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二人きりの夜会の後には…

エレナの節約術大公開です。

怖い。そう思うけれどクロード様は勘違いしている。

男性に媚びを売っている訳ではない。いや、ある意味では媚びているのだけれど。


「残っているパンを持ち帰っても良いでしょうか?」


「……は?」


クロード様は一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。


「……パン?」


「はい……」


 私は恐る恐る頷く。


「その……下げ渡したり、捨ててしまうのでしたら……少しだけでも」


 部屋に沈黙が落ちた。クロード様は驚いた顔のまま私を見つめている。


 怒っているのだろうか。


 呆れているのだろうか。


 やはり伯爵令嬢が食べ残しを持ち帰りたいなどと言うべきではなかった。

 恥ずかしさで顔が熱くなる。


「お前は……」


 低い声に肩が震えている。あぁ、やはり呆れて怒っているのだわ。


「本当に食べ物しか見ていないのだな」


「え?」


「いや、何でもない」


 クロード様は額を押さえ、大きくため息を吐いた。

そして控えていた使用人へ視線を向ける。


「残っている料理とパンを包め」


「かしこまりました」


「えっ!」


 私は思わず声を上げた。


「い、いいんですか?」


「あぁ」


 使用人たちは手際よく籠や袋へ料理を詰めていく。

焼き立てだったパン。果物。日持ちしそうな焼き菓子。私はその様子を夢でも見ているような気持ちで眺めていた。


 やがて大きな袋が二つ用意される。


「持てるか」


「はい!」


 即答だった。この部屋に入ってお料理が並ぶテーブルを見た時と同じくらい笑顔になっていたと思う。


「そうか」

クロード様が少しだけ笑った気がした。

 差し出された袋を受け取る。


 ずしりとした重みが腕へ伝わった。けれど不思議と重く感じない。


 むしろ胸が温かくなる。


「クロード様、本当にありがとうございます」


 するとクロード様はどこか困ったような顔をした。


「礼を言われるほどのことではない」


「私にとっては、とても大きなことです!パンをラスクにすれば数日間は食べるものに困りませんもの」


 そう言うと、クロード様は一瞬だけ目を見開いた。


 けれど何も言わず視線を逸らす。


「夜も遅い。気を付けて帰れ」


「はい」


 私は大事な宝物を抱えるように袋を胸へ寄せた。


 そして公爵家の屋敷を後にした。




♢♢♢





 離れへ戻った頃には、すっかり夜も更けていた。


 冷たい風が吹いている。けれど私の心は不思議なくらい温かかった。



 部屋へ入ると真っ先に窓辺の小さなテーブルへ向かう。袋をそっと置き、丁寧に中身を取り出した。


 丸くてふわふわなパン。


 香ばし香りと焼き色のパン。


 色々な形の焼き菓子。


 みずみずしい果物。


 まるで宝箱をひっくり返したようだった。


「ふふ……」


 テーブルいっぱいに並べられた食べ物たちを見つめて、笑みが零れる。離れの質素な部屋が少しだけ華やかになった気がした。



 窓の外には月が浮かんでいる。私は椅子へ腰掛けた。そして夜会のことを思い出す。


 煌びやかな会場。


 甘い香り。


 美味しい料理。


 そして。


『食べろ』


 そう言ってくれたクロード様。怖い人だと思った。怒らせてしまったとも思った。けれど本当は違ったのかもしれない。


 少なくとも、あんなにも沢山の料理を用意してくれるような人だ。


「不思議な方……」


 小さく呟く。すると自然と頬が緩んだ。


 その時。


 テーブルの上のパンが目に入った。私は勢いよく立ち上がり、離れの隅にある簡易キッチンへ向かった。

小さな作業台。年季の入った包丁。古びた鉄板。どれも私のお気に入り。


 今日焼かれたばかりの柔らかいパンを薄く切る。包丁が入るたびに柔らかな香りが立ち上る。


「こんなに沢山……」


 いつもの硬くなったパンとは大違いで、嬉しくて頬が緩みっぱなしだった。少量だけ残しておき、残りは薄く並べる。


 フライパンにバターを少量。足りない分は他のホイルでどうにか代用する。本当ならバターをもっとたっぷり使いたい。けれど私にとっては貴重品だ。

火へ掛けると、やがて香ばしい匂いが漂い始める。


 「そろそろいいかしら」


 焼き色が付いていく様子を眺めながら、私は何度も顔をほころばせた。

部屋いっぱいに広がる甘く香ばしい香り。仕上げに砂糖をまぶせば完成だ。


 焼き上がった一枚を摘まみ、ふうふうと息を吹き掛ける。そして小さく齧った。


さくり。


 心地良い音がした。


「おいしい……」


 思わず呟く。夜会の余韻と、焼きたてのラスク。それだけで幸せだった。


 私は次々とラスクを焼きながら、窓の外に浮かぶ月へ微笑みかける。

明日からもしばらくは、美味しい日々が続きそうだった。


私が小さな幸せを噛み締めているころ。

邸ではクラウディア家から早馬で届いた書状で大騒ぎになっていた。




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