第12話 死者たちの夜・後編
ゾンビナイトは、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきました。
全身を覆う、古びた黒い鎧。
手に握られているのは、刃の欠けた大剣でした。
「……中級アンデッドか」
グラントさんが剣を構えました。
「スケルトンとは格が違う。全員、油断するなよ」
「分かっています」
エドガーさんが頷き、ノアさんも弓を構えます。わたくしも杖を握り直しました。目の前の魔物からは、これまで戦ってきた魔物とは明らかに違う気配を感じます。
強い。
それも、ただ力が強いというだけではありません。こちらの動きを見定めているかのような、不気味な静けさがありました。
「……来ます!」
わたくしが叫んだ瞬間、ゾンビナイトが地面を蹴りました。
「速っ……!」
重そうな鎧をまとっているとは思えない速度でした。一直線にグラントさんへと迫り、大剣を振り下ろします。
「くっ!」
グラントさんは剣で受け止めました。金属同士がぶつかる、耳障りな音が響きます。
しかし、勢いを殺しきれなかったのか、グラントさんの身体が後ろへ押し戻されました。
「なんて力だ……!このアンデッド、もとは相当強い騎士だったようだな。」
「グラント、下がって!」
ノアさんが弓を引き絞ります。
「ライジングアロー!」
放たれた矢が、ゾンビナイトの頭部へと飛んでいきました。けれど、矢は鎧に弾かれ、乾いた音を立てて地面へ落ちました。
「……硬いな」
ノアさんが眉をひそめます。
エドガーさんも風魔法を放ち、ゾンビナイトの体勢を崩そうとしました。
「エアリアル・バースト!」
風が鎧を打ちつけます。わずかに身体が揺れましたが、ゾンビナイトは倒れません。それどころか、再び大剣を振り上げました。
「危ないです!」
わたくしが声を上げると、グラントさんは横へ飛び退きました。大剣が地面を叩き、轟音とともに土が舞い上がります。
「冗談じゃないぞ……!」
グラントさんの額に汗が浮かんでいました。スケルトンの群れを相手にしていたときとは、明らかに違います。
こちらの攻撃が通じにくい。
それなのに、向こうの一撃はまともに受ければ危険です。
「どうする……?」
ノアさんが呟きました。
わたくしは、ゾンビナイトをじっと見つめました。鎧は分厚く、普通に攻撃しても簡単には傷つけられそうにありません。ならば、鎧の隙間を狙うべきでしょうか。けれど、あれほど素早く動く相手に、正確に攻撃を当てるのは難しいはずです。
「リーネ!」
アネットさんの声が響きました。
「私が行く!」
「アネットさん、気をつけてください!」
「分かってる!」
アネットさんは地面を蹴り、ゾンビナイトへと駆け出しました。
「インフェルノブレイズ!」
炎をまとった剣が、黒い鎧へと振り抜かれます。
ガキンッ!
金属音が響き、刃が鎧の表面を滑りました。けれど、アネットさんはすぐに体勢を立て直します。反撃の大剣が振り下ろされるより早く、身をひねって距離を取りました。
「……っ、危なかった!」
その動きを見て、グラントさんがわずかに目を細めました。
「おい、そこの二人!」
「……はい?」
「さっきから見ていたが、お前たち、本当にDランクか?」
唐突な言葉に、わたくしは戸惑いました。
「そうですが……」
「ふん。Dランクにしては、ずいぶん動けるじゃないか」
グラントさんはそう言うと、再びゾンビナイトへ向き直りました。
「もっとも、あいつを倒せるかどうかは別の話だがな」
「……それは、そうですね」
わたくしが答えると、アネットさんが小声で囁きました。
「ねえ、今のって褒められたのかな?」
「……少なくとも、先ほどよりは評価してくださったようですね」
「そっか! じゃあ、もっと頑張らないと!」
アネットさんは剣を握り直しました。その直後、ゾンビナイトが再び動き出します。
「来るぞ!」
グラントさんが正面から斬りかかり、ゾンビナイトの注意を引きつけました。ノアさんも矢を放ちますが、やはり鎧に阻まれます。その間に、エドガーさんが風魔法で横から押し込みました。
「今だ、アネット!」
「任せて!」
アネットさんが踏み込みます。
「インフェルノブレイズ!」
炎をまとった剣が、ゾンビナイトの肩口を捉えました。鎧の隙間から、ほんのわずかに黒い靄が立ち上ります。
「……?」
わたくしは、思わず目を凝らしました。けれど、次の瞬間には消えてしまい、見間違いだったのかと思うほどでした。
「アネットさん、離れて!」
「っ!」
ゾンビナイトが大剣を振り回しました。アネットさんは素早く後ろへ跳び、攻撃をかわします。
「危なかった……!」
「大丈夫ですか?」
「うん! でも、こいつ、思ったより硬いね…」
「はい。普通に斬るだけでは、なかなか通らないようです」
わたくしはゾンビナイトを見つめました。鎧の隙間を狙うにしても、相手の動きが速すぎます。
まずは、動きを止めなければ。
「……アネットさん」
「ん?」
「わたくしが魔法で動きを鈍らせます。その隙に、もう一度攻撃していただけますか?」
「分かった! 任せて!」
「グラントさん、少しだけ動きを止めます!」
「できるのか?」
「やってみます!」
わたくしは杖を構え、魔力を集中させました。ゾンビナイトが大剣を振り上げた、その瞬間。
「フローズン・アレイ!」
地面を這うように冷気が広がり、ゾンビナイトの足元を凍らせました。しかし、相手は構わず足を踏み出します。氷が砕け、冷気が散りました。
「……っ!」
完全には止められませんでした。
それでも、動きがわずかに鈍ります。
「今です、アネットさん!」
「うん!」
アネットさんが駆け出しました。
「インフェルノブレイズ!」
炎をまとった剣が、ゾンビナイトの脇腹へと振り抜かれます。今度は、鎧の隙間に刃が届きました。
ガギィンッ!
ゾンビナイトがよろめきました。
「効いてる!」
アネットさんが声を上げます。
わたくしも頷きました。
けれど、ゾンビナイトはまだ倒れません。大剣を振り上げ、アネットさんへ反撃しようとしました。
「アネットさん、下がって!」
「分かってる!」
アネットさんが飛び退くと、大剣が地面を叩きました。
「はぁ……っ! 危なかった!」
そのとき、グラントさんが前へ出ました。
「おい、二人とも! もう一度、同じように動きを止められるか?」
「はい、試してみます!」
「なら、俺が正面から引きつける。ノア、援護しろ!」
「了解!」
グラントさんがゾンビナイトの前へ立ち、剣を構えます。
「さあ、こっちだ!」
ゾンビナイトがグラントさんへ向かって大剣を振り下ろしました。グラントさんはそれを受け流し、すぐさま横へ回り込みます。
「今だ!」
ノアさんの矢が飛び、ゾンビナイトの動きを一瞬だけ止めました。エドガーさんも風魔法を放ち、体勢を崩させます。
わたくしは再び杖を掲げました。
「フローズン・アレイ!」
冷気が地面を走り、ゾンビナイトの足を凍りつかせます。今度は、先ほどよりも長く動きを抑えることができました。
「アネットさん!」
「任せて!」
アネットさんが一気に距離を詰めました。炎をまとった剣が、鎧の脇腹へと深く振り抜かれます。
ガシャンッ!
ゾンビナイトの動きが止まります。
手にしていた大剣が、地面へ落ちました。
そして――
ガシャン
黒い鎧が、崩れ落ちました。
「……倒した、のか?」
ノアさんが呟きました。
誰も、すぐには答えられませんでした。わたくしは、崩れた鎧を見つめていました。
先ほどまで確かに動いていた魔物が、今はただの鎧の残骸になっています。
「……終わった、のでしょうか」
小さく呟いたとき、鎧の隙間から、かすかな黒い靄が立ち上りました。
けれど、それはすぐに夜の闇へ溶けていきました。
「……?」
何かが気になりましたが、確かめる間もありません。
「全員、怪我はないか!」
グラントさんの声で、わたくしは我に返りました。
「私は大丈夫!」
「わたくしも問題ありません」
「こちらも無事です」
エドガーさんとノアさんも頷きました。
「マルセルたちも怪我はないか」
グラントさんは剣を収めると、荷馬車に隠れていたマルセルさんたちの方を見つめました。
「ああ。問題ない。助かった。」
「それは良かった」
ノアさんが言いました。
グラントさんは息をつき、言いました。
「……Dランクにしては、ずいぶん手慣れているな」
「え?」
「魔法を使うタイミングも悪くなかった。特に、相手の動きを止めてから攻撃させる判断はよかったぞ」
スケルトンたちと戦うまでの見下すような口調とは、少し違っていました。
「まあ、まだ経験が足りないところもあるがな」
「……ありがとうございます」
思いがけない言葉に、わたくしは少し戸惑いながら頭を下げました。隣では、アネットさんが嬉しそうに笑っています。
「でしょ? リーネはすごいんだから!」
「お前のことも言っているんだ。あれだけの魔物を前にして、よく動けていた。それに、あの技はなんだ?剣に火魔法を使ってるのか?冒険者になって久しいがあんな技は見たことがない。」
「ああ、あれね。師匠に教えてもらったんだ。習得するまで時間かかったけどね。」
「ふーん。火魔法以外の魔法でもできるのか?」
「うーん…たぶん。私は火魔法以外使えないからあれなんだけど、師匠は色々使ってた気がするかも」
「かもってなんだ、かもって」
「えへへ。」
その様子に、ノアさんが小さく笑います。
「グラントが素直に褒めるなんて…あと、こんなに人に興味をもっとは珍しいな。」
「うるさい」
グラントさんは不機嫌そうに返しました。けれど、先ほどまでのように、わたくしたちを見下すことはありませんでした。今回の戦いで、少しは認めてもらえたのでしょうか。そう思うと、ほんの少しだけ嬉しくなりました。
わたくしは、崩れた鎧へ視線を戻しました。錆びた鎧が鈍く光っていました。
「皆さん、ご無事でよかったです」
そう告げると、アネットさんが大きく頷きました。
「うん! みんなで倒せてよかった!」
まだ、わたくしたち二人はパーティではありません。けれど、今日の戦いで、一人ではできなかったことができました。
アネットさんが前に出て。
わたくしが魔法で支え。
さらには、エドガーさんが風で隙を作り、グラントさんとノアさんが攻撃を重ねる。それぞれの力が合わさったからこそ、勝てたのです。
やはり、パーティを組むことは大切かもしれませんね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今回は、リーネたちがゾンビナイトとの戦いに挑みました。強敵を前に苦戦しながらも、それぞれの力を合わせて立ち向かうことができました。グラントにも少しずつ認められた二人。これからの成長にも注目していただけたら嬉しいです!
それでは、次回もよろしくお願いします!




