第28話 岩の巨獣ギュルテルティアロック・中編
ギュルテルティアロックが、再び地面を踏み鳴らしました。その巨体がゆっくりと向きを変え、わたくしたちを見据えます。
灰色の外皮には、先ほどわたくしが放った氷の矢がいくつか刺さっていました。しかし、それ以外に目立った傷はありません。
これほどの攻撃を受けても、ほとんど効いていないというのでしょうか。
「……どうする? このままじゃ、こっちが先に疲れちゃうよ」
アネットさんが剣を構えたまま、険しい表情で尋ねました。
「正面からの攻撃は避けよう。外皮の薄い部分を狙うしかない」
テオさんはそう答えながら、魔物との距離を測っていました。
その手には、大きな剣が握られています。
先ほど、テオさんが魔物の注意を引いたときにも思いましたが、彼の動きには無駄がありません。魔物の体格や動きを見極め、攻撃が届く直前にはすでに回避の準備を整えているのです。
ただのCランク冒険者と聞いていましたが、実際の戦い方は、わたくしが想像していた以上に手慣れていました。
「リーネ、魔法であいつの動きを止められる?」
「完全に止めるのは難しいと思います。ですが、動きを鈍らせることなら……!」
「それで十分! 私が隙を作るから、テオは弱点を狙って!」
「わかった。無茶はするなよ」
「そっちこそ!」
アネットさんは元気よく答えると、地面を蹴りました。
「はああっ!」
炎をまとった剣が、ギュルテルティアロックの前脚へと迫ります。
しかし、魔物はアネットさんの動きを見ていたかのように、巨体をひねりました。
硬い外皮が剣を受け止め、火花が散ります。
「くっ……!」
剣は再び弾かれました。
それでも、アネットさんはすぐに距離を取り、魔物の側面へ回り込みます。その動きを追って、ギュルテルティアロックが体を傾けました。
今です!
「レト・グラス・アロー!」
わたくしは魔力を集中させ、氷の矢を放ちました。
狙うのは、魔物の前脚と胴体のつなぎ目。
先ほど矢が刺さった場所を参考に、外皮の隙間を狙います。
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!
氷の矢が次々と飛び、関節の周辺へ突き刺さりました。
ギュルテルティアロックが、低い唸り声を上げます。巨体がわずかに傾きました。
「効いてる!」
アネットさんが声を上げます。
しかし、魔物はすぐに体勢を立て直しました。そして、今度はわたくしに向かって頭を向けたのです。
「……え?」
次の瞬間、ギュルテルティアロックが地面を蹴りました。わたくしに向かって、まっすぐに突進してきます。
速い!
回避しようと足を動かしましたが、魔物の巨体は想像以上の速度で迫っていました。
「リーネ!」
アネットさんの声が響きます。
その直後、横からテオさんが飛び出しました。
「こっちだ!」
テオさんは剣を振るい、魔物の側面へと斬りつけました。
ガァンッ!
硬い外皮に剣が弾かれます。
けれど、その一撃によって魔物の進路がわずかに逸れました。
ギュルテルティアロックはわたくしのすぐ横を通り過ぎ、背後の木々へと突っ込みました。
ドォォンッ!!
大きな木が何本もなぎ倒され、土埃が舞い上がります。
「大丈夫か、リーネ!」
「は、はい! ありがとうございます、テオさん!」
「よかった……。でも、油断はできないな」
テオさんは剣を構え直しました。
わたくしは胸をなで下ろしながらも、すぐに魔物へと視線を戻します。
今の一撃が直撃していたら、どうなっていたかわかりません。
やはり、この魔物を相手にするのは危険です。
ですが、テオさんの攻撃で進路を逸らせたということは、まったく手がないわけでもないのでしょう。
「テオさん、今の攻撃は……」
「外皮そのものを傷つけるのは難しい。でも、体勢を崩すことならできるみたいだ」
テオさんは魔物を観察しながら答えました。
「アネット、正面から攻撃する必要はない。あいつが突進してくる方向をうまく誘導できれば、隙を作れるかもしれない」
「なるほど……。じゃあ、私が引きつける!」
「一人で抱え込むなよ。僕も援護する」
「わかってるって!」
アネットさんは笑顔を見せました。
こんな状況でも、彼女は決して怯んでいません。その姿に、わたくしも気持ちを引き締めました。わたくしにできることは、二人を援護し、攻撃の機会を作ることです。そして、三人で協力すれば、何か突破口が見つかるかもしれません。
「では、わたくしが魔法で足元を崩します。お二人は、その隙に攻撃してください!」
「了解!」
「わかった!」
わたくしは杖を構え、魔力を練り上げました。ギュルテルティアロックがこちらへ向き直ります。
その巨体が、再び突進の構えを取りました。
「来ます!」
魔物が地面を蹴りました。
わたくしは、突進してくる魔物の足元へ向けて魔法を放ちます。
「フローズン・アレイ!」
地面を覆うように氷が広がりました。ギュルテルティアロックの前脚が氷の上に乗った瞬間、巨体がわずかに滑ります。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬で十分でした。
「今だ!」
テオさんが叫びました。
アネットさんは魔物の側面へ駆け込み、炎をまとった剣を振り上げます。
「インフェルノブレイズ!」
狙いは、前脚の付け根。
先ほど氷の矢が刺さった場所です。
炎の剣が、外皮の隙間へと叩き込まれました。
ギィンッ!
硬い音が響きます。
完全に貫くことはできませんでしたが、今度は先ほどよりも深く剣が食い込んでいました。
ギュルテルティアロックが、苦しげに体を揺らします。
「やった!」
アネットさんが声を上げました。
しかし、喜んだのも束の間でした。
魔物は激しく体を振り、アネットさんを振り払おうとします。
「アネット、離れろ!」
テオさんが叫びました。
アネットさんはすぐさま剣を引き抜き、後方へ飛び退きます。
その直後、魔物の前脚が地面を叩きました。
衝撃で氷が砕け、周囲の土が大きく跳ね上がります。
「危なかった……!」
アネットさんは息をつきながら、再び剣を構えました。
魔物の前脚には、わずかな傷が残っています。
ほんの小さな傷です。
けれど、確かに攻撃は通じたのです。
「よし……! この方法なら、少しずつ削っていけるかもしれません!」
わたくしが言うと、テオさんは難しい表情で首を横に振りました。
「いや、まだ安心できない」
「どうして?」
アネットさんが尋ねます。
「見てくれ。あいつの動きが、さっきより激しくなっている」
言われて、わたくしは魔物を見つめました。
確かに、ギュルテルティアロックの様子が変わっていました。
先ほどまでは、こちらの動きをうかがうように攻撃していました。しかし、今は周囲の木々を押し倒しながら、荒々しく体を動かしています。
まるで、わたくしたちを振り払うことだけに集中しているかのようでした。
「……怒らせちゃった、ってこと?」
「そう考えたほうがいいだろうね」
テオさんは剣を握り直しました。
「次の攻撃は、今まで以上に激しくなるかもしれない。二人とも、十分に注意してくれ」
その言葉に、わたくしたちはうなずきました。
ギュルテルティアロックが、低い咆哮を上げます。
そして、その巨大な体を持ち上げるようにして、前脚を大きく振りかぶりました。
「二人とも、下がって!」
テオさんの声が森に響きます。
次の瞬間、魔物の前脚が地面へと叩きつけられました。
ドゴォォンッ!!
強烈な衝撃が走りました。
地面が大きく揺れ、ひび割れが周囲へと広がっていきます。
「きゃっ……!」
わたくしは体勢を崩し、片膝をつきました。
アネットさんも数歩よろめき、なんとか踏みとどまっています。
そのとき、わたくしは気づきました。
魔物の攻撃によって、すぐ近くの地面が崩れています。
そして、その先には――
「……あれは?」
木々の陰に、何かが見えました。
布の切れ端でしょうか。
いいえ、違います。
地面に倒れた木の向こうに、誰かが身につけていたと思われる装備が散らばっていたのです。
そのさらに奥には、森の斜面へと続く、不自然な隙間がありました。まるで、誰かがそこを通って奥へ進んだかのように。
「テオさん、あちらを見てください!」
わたくしが指さすと、テオさんもそちらへ目を向けました。
「……道があるのか?」
「村人たちが通ったのかもしれないね!」
アネットさんが声を上げます。
森へ入った人々は、まだこの先にいるのでしょうか。
そう考えた瞬間、わたくしの胸に希望が湧きました。ですが、目の前にはギュルテルティアロックが立ちはだかっています。
この魔物をどうにかしなければ、先へ進むこともできません。
テオさんは、魔物とその奥に続く隙間を交互に見つめました。
「……まずは、こいつを何とかしないといけないな」
「うん。リーネ、もう一度、足元を凍らせられる?」
「はい。ただし、先ほどのように動きを止められる時間は短いと思います」
「それで十分だ。次は、僕があいつの動きを誘導する。二人はその隙に、首の付け根を狙ってくれ」
テオさんの声には、先ほどまで以上の真剣さがありました。
「わかった!」
「承知しました」
アネットさんが剣を握り直します。
わたくしも杖を構え、魔力を集中させました。
まだ、魔物を倒せるという確信はありません。それでも、攻撃が通じることはわかりました。ならば、あとは隙を見つけ、確実に攻撃を当てるしかありません。
ギュルテルティアロックが、再び咆哮を上げました。
森の木々が揺れ、森の奥で鳥たちが一斉に飛び立つのがわかりました。わたくしたちは、それぞれの位置につきました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回もお楽しみに!




