第30話 残る謎
ほかの村人たちの治療を進めていると、テオさんが声をかけてきました。
「リーネ、こっちの人たちはひとまず大丈夫そうだ。そっちは?」
「こちらも、応急処置は終わりました。ただ、まだ安静にしていただく必要がありそうです」
「分かった。無理に動かさないようにしよう」
テオさんはそう言うと、再び負傷者のもとへ向かいました。
わたくしも、治療を終えた方々の様子を確認して回ります。幸い、すぐに命に関わるような状態の方はいないようでした。けれど、これだけの人数が怪我を負っているのです。いったい、森の中で何が起きたのでしょうか。
「ねえ、リーネ。この人たち、どうしてこんなところに隠れていたんだろう?」
アネットさんが、心配そうに尋ねました。
「おそらく、あの魔物から逃れるためだったのでしょう。ですが、皆さんが森へ入った理由も気になりますね」
わたくしたちが話していると、先ほどの男性がゆっくりと身を起こしました。
「……あんたたちに、話しておかなきゃならないことがある」
「まだ無理をなさらないでください」
わたくしが声をかけると、男性は首を横に振りました。
「いや、どうしても伝えておきたいんだ。俺たちが森へ入ったのは、家畜が襲われたからだ。また襲われたらたまったもんじゃないからな。」
男性は一度言葉を切り、苦しそうに息を整えました。
「村の男たちで手分けして痕跡を追った。そうしたら、森の奥であの巨大な魔物に出くわしたんだ。あんな魔物がいるなんて、誰も思っていなかった」
「それで、洞窟まで逃げてきたのですね」
わたくしが確認すると、男性は頷きました。
「ああ。何人かが怪我をして、まともに走れなくなった。あの魔物から逃げ切るので精いっぱいだったんだ」
「ほかに、何か気になることはありませんでしたか?」
テオさんが尋ねました。
男性は少し考え込んだあと、はっとしたように顔を上げました。
「そうだ……。森へ入ったとき、古い鉱山道の近くで妙なものを見たんだ」
「妙なもの、ですか?」
「ああ。岩壁の一部が、大きく崩れていたんだ。自然に崩れたにしては、周りの岩までひどく傷んでいてな。何かがぶつかったようにも見えた」
わたくしとアネットさんは、思わず顔を見合わせました。
「それは、あの巨大な魔物が通った跡ではないのでしょうか?」
「俺も最初はそう思った。だが、あの魔物が暴れた場所とは少し離れていたし、地面に残っていた足跡も違っていた」
「足跡、ですか?」
「ああ。見たことのない魔物の足跡もあった。あの巨大な魔物の足跡とは違う。大きさも形も、まるで別物だったんだ」
テオさんの表情が、わずかに引き締まりました。
「その足跡は、どちらへ続いていた?」
「岩壁の近くまでは確認できたが、その先は分からなかった。俺たちは家畜を襲った魔物を追っていたから、それ以上調べる余裕もなかったんだ」
「足跡の数は?」
「はっきりとは分からない。だが、一頭だけではなかったと思う」
「そうか……」
テオさんは考え込むように顎に手を当てました。
古い鉱山道付近の岩壁の損傷。そして、見慣れない魔物の足跡。それらが、今回の家畜への襲撃や巨獣の出現と関係しているのでしょうか。
「その場所は、村からどのくらい離れているのでしょうか?」
「歩いて一時間ほどだ。森の北側にある古い道だよ。今はほとんど使われていない」
「昔は鉱山があったのですか?」
「ああ。ずいぶん前に閉鎖されたらしい。俺たちも詳しいことは知らないが、今では近づく者もほとんどいないな」
「なるほど……」
わたくしは、男性の話を頭の中で整理しました。
古い鉱山道。大きく崩れた岩壁。複数の見慣れない足跡。どれも、見過ごしてよい情報ではありません。
「その場所については、ギルドにも報告したほうがよさそうですね」
わたくしが言うと、テオさんも頷きました。
「僕もそう思う。少なくとも、普通の魔物の討伐依頼だけで片づけていい話じゃない」
「うん。村の人たちがまた危険な目に遭ったら大変だもんね」
アネットさんも、真剣な表情で同意しました。
「ただ、今すぐ調べに行くのは避けたほうがいいでしょう。皆さんを村へ送り届けるのが先です」
「そうだね。今は体力も残っていないし、情報を整理してから動いたほうがいい」
テオさんの言葉に、わたくしも頷きました。
森の異変については、ギルドの判断を仰ぐ必要があります。わたくしたちだけで調査を進めるには、まだ情報が足りません。それに、村人たちをこれ以上危険にさらすわけにもいきません。
「皆さんが村へ戻られたら、村長にもお話を伺いましょう。森の様子について、何かご存じかもしれません」
「ああ。それがいいと思う」
話がまとまったところで、わたくしたちは改めて村人たちの状態を確認しました。
その後、テオさんの治療もあって、村人たちは少しずつ自分で動けるようになりました。もちろん、まだ全員が万全というわけではありません。中には肩を借りなければ歩けない方もいますし、しばらく安静にしていたほうがよい方もいます。それでも、洞窟に留まり続けるよりは、村へ戻って休んでいただいたほうがよいでしょう。
「皆さん、歩けそうですか? 無理は禁物です。辛いときは、すぐにおっしゃってくださいね」
わたくしが声をかけると、村人たちはそれぞれ頷きました。
「助かったよ。本当にありがとう」
「礼なら、村に戻ってからいくらでも言わせてくれ。今は、エマのところへ帰らないとな」
男性の言葉に、わたくしは微笑みました。
「ええ。きっと、エマさんも心配していらっしゃいます」
その言葉を聞いた男性は、少しだけ表情を緩めました。
「……あの子、泣いていなかったか?」
「はい。お父さんが戻ってこないことを、とても心配していました」
「そうか……」
男性は、静かに目を閉じました。
「怖い思いをさせちまったな」
「でも、エマさんは最後までお父さんを信じて待っていましたよ」
「……ありがとう。あの子に会ったら、ちゃんと謝らないとな」
男性の声には、娘を思う気持ちがにじんでいました。わたくしは、そんな彼の様子を見て、胸の奥が温かくなるのを感じました。
大切な人のもとへ帰りたい。
その気持ちは、きっと誰にとっても同じなのでしょう。
「よし。それじゃあ、出発しようか」
テオさんの声を合図に、わたくしたちは洞窟を出る準備を始めました。アネットさんは、歩くのが難しい村人の荷物を持ち、テオさんは負傷の重い方を支えています。わたくしも、皆さんの体調を確認しながら、列の後ろにつきました。
「リーネ、そっちは大丈夫?」
「はい。こちらの方も問題ありません」
「分かった。何かあったらすぐに言ってね」
「ありがとうございます」
洞窟の入口を抜けると、森の木々の間から夕方の光が差し込んでいました。行きには、あれほど恐ろしい姿を見せていた巨獣も、今はもう動きません。その巨体を横目に見ながら、わたくしは改めて今回の戦いを振り返りました。
あの魔物は、わたくしたち三人が力を合わせて、ようやく倒せるほどの強敵でした。
そう考えると、背筋が冷たくなります。
「リーネ?」
アネットさんが、わたくしの顔を覗き込みました。
「どうしたの? 何か考えごと?」
「いえ。今回の魔物のことを考えていました。皆さんが無事で、本当によかったと思いまして」
「うん。私もそう思う」
アネットさんは、少しだけ歩調を緩めました。
「でも、まだ終わりじゃないよね。森のことも調べなきゃいけないし」
「ええ。そうですね」
「それに、あの魔物を倒せたのは三人で協力できたからだと思うんだ。私一人だったら、絶対に無理だったよ」
「わたくしも同じです。アネットさんの攻撃がなければ、あの魔物の弱点を突くことはできませんでした」
「えへへ。そう言ってもらえると嬉しいな」
アネットさんは、いつもの明るい笑顔を見せました。その笑顔を見ていると、疲れた気持ちも少し軽くなるような気がします。
「二人とも、あまり話に夢中にならないようにね。足元が危ないから」
前を歩いていたテオさんが、振り返って言いました。
「はーい!」
アネットさんが元気よく返事をします。
わたくしたちは、村人たちの歩調に合わせながら、ゆっくりと森を進んでいきました。
やがて、木々の隙間から村の建物が見えてきます。
洞窟を出てから、どれほど歩いたでしょうか。
先頭の村人が村の入口に差しかかったとき、待ち構えていた人々がこちらに気づきました。
「あっ……!」
誰かが声を上げました。
「戻ってきたぞ!」
「みんな、無事だったのか!」
村人たちが次々に駆け寄ってきます。
その中には、エマさんの姿もありました。彼女は、わたくしたちの後ろにいる男性を見つけると、目を大きく見開きました。そして、何かを確かめるように、一歩、また一歩と近づいていきます。
わたくしは、その様子を見守りながら、そっと道を譲りました。
ようやく、帰ってこられたのです。
けれど、わたくしの胸には、まだ小さな疑問が残っていました。古い鉱山道の近くで、いったい何が起きたのでしょうか。見慣れない足跡の主は、どこへ消えたのでしょう。
今はまだ、何も分かりません。
だからこそ、見過ごすわけにはいかないのです。
わたくしたちは村人たちを無事に送り届けたあと、村長にも詳しい話を聞くことにしました。
森で起きている異変の正体を確かめるために。
そして、もう二度と、この村の人々が危険な目に遭わないように。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ついに30話です!
ギュルテルティアロックも倒し、エマとそのお父さんも無事再会できました。
次回もお楽しみに!




