今度の夜会は二人きりで……?
夜会の招待状など、エレナの元には届かない。
正確には伯爵家へ届いているのだが、継母も義姉も彼女を連れて行こうとはしなかった。
けれど夜会にはごちそうがある。
だから今日もこっそりと義姉の馬車へ忍び込む。
御者に見つからないよう荷物の陰へ身を隠し、目的地へ到着するまで息を潜めた。
幸い誰にも気付かれなかった。
会場へ入り込むことにも、もう慣れてしまっている。私は人目を避けながら壁際を歩いた。
貴族たちの視線は着飾った令嬢や令息へ向いている。地味なドレスの私のことなど誰も見ていない。その事実に少しだけ胸が痛んだが、今はそれどころではない。
甘い焼き菓子の香りが鼻をくすぐった。
肉料理の香ばしい匂いもする。
──お腹が鳴った。
まずは人気の無いあちらのテーブルへ行こう。そう決めて足を向けた瞬間だった。
「エレナ様でしょうか」
知らない男性に声を掛けられた。
びくりと肩が跳ねる。
見つかった。
追い出される。
反射的にそう思った。
「どうぞこちらへ」
黒い燕尾服を着た青年は丁寧に頭を下げた。どう見ても使用人だ。しかも高位貴族に仕える者らしい洗練された所作だった。
「あ、あの……」
「主人がお待ちです」
──主人。
その言葉に嫌な予感がした。けれど断る勇気もない。おとなしく案内されることにした。連れて行かれたのは夜会の喧騒から離れた一室だった。
扉が開き──そして私は固まった。
「え……」
テーブルいっぱいに料理が並んでいた。
肉料理。
魚料理。
焼き立てのパン。
色鮮やかな果物。
菓子。
先程見た夜会の料理が一堂に集められている。
夢だろうか。
思わず頬をつねりたくなった。
「来たか」
聞き覚えのある声がした。
部屋の奥。
ソファに腰掛けていたのはクロード様だった。
「ク、クロード様!?」
「そんなに驚くな」
驚くに決まっている。なぜ公爵令息がこんなことをしているのか。
なぜ私を待っていたのか。
頭の中が疑問でいっぱいになる。
しかし次の瞬間。
私の視線はテーブルへ吸い寄せられた。丁寧に作られたご馳走様達が、早く食べてと言わんばかりに並んでいる。
クロードは呆れたように笑う。
「食べたいのか?」
私はこくりと頷いた。
「食べろ」
その一言で理性は吹き飛んだ。
(神様かもしれない……)
私は心の中で本気でそう思った。
それからしばらくの間。
部屋には食器の音とクロードの笑い声だけが響いていた。
──そして帰る時間が訪れる。
「クロード様。今夜は……いえ、今夜もありがとうございました。こんなにゆっくり沢山食事出来たのは久しぶりです」
私は不慣れ気ごちない貴族の礼をしながら、感謝の言葉を伝える。
ただの伯爵令嬢になぜこんなに良くしてくれるのか分からないが……
理由があるとしたらきっとお優しい方で、私のこのみすぼらしい姿に同情したのだろう。
あとは帰るだけなのだが、テーブルには食べきれなかった料理が残っている。それが気になってどうしようもない。
伯爵令嬢ともあろうものが、こんなことをするのは恥ずべきことだとは分かっている。けれど気持ちを抑えられなかった。
「クロード様……お願いがあるんです」
クロード様を上目遣いで見つめ、羞恥心からなかなか言葉が出てこないのを頑張ってクロード様に声を掛ける。
「そんな媚びを売るようなことをして、結局お前も他の令嬢と変わらないのか」
しかし私が言い終わらないうちに、クロード様は眉間に皺を寄せ不機嫌を顕にした。




