第23話 昇級試験へ
リベルデの冒険者ギルドから呼び出しを受けたのは、朝食を終えた直後のことでした。
「ギルドから呼び出し? もしかして、Bランク昇格試験の件かな?」
手紙を読み終えたアネットさんが、期待に満ちた表情でこちらを振り返りました。
「その可能性はあると思います。先日、セシリアさんからお話を伺ったばかりですし」
昨日、わたくしたちは冒険者ギルドで、Bランク昇格試験を特例で受けられる可能性があると聞かされました。
海から現れた魔物の大群との戦い。その際のわたくしたちの働きが評価され、通常よりも早い段階で昇格試験を受ける機会を設けられないか、検討されているというお話でした。ただし、その時点ではまだ正式に決まったわけではありません。試験を受けられるかどうかも、どこで受験することになるのかも、確定していませんでした。
「もし本当に決まったんだったら、隣の帝国の帝都に行くんだよね!」
「ええ。ですが、まだ正式な決定を聞いたわけではありませんから、あまり期待しすぎないようにしましょう」
「そうだけどさぁ……。気になるものは気になるじゃん!」
アネットさんは落ち着かない様子で、手紙をもう一度確認しました。
その気持ちは、わたくしにもよく分かります。
Bランクへの昇格は、冒険者として大きな一歩となるはずです。もちろん、試験を受けられることと、合格できることは別の話です。それでも、挑戦する機会をいただけるのなら、ぜひとも受けてみたいと思っていました。
冒険者になってから、わたくしたちはさまざまな経験を積んできました。初めて訪れる街で人々と出会い、仲間と協力して魔物と戦い、ときには自分たちの力不足を痛感することもありました。それらの経験が、どれほど自分たちを成長させてくれたのか。今のわたくしには、まだ正確に判断できません。けれど、以前のわたくしなら、そもそも自分の力を試そうなどとは考えなかったでしょう。誰かに決められた道を歩むことに慣れ、自分から何かに挑戦する勇気を持てずにいたのですから。だからこそ、今回の話は、わたくしにとっても特別なものでした。
「それでは、さっそくギルドへ向かいましょうか」
「うん! 早く行こう、リーネ!」
アネットさんは勢いよく立ち上がりました。
そのあまりの勢いに、わたくしは思わず小さく笑ってしまいました。
「そんなに急がなくても、ギルドは逃げませんよ」
「分かってるけど、待ってる時間がもったいないんだもん!」
「ふふっ。そうですね」
わたくしたちは身支度を整え、宿を出ました。
今日、何が決まるのか。
期待と緊張を胸に抱きながら、わたくしたちは冒険者ギルドへと向かいました。
冒険者ギルドに到着すると、受付にはセシリアさんの姿がありました。
「あっ、お二人とも! お待ちしていました」
「おはようございます、セシリアさん。お呼びと伺いましたが……」
「はい。ギルドマスターがお二人にお話があるそうです。こちらへどうぞ」
セシリアさんはそう言って、受付の奥へと案内してくれました。
やはり、あの件なのでしょうか。
わたくしは期待と緊張が入り交じる気持ちを抱えながら、アネットさんとともに階段を上りました。その先には、重厚な扉がありました。
「ギルドマスター、お二人をお連れしました」
「入れ」
低く落ち着いた声が返ってきました。
扉を開けると、広々とした執務室の奥に、一人の男性が座っていました。
年齢は五十代ほどでしょうか。鍛えられた体格に、歴戦の冒険者を思わせる鋭い眼差し。机の上には書類がいくつも積まれていましたが、その視線はわたくしたちが入室した瞬間、まっすぐにこちらを捉えました。
「お前たちが、リーネとアネットか」
「はい。リーネと申します」
「アネットです!」
わたくしたちはそれぞれ名乗りました。
「俺はこのギルドのマスターを務めている、ゴードンだ。まあ、座れ」
促され、わたくしたちは向かいの椅子に腰を下ろしました。
ギルドマスターはしばらくわたくしたちを見比べたあと、机の上にあった書類を手に取りました。
「先日の海の魔物の襲撃については、報告書を読ませてもらった。街の防衛に大きく貢献したそうだな」
「いえ。わたくしたちだけの力ではありません。街の方々や、ほかの冒険者の皆さんが協力してくださったおかげです」
「謙遜する必要はない。自分たちの働きまで過小評価することはないぞ」
ギルドマスターはそう言って、書類を机に戻しました。
「今回の件については、現場にいた冒険者たちからも話を聞いている。お前たちがいなければ、被害はさらに大きくなっていた可能性がある。十分に評価に値する働きだ」
その言葉に、アネットさんの表情がぱっと明るくなりました。わたくしも、胸の奥が温かくなるのを感じました。
自分たちの行動が、きちんと役に立っていた。そして、それが評価された。そのことが素直に嬉しかったのです。
「さて、本題に入ろう」
ギルドマスターは机の引き出しから、一枚の書類を取り出しました。
「先日、受付のセシリアから話があっただろう。お前たちに、特例でBランク昇格試験を受けさせる件だ」
「は、はい!」
アネットさんが勢いよく返事をしました。
「その件について、帝国にある総合本部と協議した結果、正式に受験を認めることが決まった」
「本当ですか!?」
アネットさんが身を乗り出しました。
「何度も同じことを言わせるな。正式な決定だ」
「やったぁ!」
喜びを隠しきれないアネットさんの声が、執務室に響きました。わたくしも、思わず表情を緩めました。
正式に、Bランク昇格試験を受けられる。
昨日はまだ可能性の話にすぎませんでした。それが今、確かなものになったのです。
「ただし、勘違いするなよ。受験を認められたからといって、合格が約束されたわけではない」
ギルドマスターの声が、再び厳しさを帯びました。
「通常、DランクからBランクへ昇格するには、相応の実績と審査が必要になる。今回はお前たちの功績を考慮し、特例として試験を受ける機会を設けたにすぎん。試験そのものが簡単になるわけではない」
「はい。承知しております」
わたくしは姿勢を正して答えました。
アネットさんも、先ほどまでの喜びを胸にしまい込むようにして、真剣な表情でうなずきました。
「試験は隣国の帝都にある冒険者ギルドで受けてもらう。詳しい日程や試験内容については、現地で説明されることになる」
「隣国の帝都……」
わたくしは小さくつぶやきました。
これまで訪れたことのない場所です。どのような街なのか、どのような冒険者がいるのか。気になることはたくさんありましたが、今はまず試験に向けて準備を整えることが先決でしょう。
「それから、ひとつ聞いておきたい」
ギルドマスターは、わたくしたちに鋭い視線を向けました。
「お前たちは、なぜ上位のランクを目指す?」
思いがけない問いに、わたくしは一瞬、言葉を詰まらせました。
「えっ? それは、もっと強くなりたいからです!」
先に答えたのはアネットさんでした。
「強くなって、いろんな場所を冒険して、困っている人たちを助けたいんです。だから、もっと上のランクを目指したいと思っています!」
アネットさんは、いつもどおり真っすぐに答えました。その言葉に、ギルドマスターは小さくうなずきました。
「なるほど。では、リーネ。お前はどうだ?」
「わたくしは……」
わたくしは、自分の胸の内に問いかけました。
以前なら、上のランクを目指す理由など、自分の中にはなかったかもしれません。誰かに必要とされること。誰かの期待に応えること。そればかりを考えて、自分が本当は何を望んでいるのかさえ、分からずにいたのです。
けれど、今は違います。
「わたくしも、もっと強くなりたいと思っています。自分の力でできることを増やし、大切な人たちを守れるようになりたいのです」
そう答えながら、隣に座るアネットさんをちらりと見ました。
アネットさんは、わたくしの言葉を聞いて嬉しそうに微笑んでいました。
「それに……わたくしたちには、目指している夢がありますから」
「夢?」
「はい。世界一のパーティになることです」
口にした瞬間、少しだけ胸が熱くなりました。
まだ、わたくしたちはDランクの冒険者です。世界一など、今の自分たちからは遠く離れた目標でしょう。
それでも、わたくしはその夢を笑いたくありませんでした。
自分で選んだ道を歩み始めた今だからこそ、目指したいものがあるのです。
ギルドマスターは、しばらくわたくしたちを見つめていました。
「大きな目標だな。だが、目標を持つこと自体は悪くない」
そして、机の上で指を組みました。
「ただし、目標を口にするだけなら誰にでもできる。そこへ至る道を、一歩ずつ進めるかどうかだ。今回の試験も、その一歩にすぎん。自分たちの実力を見誤るな。足りないものがあるなら、認めて補え」
「はい!」
アネットさんが力強く答えました。
わたくしも、深くうなずきました。
厳しい言葉ではありましたが、そこには、わたくしたちの挑戦をただ否定するのではなく、きちんと見届けようとする意思が感じられました。
「では、これが受験用紙だ」
ギルドマスターは二枚の書類を机の上に並べました。
わたくしは一枚を手に取り、記載された内容を確認しました。受験者としての登録事項や、試験にあたっての注意事項などが記されています。
もう一枚は、アネットさんのものでした。
「受験用紙に必要事項を記入し、帝都の冒険者ギルドに提出しろ。記入漏れがないように気をつけるんだな」
「分かりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます、ギルドマスター!」
二人で礼を述べると、ギルドマスターは満足そうにうなずきました。
「期待しているぞ。だが、今のお前たちに必要なのは、期待に浮かれることではなく、試験に向けて準備をすることだ。帝都までは距離もある。道中の安全にも気を配れ」
「はい。ご忠告、ありがとうございます」
わたくしたちは改めて頭を下げ、執務室を後にしました。
階段を下り、ギルドの入口近くまで戻ってくると、アネットさんが待ちきれないといった様子で声を上げました。
「リーネ! 本当に試験を受けられることになったね!」
「ええ。正式に決まって、わたくしも嬉しいです」
「しかも、帝都だよ! 冒険者の聖地とも言えるところだよ。どんなところなんだろう。強い冒険者もたくさんいるのかな? 王都もすごかったけど、もっとすごいんだろうな!」
「そうですね。きっと、わたくしたちがまだ知らないことも多いのでしょうね」
「うわぁ、楽しみ!」
アネットさんは目を輝かせていました。その姿を見ていると、わたくしまで自然と心が弾みます。
けれど、ギルドマスターの言葉も心に残っていました。受験を認められたからといって、合格が約束されたわけではない。それは当然のことです。今回の機会は、海の魔物との戦いで得た評価によるもの。わたくしたちがBランクにふさわしい実力を備えていると、すでに証明されたわけではありません。
むしろ、ここからが本当の勝負なのでしょう。
「ねえ、リーネ。ちょっといい?」
アネットさんが、ふと真剣な表情になりました。
「はい。どうしましたか?」
「私たちって、今のままでBランクになれると思う?」
その問いに、わたくしはすぐには答えられませんでした。
「……正直に言えば、分かりません」
「そっか。私も、ちょっと自信ないかも」
アネットさんは、珍しく困ったように笑いました。
「今までだって、勝てたからよかったけど、危ない場面はあったもんね。もっと強い魔物が相手だったら、どうなっていたか分からないし」
「ええ。わたくしも、同じことを考えていました」
ゾンビナイトとの戦い。
そして、リベルデを襲った海の魔物たちとの戦い。
どちらも、決して余裕を持って勝利できたわけではありません。魔法を使うタイミングや、敵の動きを見極める判断が少しでも遅れていたら、結果は違っていたかもしれません。
もちろん、わたくしたちだけで戦っていたわけではありません。ほかの冒険者たちや街の人々の協力があったからこそ、守れたものもありました。
それでも、自分たちの力がまだ十分ではないと感じる場面は、確かにあったのです。
「私、もっと強くなりたいな」
アネットさんは、手にした受験用紙を見つめながら言いました。
「剣の腕もそうだし、魔物のことももっと知りたい。どんな敵が来ても、ちゃんとみんなを守れるようになりたいんだ」
「アネットさんなら、きっと成長できると思います」
「リーネも一緒だよ!」
アネットさんはすぐにこちらを向きました。
「私だけ強くなっても意味ないもん。リーネと一緒に、二人で強くなるんだから!」
その言葉に、わたくしは胸の奥が温かくなるのを感じました。
わたくしは、どうしても一人で何とかしようと考えてしまうことがあります。
自分にできることは自分でやる。誰かに迷惑をかけないようにする。そう考えること自体は、決して悪いことではないのでしょう。
けれど、冒険者として戦うとき、すべてを一人で背負う必要はありません。
隣には、わたくしを支えてくれる相棒がいるのですから。
「……そうですね。わたくしたちは二人で一つのパーティなのですから」
「うん! だから、これからもよろしくね、リーネ!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。アネットさん」
わたくしたちは顔を見合わせて微笑みました。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
今回は、二人がBランク昇級試験を受験できることが決定しましたね。夢への大きな一歩とも言えます。
次回、出立の準備、お楽しみに!




