!」


 突然、誰かが叫びました。


「え?」


 振り向きます。

 すると、こちらへ向かって一台の荷馬車が走ってきていました。

 馬が暴れています。

 荷馬車は止まる気配がありません。


「――っ!」


 逃げなければ。

 そう思いました。


 けれど、わたくしのすぐ後ろにも人がいます。

 このままでは、誰かが巻き込まれてしまう。


「……っ!」


 わたくしは反射的に手を前へかざしました。


「止まって……!」


 魔力を集中させます。

 次の瞬間。

 荷馬車の前に、淡い光が広がりました。

 馬の足元を包み込むように魔法が広がっていきます。


 キィィィン!


 荷馬車の勢いが、一気に失われました。

 そして、そのまま静かに止まりました。


「…………」


 街が静まり返りました。

 誰もが、止まった荷馬車とわたくしを見ています。

 ただ、誰かが怪我をするのが怖くて。

 夢中で魔法を使っただけでした。


「す、すごい……」


「今の、魔法か?」


「女の子が止めたぞ!」


 周囲から声が上がります。


「…………!」


 わたくしはようやく、自分が注目されていることに気づきました。

 まずい。

 目立ってはいけません。

 アイリーン・バルコスという身分を知られるわけにはいかないのです。


「……失礼いたします!」


 わたくしは、その場から逃げ出しました。


「え、ちょっと!」


 誰かの声が聞こえました。

 けれど、振り返りませんでした。

 ただ、人の少ない道を探して走りました。

 しばらく歩き続け、ようやく足を止めました。

 息を整えながら、街を眺めます。

 何か仕事を探さなければなりません。

 そう思って歩いていると、近くから会話が聞こえてきました。


「やっぱり冒険者が一番手っ取り早いんじゃないか?」


「そうだな。依頼をこなせば、その場で報酬ももらえるし」


「危険だけどな」


「まあ、それはそうだ」


 わたくしは思わず足を止めました。


「……冒険者」


 聞いたことはあります。

 魔物を倒したり、護衛をしたり。

 さまざまな依頼を受け、その報酬で生活する人たちです。

 中には、冒険者として活躍して爵位を得た方もいると聞いたことがあります。


「依頼をこなせば、お金がもらえる……」


 わたくしは考えました。

 わたくしには、魔法が使えます。

 さっきだって、無我夢中だったとはいえ、荷車を止めることができました。


 だったら――。


「……わたくしにも、できるかもしれません」


 もちろん、不安はあります。

 魔物と戦ったことなどありません。

 冒険者になったこともありません。

 それでも。

 今のわたくしには、他に頼れるものがありません。

 依頼をこなせば、お金も手に入ります。

 それなら、衣食住にも困らずに済むでしょう。


「……行ってみましょう」


 わたくしは顔を上げました。

 そして、街の中にある冒険者ギルドへ向かいました。

 やがて、街の中でもひときわ大きな建物が見えてきました。

 入口の上には、大きな剣と盾の紋章があります。

 ここが冒険者ギルドなのでしょう。

 わたくしは少しだけ緊張しながら、扉を開けました。


「……失礼いたします」


 中には、たくさんの人がいました。

 受付らしき場所。

 壁に貼られた大量の紙。

 食事をしている人たち。

 そして、武器を身につけた人たち。

 思っていたよりも、ずっと騒がしい場所でした。


「……すごい」


 思わず立ち止まっていると、受付の女性が声をかけてきました。


「冒険者ギルド、クロウディア王国本部へようこそ。何かご用でしょうか?」


「あの……」


 わたくしは少し迷ってから答えました。


「冒険者になりたいのですけれど……」


「新人登録ですね。承知しました。私はヴェロニカと申します。Bランク冒険者で、普段はここで受付をしています。暇なときには、簡単な依頼を受けることもありますよ」


 ヴェロニカさんは慣れた様子で説明を始めました。


「冒険者には、E、D、C、B、A、Sのランクがあります。基本的にはEランクから始めて、依頼をこなしていくことで昇級できます。Bランク以上になるには、一定水準の依頼をこなすか、試験に合格する必要があります」


「なるほど……」


「依頼には、それぞれ推奨されるランクがあります。依頼を達成すれば報酬を受け取れますし、魔物を倒した場合は、その素材や魔石をギルドに持ち込んで換金することもできます。ちなみに、高いランクの依頼の方が報酬は多いですよ。」


 思っていたよりも、ずっときちんとした仕組みになっているようです。

 依頼の報酬だけではなく、魔物の素材までお金になるとは。

 これなら、十分に生活できそうです。


「ただし、冒険者は危険な仕事でもあります。無理な依頼を受けることは、おすすめしません」


「分かりました」


「それと、依頼はあちらのボードに貼り出されています。受けたい依頼があれば、紙を受付まで持ってきてください」


 ヴェロニカさんは、壁に並んだ掲示板を指差しました。


「それから、冒険者はギルドで登録すれば、パーティを組むこともできます。二人から最大四人までですね」


「パーティ……」


「はい。剣術が得意な剣士や、魔法を使う魔法使い、怪我を治す治癒師など、それぞれの得意分野を生かして一緒に冒険するんです。複数人で受ける依頼もありますから、信頼できる人が見つかったら組んでみるといいですよ」


「なるほど……」


 わたくしは頷きました。


「なにか、ご不明な点はございますか?」


「いえ、特にございません。丁寧にご説明いただき、ありがとう存じます」


「では、こちらにお名前をお願いします」


 わたくしは一瞬、ペンを持つ手を止めました。


 アイリーン・バルコス。


 その名前を書くことはできません。

 もし、この名前が知られてしまえば、わたくしが何者なのかすぐに分かってしまうでしょう。

 わたくしは、とっさに別の名前を書きました。


「名前は……リーネでお願いします」


 わたくしは、そう名乗りました。

 それが、今のわたくしの名前です。


「ちなみに、リーネさんは何が得意ですか?」


「魔法を少々……」


「魔法使いですね。それでは、そのように登録しておきます」


 ヴェロニカさんは書類に何かを書き込みました。


「最後に、こちらに血判をお願いします。これで登録完了です」


「血判……ですか」


 貴族社会でも、重要な契約を交わす際には血判が用いられることがあります。

 けれど、自分で実際に押すのは初めてでした。

 渡された針で、左手の人差し指をつきます。

 滲んだ血を紙に押しつけると、紙が淡く光り始めました。そして、紙は、光の粒となって消えていきました。


「…………」


 本当になってしまった。

 わたくしは、本当に冒険者になってしまったのです。


「これで登録完了です。では、このあと簡単な研修があります。私も準備してきますので、少しお待ちください」


「はい。よろしくお願いいたします」


 しばらくすると、戦闘用のローブを着たヴェロニカさんが戻ってきました。


「お待たせしました。それでは、訓練場へ向かいましょう」


「はい」


「あ、それともう一つ。リーネさん、その格好では冒険者としては少し動きにくいでしょう。研修の前に、ギルド横の武具店で必要なものを揃えましょうか」


「ですが……お金が……」


「お金なら心配いりません。冒険者の初期費用は、国の支援金を使ってギルドが負担しています。新人の方は気にしなくて大丈夫ですよ」


「そうなのですか……。では、お言葉に甘えさせていただきます」


「ええ、そのほうがいいでしょう」


 わたくしは武具店で、一通りの道具を揃えました。 ヴェロニカさんは親切にも、どのような道具を選べばいいのか、冒険者としてどのような服装が適しているのかまで教えてくださいました。

 冒険者らしい格好になったところで、いよいよ研修です。


 研修では、主に次のようなことを教わりました。

 武器の扱い。

 魔物と遭遇したときの対処。

 依頼の受け方。

 怪我をした場合のこと。

 どれも、わたくしには初めて聞くことばかりでした。


「魔法を使えるとのことでしたので、簡単に確認しておきましょうか」


「はい」


 案内された訓練場で、わたくしは魔法を使いました。

 的に向かって手をかざします。


「――っ」


 魔力を集めます。

 的に意識を集中させ、得意な氷魔法を放ちました。

 氷の魔力が的を撃ち抜きます。


「……十分ですね。むしろ、かなり強いくらいです」


「そう、ですか?」


「ええ。他の魔法も使ってみてもらえますか?」


「分かりました」


 わたくしは、水、炎、風――それぞれの魔法を放ちました。

 ヴェロニカさんは、しばらく的を見つめたあと、感心したように頷きました。


「どれも、すごい威力ですね。これなら依頼をこなしていけば、かなり早くCランクまで上がれると思います。魔法の腕だけなら、実戦に出ても問題ないでしょう」


「本当ですか?」


 わたくしは、少しだけほっとしました。

 魔法が使える。

 それだけが、今のわたくしに残された数少ないものだったからです。


「ただ、実戦経験がないのでしたら、最初は簡単な依頼から始めることをおすすめします」


「分かりました」


 その日は、依頼を受けないことにしました。

 まだ知らないことが多すぎます。

 そしてもうひとつ、大事なことを聞いてみることにしました。


「あの……わたくし、実は家出をして方のですけれど……宿を紹介していただけませんか?取り方も分からなくて……」


「それなら、このギルドの向かいの宿を使ってください。フロントに行けばチェックインできるはずです。ギルドが運営しているので、今、こちらでリーネさん名義で予約をとっておきます。フロントで名前を言えば、部屋に案内してもらえるはずです。」


わたくしはほっとしました。これでしばらくはなんとか生活できそうです。


「ありがとう存じます。」


わたくしはそう言ってギルドをあとにしました。


 いきなり魔物と戦うのは、少し怖い。

 それでも、今日、わたくしは一つだけ前へ進みました。冒険者になったのです。

 それだけで、ほんの少しだけ未来が見えた気がしました。


 ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

 第2話では、アイリーンが冒険者として新しい一歩を踏み出しました。第1話では散々な目に遭いましたが、ここから少しずつ物語が動き始めます。

 そして次回はいよいよ初依頼!新しい出会いもあります。「初依頼と謎の少女」お楽しみに!

 これからもよろしくお願いします!

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