第19話 荒れ狂う海 ④
街に入り込んだ魔物たちは、通りを我が物顔で進んでいました。
マーマンが手にした槍を振り回し、逃げ遅れた人々を追い立てています。その後ろからは、巨大な鯨の骨だけでできたオーシャンボーンが、建物を押しのけるようにして迫ってきていました。
「みんな、こっちへ逃げろ! 冒険者以外は戦おうとするな!」
誰かが声を張り上げます。
しかし、突然の襲撃に人々は混乱し、思うように動けていません。泣き叫ぶ子どもを抱きかかえた女性が、倒れた荷車の前で立ち尽くしていました。
「リーネ、あっち!」
「ええ、わかっています!」
わたくしは駆け出しかけて、ふと足を止めました。先ほどのピウーヴルとの戦いで、魔力はほとんど底をついています。このままでは、いざというときに魔法を使うことすらできません。
わたくしは急いで腰のポーチを探り、魔力回復のポーションを取り出しました。栓を抜き、一気に飲み干します。独特の苦みが口いっぱいに広がりました。すぐに魔力が満ちるわけではありません。それでも、少しずつ力が戻ってくる感覚がありました。
これなら、最低限の魔法は使えるはずです。
空になった瓶をしまい、わたくしは再び走り出しました。
目の前には、槍を構えたマーマンが三体。わたくしに気づくと、甲高い声を上げながら一斉に襲いかかってきます。
「グラキエス・ブレス!」
マーマンが凍って倒れました。
その隙に、逃げ遅れた人々のもとへ駆け寄ります。
「もう大丈夫です。こちらへいらしてください!」
できる限り落ち着いた声で告げ、女性と子どもたちを路地へ誘導しました。
「う、後ろ……!」
女性の声に振り返ると、オーシャンボーンがすぐそこまで迫っていました。巨大な骨の顎が開き、わたくしたちを押し潰さんばかりに迫ってきます。
「早く逃げろ! ここは俺たちが食い止める!」
別の冒険者たちが、オーシャンボーンの前に立ちはだかりました。しかし、巨体の突進をまともに受け止めることはできません。彼らは攻撃をかわしながら、少しずつ後退していきます。
「正面から止めようとしてはいけません! 左右から攻撃して、港へ続く通りに誘導するのです!」
「わかった! 聞いたか、左右に分かれろ!」
冒険者たちが一斉に動き出しました。わたくしも氷の魔法で足元を滑りやすくし、オーシャンボーンの進路を逸らします。巨体がよろめいた隙に、別の冒険者たちが左右から攻撃を仕掛けました。
やがてオーシャンボーンは大きく体勢を崩し、地面へと倒れ込みました。
「よし、今だ!」
冒険者たちが一斉に攻撃を加え、ついにその巨体を動かなくさせます。
これで、一体。
けれど、まだ終わりではありません。
通りの向こうでは、アネットがマーマンたちを相手に戦っていました。
冒険者たちが一斉に動き出しました。
しかし、オーシャンボーンの巨体は、わたくしたちの想像を超えるものでした。
進路を逸らそうと左右から攻撃を仕掛けても、魔物は構わず前進を続けます。骨の尾が大きく振られ、通り沿いの建物を直撃しました。
轟音が響き、壁が崩れ落ちます。
「きゃああっ!」
近くにいた人々が悲鳴を上げました。
さらに、オーシャンボーンが身体をよじった拍子に、隣接する建物まで巻き込まれて倒壊します。舞い上がった土煙が通りを覆い、視界が一気に悪くなりました。
「建物から離れろ! 崩れるぞ!」
冒険者たちが叫び、住民を避難させます。
けれど、破壊はそれだけでは終わりませんでした。
別の通りではマーマンたちが暴れ、店の扉や窓を壊していきます。逃げる魔物を追っていた冒険者の攻撃が建物に当たり、外壁の一部が崩れる場面もありました。
魔物を食い止めるために戦えば、周囲の建物まで被害を受けてしまう。
かといって、戦わなければ住民の命が危険にさらされます。
わたくしは唇をかみました。
これ以上、被害を広げるわけにはいきません。
「皆さん、住民の避難を優先してください! 魔物を街の外へ誘導します!」
わたくしの声に、近くの冒険者たちがうなずきます。
わたくしも氷の魔法でオーシャンボーンの足元を凍らせ、その進路を港の方へと誘導しました。巨体がよろめいた隙に、別の冒険者たちが左右から攻撃を仕掛けます。
やがてオーシャンボーンは大きく体勢を崩し、地面へと倒れ込みました。
「よし、今だ!」
冒険者たちが一斉に攻撃を加え、ついにその巨体を動かなくさせます。
これで、一体。
けれど、周囲を見渡したわたくしの目に映ったのは、勝利の喜びとはほど遠い光景でした。通りには瓦礫が散乱し、屋根を失った建物や、壁が崩れ落ちた店がいくつも並んでいます。先ほどまで人々の暮らしがあった場所が、見る影もなくなっていました。
街の半分近くが、魔物たちの攻撃によって大きな被害を受けていたのです。
「インフェルノブレイズ!」
炎をまとった剣が大きく弧を描き、マーマンたちをまとめて退けます。
「アネットさん!」
「リーネ! そっちは片付いた?」
「ええ、オーシャンボーンは倒しましたわ!」
「よし! こっちもあと少し!」
彼女は力強く笑うと、再び魔物へと向き直りました。その姿に励まされ、わたくしも周囲を見渡します。
街へ入り込んだ魔物は、まだ残っています。けれど、先ほどまでのように次々と新たな魔物が押し寄せてくる様子はありませんでした。
港の方から聞こえていた咆哮も、少しずつ遠のいています。もしかすると、海岸での戦いが決着しつつあるのでしょうか。そのとき、通りの向こうから冒険者の一団が駆けてきました。
「港の方はどうなっている!」
誰かが尋ねると、先頭の男が息を切らしながら答えます。
「大物は倒された! 海岸に残っていた魔物も、数を減らしている!」
その言葉に、周囲から歓声が上がりました。
けれど、誰も武器を下ろしません。
港の魔物が減っているのなら、街に入り込んだ魔物も、ここで食い止めなければなりません。最後の一体がいなくなるまで、気を抜くわけにはいかないのです。
「みんな、もうひと踏ん張りだ! 街から魔物を追い出せ!」
冒険者たちの声が重なりました。
わたくしも残った魔力を確かめ、杖を握り直します。先ほどまで、街を覆っていた恐怖は、少しずつ薄れていました。
逃げ惑っていた人々は安全な場所へ避難し、冒険者たちは互いに声を掛け合いながら、残った魔物を追い詰めていきます。
そして、最後のマーマンが倒れたとき。
「街の中の魔物は、これで最後だ!」
その叫びに、張り詰めていた空気が一気に緩みました。あちこちから安堵の声が上がり、座り込む冒険者の姿も見えます。わたくしも、ようやく大きく息を吐きました。
海岸での戦いから始まった、長い戦闘。
ピウーヴルを倒してもなお、街に侵入した魔物たちとの戦いは続きました。それでも、冒険者たちが力を合わせたことで、どうにか被害の拡大を食い止めることができたのです。
「リーネ!」
アネットが駆け寄ってきました。
「無事でよかった!」
「アネットさんこそ。お疲れさまでしたわ」
そう答えると、彼女はほっとしたように笑いました。けれど、わたくしは海の方へと目を向けます。
港には、倒れた魔物の姿がいくつも見えました。戦いは終わった。少なくとも、今この街を襲っていた魔物たちは、もう脅威ではありません。
それなのに、胸の奥には小さな疑問が残っていました。
なぜ、これほど多くの魔物が、一度に海から押し寄せてきたのでしょう。
偶然にしては、あまりにも規模が大きすぎます。
けれど、今は考える余裕もありませんでした。
まずは、街の人々が無事かどうかを確かめなければ。
わたくしたちは、まだ煙の立ち上る港を背に、負傷者の救助へと向かいました。
こうして、リベルデを襲った魔物大氾濫は、ようやく終息を迎えたのです。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
リベルデの街を襲った魔物大氾濫は無事、終息を迎えました。
二人の冒険はまだまだ続きます。お楽しみに!




