第29話 岩の巨獣ギュルテルティアロック・後編
「じゃあ、行くよ!」
テオさんは大剣を構えると、巨獣の正面へと走り出しました。
「こっちだ!」
その声に反応し、ギュルテルティアロックが頭を下げます。
次の瞬間、巨獣が地面を蹴りました。
凄まじい勢いで突進してきます。
テオさんは正面から受け止めようとはせず、巨獣が迫る直前に横へ跳びました。巨体がすぐ脇を通り過ぎます。
しかし、巨獣はそのまま通り過ぎることなく、すぐに向きを変えました。
「……しつこいな!」
テオさんは苦笑しながらも、距離を保ちます。
ギュルテルティアロックが再び突進の構えを取りました。
今です!
「フローズン・アレイ!」
わたくしは魔力を解き放ちました。
地面を這うように氷が広がり、巨獣の進路を覆っていきます。
ギュルテルティアロックの前脚が氷の上に乗りました。
ズズッ!
巨体がわずかに滑り、進行方向が逸れます。
それでも、完全に転倒させることはできませんでした。巨獣は前脚を踏ん張り、強引に体勢を立て直そうとします。
「まだです!」
わたくしは杖を握り直し、さらに魔力を注ぎ込みました。
氷が広がり、巨獣の足元を覆います。前脚が滑ると、巨体が大きく傾きました。
「アネット、今だ!」
テオさんの声が響きました。
「任せて!」
アネットさんが地面を蹴りました。
炎をまとった剣を手に、巨獣の側面へと駆け込みます。
「インフェルノブレイズ!」
燃え上がる剣が、首の付け根へと振り下ろされました。
ガギィンッ!
硬い音が森に響きます。
剣は外皮に弾かれかけましたが、刃先がわずかに隙間へ食い込みました。
ギュルテルティアロックが、苦しげな唸り声を上げます。
「もう少し……!」
アネットさんは歯を食いしばり、剣を押し込みました。
しかし、巨獣はすぐに体を大きく振りました。
「アネット、離れろ!」
テオさんの叫びに、アネットさんは素早く後方へ飛び退きます。
直後、巨獣の前脚が地面を叩きました。
ドォンッ!
衝撃で氷が砕け、土や小石が周囲へ飛び散ります。
「っ……!」
わたくしも思わず顔をかばいました。
巨獣はまだ倒れていません。首の付け根には傷ができていますが、致命傷には程遠いようでした。
「くそっ、あと少しだったのに!」
アネットさんが悔しそうに呟きます。
「でも、傷はつけられた。攻撃する場所は間違っていないよ」
テオさんは巨獣から目を離さずに答えました。
「問題は、あいつが暴れる前に、もう一度同じ場所を狙えるかどうかだ」
その言葉に、わたくしは巨獣の様子を観察しました。
ギュルテルティアロックは、傷を負った首の付け根を守るように、体を斜めに傾けています。先ほどよりも警戒を強めているのでしょう。
このまま同じように攻撃を繰り返しても、簡単には隙を見せてくれないはずです。
それならば――
「テオさん。もう一度、突進を誘っていただけますか?」
「突進を?」
「はい。先ほどのように巨獣が勢いをつけて走ってくれば、足元を滑らせたときに体勢を崩しやすくなるはずです。その瞬間に、首の付け根を狙えば……」
「なるほど。動きを止めるんじゃなくて、体勢を崩させるわけか」
テオさんは、わたくしの考えを理解したように頷きました。
「ただし、今度は僕が正面から引きつける。二人とも、タイミングを間違えないでくれ」
「うん!」
「承知しました」
わたくしは深く息を吸い、魔力を整えました。
何度も魔法を使ったため、少しずつ疲労が蓄積しています。それでも、ここで諦めるわけにはいきません。
森の奥には、まだ村人たちがいるかもしれないのですから。
テオさんが再び巨獣の前へと出ました。
「さあ、来い!」
大剣を構え、わざと巨獣の注意を引きます。
ギュルテルティアロックは低く唸ると、前脚で地面を蹴りました。
来ます!
巨体が一気に加速しました。
テオさんはぎりぎりまで引きつけ、突進の軌道を見極めます。
そして、巨獣が目前に迫った瞬間、横へと跳びました。
「今だ、リーネ!」
「フローズン・アレイ!」
わたくしは、巨獣の前脚が踏み込む位置へ魔法を放ちました。
地面に氷が広がります。
巨獣の前脚が滑り、勢いのついた巨体が大きく傾きました。
今度こそ、十分な隙が生まれています。
「アネットさん!」
「わかってる!」
アネットさんが駆け出しました。
炎をまとった剣が、再び首の付け根へと迫ります。
「インフェルノブレイズ!」
刃が、先ほどできた傷へと叩き込まれました。
ガギッ!
硬い外皮に亀裂が走ります。
アネットさんは剣を押し込み、炎の勢いをさらに強めました。
亀裂が広がり、その奥へと刃が食い込みます。
ギュルテルティアロックが、森を揺るがすほどの咆哮を上げました。巨体が暴れ、アネットさんを振り払おうとします。
「アネットさん、離れてください!」
わたくしが叫ぶのと同時に、アネットさんは剣を引き抜いて飛び退きました。
その直後、巨獣の体が大きく揺らぎました。前脚が氷の上で踏ん張りきれず、巨体が片側へと傾きます。
テオさんは、その動きを見逃しませんでした。
「これで終わりだ!」
大剣を構え、巨獣の側面へと踏み込みます。
狙いは、アネットさんが傷つけた首の付け根。
テオさんの剣が、亀裂の入った外皮へと振り下ろされました。
ガァンッ!
重い衝撃音が響きます。
外皮が砕け、巨獣の首が大きく傾きました。
ギュルテルティアロックは、最後の力を振り絞るように体を起こそうとしましたが、もはや立ち上がることはできませんでした。
やがて、その巨体がゆっくりと地面へ倒れ込みます。
ドォォォンッ!!
地面が揺れ、土埃が舞い上がりました。
森を覆っていた緊張が、ようやく解けていきます。
「……倒した、の?」
アネットさんが、荒い息を整えながら尋ねました。
テオさんは巨獣の様子を慎重に確かめ、それから頷きました。
「もう動かない。討伐成功だ」
「やったぁ……!」
アネットさんは剣を下ろし、その場にしゃがみ込みました。
「さすがに疲れたぁ……。あんな大きな魔物、もう二度と相手にしたくないよ」
「わたくしも、同じ気持ちです……」
わたくしも杖を支えにして、ようやく息を吐きました。
何度も魔法を使い、巨獣の攻撃を避け続けたせいで、体にはかなりの疲労がたまっています。
それでも、三人とも大きな怪我をせずに済みました。何より、あれほどの魔物を倒せたのです。
「二人とも、よく頑張ったね。どちらか一人でも欠けていたら、ここまでうまくはいかなかったと思う」
テオさんの言葉に、アネットさんが顔を上げました。
「それを言うなら、テオだって! あんな巨体を引きつけるなんて、普通は怖くてできないよ」
「怖くないわけじゃないさ。だから、二人を信じて動いたんだよ」
テオさんは穏やかに笑いました。
その言葉を聞いて、わたくしの胸にも温かなものが広がりました。
わたくしたちは、まだ出会ってからそれほど時間が経っていません。それでも、戦いの中で互いを信じ、力を合わせることができたのです。
冒険者として、少しだけ成長できたような気がしました。
「……さて、喜んでばかりもいられないね」
テオさんが、森の奥へ視線を向けました。
そうでした。
わたくしたちがここへ来たのは、村人たちを捜すためです。
巨獣を倒しただけでは、まだ終わりではありません。
「先ほど見つけた道を調べましょう。村人の方々が、あちらへ進んだ可能性があります」
「うん。急ごう!」
アネットさんは立ち上がり、剣を鞘に収めました。わたくしたちは、先ほど見つけた斜面へと向かいました。
倒れた木々の向こうには、人が通れるほどの細い道が続いています。地面には靴跡や、何かを引きずったような跡も残っていました。
道の脇には、壊れた盾や折れた槍が落ちています。
「……ここで戦闘があったみたいだね」
テオさんが、地面に落ちていた盾を拾い上げました。
盾の表面には、深い傷がいくつも刻まれています。
「村人の方々の持ち物でしょうか……」
「たぶんね。急いだほうがよさそうだ」
わたくしたちは、足元に気をつけながら道を進みました。
やがて、斜面の先に岩場が見えてきました。その一角に、ぽっかりと口を開けた洞窟があります。
「……あそこかな?」
アネットさんが小声で尋ねました。
「可能性はあると思います。ですが、慎重に進みましょう」
洞窟の入口付近には、複数の足跡が残っていました。
わたくしたちは武器や杖を構え、ゆっくりと中へ入っていきます。
洞窟の中は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていました。
「誰か、いませんか?」
わたくしが声をかけると、奥のほうから、かすかな物音が聞こえました。
「……誰か来たのか?」
弱々しい声です。
「人がいる!」
アネットさんが声を上げ、足早に奥へ進みました。
わたくしたちも、その後を追います。
すると、洞窟の奥に、何人もの人影が見えてきました。
負傷した村人たちです。
壁にもたれかかる人。地面に横たわる人。互いに支え合いながら、こちらを見つめる人。その誰もが、疲れ切った様子でした。
「よかった……! 皆さん、ご無事ですか?」
わたくしが駆け寄ると、村人の一人が顔を上げました。
「冒険者……なのか?」
「はい。村の方々を助けに来ました。もう大丈夫です」
そう答えたものの、わたくしはすぐに表情を引き締めました。
怪我の程度は、人によって違います。中には、すぐに治療が必要と思われる方もいました。
「テオさん、アネットさん。まずは皆さんの状態を確認しましょう」
「ああ。重傷者から治療するよ」
「私は動ける人を手伝うね!」
三人で手分けをし、村人たちの様子を確かめていきます。
そのとき、洞窟の奥から、ひときわ苦しそうな声が聞こえました。
「……エマは……無事なのか……?」
わたくしは、声のしたほうへ振り返りました。
そこには、傷ついた男性が横たわっていました。
顔色は悪く、体のあちこちに怪我を負っています。それでも、彼は必死に顔を上げ、こちらを見つめていました。
「エマ……。俺の娘は……」
その言葉を聞いた瞬間、わたくしは確信しました。
この方が、エマさんのお父さんなのでしょう。
「ご安心ください。エマさんは村で待っています。ご無事ですよ」
わたくしがそう伝えると、男性の目に安堵の色が浮かびました。
「そうか……よかった……」
けれど、安心したのも束の間、男性は再び苦しそうに息をつきました。
まだ、治療が必要です。
わたくしは杖を握り直し、彼のそばに膝をつきました。
「すぐに治療いたします。どうか、もう少しだけ頑張ってください」
そう声をかけると、テオさんが隣に立ちました。
「リーネ、ここは僕に任せてくれる?」
「テオさん……?」
彼は静かに頷き、男性へと手をかざしました。その手のひらから、柔らかな光があふれ出します。
そして、傷ついた男性の体を、温かな光が包み込みました。
わたくしは、思わず息をのみました。
これは――
先ほどまでの回復魔法とは、明らかに違います。
テオさんの手から放たれる光は、深い傷を癒やすように、ゆっくりと男性の体へ浸透していきました。男性の呼吸が、少しずつ落ち着いていきます。
その様子を見つめながら、わたくしは改めて思いました。
テオさんは、いったい何者なのでしょうか。
けれど、今はその疑問を口にするべきではありません。
目の前には、まだ助けを必要としている方々がいるのですから。
わたくしは気持ちを切り替え、ほかの方の治療へと向かいました。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回でギュルテルティアロックは倒しきれましたね。一安心です
次回もお楽しみに!




