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二層の洗礼と、理不尽な強制連行

四月三週目。

 良太は、逸る気持ちを抑えて「はじまりの洞窟」のゲートに立っていた。

(二層……ついにここまで来た。一週間、あのアホみたいな反復練習に耐えた成果を見せる時だ。俺がどこまで行けるのか、確かめさせてもらうぜ)

  良太が「はじまりの洞窟」の入場ゲートに立つと、そこには見慣れない女性スタッフが座っていた。以前の、愚痴をこぼしながらもどこかおっとりしていたスタッフとは違う。眼鏡の奥の瞳は鋭く、事務作業をこなす手つきには一切の無駄がない、冷徹な印象を与える女性だった。

 良太がF級探索者証を提示すると、彼女は端末の画面を凝視したまま、感情を排した声で言った。

「……四条良太さん。探索開始から一週間で二層への通行許可を得たのですね。最短とまでは言いませんが、速いほうではあります」

 彼女は一度だけ顔を上げ、氷のように冷ややかな瞳で良太を射抜いた。

「ですが、忠告しておきます。二層は、一層の延長ではありません。一層での怪我や事故の多くは、未熟さゆえの『油断』から来るものでしたが、二層からは、正しく実力があっても『力不足』であれば容赦なく命を落とす場所になります。……死なないように、気をつけてください」

 その言葉は、冷たい氷の塊を背筋に落とされたような感覚を良太に与えた。

「……忠告、ありがとうございます」

 良太は短く答え、ゲートをくぐった。背中に向けられた冷徹な視線を振り切るように、彼は二層へと続く階段を下りていく。

 二層への階段を下りた先には、より本能的な「拒絶」の気配が漂っていた。光苔の輝きは一層よりも暗く、湿った土の匂いには、動物の腐敗臭に近い獣の香りが混ざっている。

 良太は腰の同田貫の柄を握り、ゆっくりと深呼吸をした。

 レベル17。筋力29、俊敏21。

 数値上は十分なはずだ。だが、先ほどのスタッフの言葉が、耳の奥でリフレインしていた。

 カチッ、カチッ。

 前方から、硬い何かが擦れ合う音が聞こえてくる。

 現れたのは、一層のネズミとは明らかに違う、巨大な甲虫「アイアンビートル」だ。その背中は、鈍い黒光りを放つ分厚い外殻に覆われている。

「……うお、デカっ! フォルムがもう『初心者お断り』って書いてあるじゃん」

 良太は鯉口を切った。ビートルが、重戦車のような速度で突進してくる。

 良太は横に跳んで回避し、すれ違いざまに同田貫をビートルの側面に叩きつけた。

 ――ガギィィンッ!

 「……は!? 手首逝くわ!」

  耳を突き刺すような金属音が響く。

 以前使っていた西洋式のショートソードであれば、その重さで「叩き切る」ことで殻を砕けたかもしれない。だが、この同田貫は違う。刃の通り道がわずかでもズレれば、硬い装甲に弾かれ、強烈な衝撃が手首を襲う。

 ビートルの殻には白い筋がついただけだった。

(くそっ、やっぱり西洋剣みたいに力任せに叩き切る武器じゃない……。同田貫こいつは、もっと繊細で、かつ重い一撃を『通す』武器なんだ!)


ビートルは止まらず、角を振り回して反撃してくる。良太は俊敏さを活かして距離を取るが、心臓の鼓動が早まる。

(一層では『当てるだけ』で勝てた。でも、ここは違う。筋力29のすべてを、この同田貫の『先重心』に乗せて、装甲の隙間に一点集中させないと……!)

 良太は九年間の剣道を思い出した。竹刀を振り回すのではない。相手の芯を捉えるイメージ。表面を叩くのではなく、奥の響板を打ち抜くように力を押し込む。

 ビートルが再び突進してくる。良太は今度は逃げなかった。

 同田貫を上段に構え、自重の重みを最大限に利用する。

 「叩き切る」のではなく、鋼の重みを一点に「徹す」一撃。

「――おらぁっ!」

 ドォン! という、金属音とは違う重低音。

 同田貫の刃がビートルの継ぎ目を正確に捉え、自慢の装甲を内部から粉砕した。

 光の塵に変わる魔物。その後に落ちたのは、【硬質の甲殻】。

「……一匹倒すのに、これだけの集中力が必要なのかよ」

 良太は額の汗を拭った。冷徹なスタッフの言葉が理解できた気がした。ここは、単なる「油断」を排すだけでは足りない。一撃一撃にすべてを注ぎ込む「覚悟」が必要な場所なのだ。

 翌朝。学校の教室。

 良太の席には、いつものように高橋が座っていた。

「四条氏、二層はどうでしたか? アイアンビートルは。……あの硬さに絶望して、一层に引き返してくる新人は多いですよ」

「……正直、甘く見てた。でも、同田貫ならなんとかなりそうだよ。筋力を2ポイント全部振ったのが正解だった」

「それは良かった。ですが、あまり油断はなさいませんよう。周囲の視線が……特に、あの男の視線が鋭くなっていますから」

 高橋が目配せした先には、取り巻きに囲まれた赤木がいた。

 赤木は来月の誕生日に向けて、有名な探索者養成塾に通い始めたという噂だ。彼は「効率的なトレーニング」と「エリート専用のカリキュラム」で、最速で一層を駆け抜ける準備を整えているらしい。

「おい、四条。昨日、二層に行ったのか?」

 赤木が良太の席までやってきた。(いや、毎回登俺が校したら俺の元に来るなよ。暇なのか?)

 その顔には、先週までのような単純な嘲笑ではなく、苛立ちの混じった「焦り」が浮かんでいた。

「ああ。ビートルが結構硬くて苦戦したよ」

「ふん、苦戦か。お前みたいな凡人がソロで行くからだ。俺の塾の先生は言ってたぜ。『二層は最低でも三人パーティーで、魔力武器を揃えてから行くのがセオリーだ』ってな。それを一人で、しかも古臭い刀一本で……。非効率の極みだな」

赤木は吐き捨てるように言い、良太を睨みつけた。その瞳の奥には、自分より先に進む良太への隠しきれない焦燥が見え隠れしている。

「……最短ルート、か。そうかもな」

 良太は静かに答えた。赤木の言うことは正しいのかもしれない。だが、昨日ビートルの殻を一点で打ち抜いた時に感じた、あの「手のひらに残る熱」を、赤木はまだ知らない。

 (セオリーねぇ。……昨日、殻を一点で打ち抜いた時のあの感覚、あいつにはまだ分かんねえだろうな。……さて、今日はもう少し深く潜るか)

  赤木が鼻で笑って去っていった後、入れ替わるように結衣が良太の前に立った。その手には、駅前で配られていたクレープ屋のチラシが握られている。

 「良太。あんた今日の放課後に、空いてるよね?」

 結衣がカバンから勢いよく取り出したのは、駅前にあるクレープ屋のチラシだった。そこには『1周年記念!限定チョコバナナスペシャル、トッピング無料!』というデカデカとした文字と、暴力的なまでに盛られた生クリームの写真が踊っている。

「……悪い結衣。今日は無理だ。二層のアイアンビートル、あの殻の攻略法をもう少し調べたいんだよ。一日中潜る予定だから――」

「……良太、何か言った?」

 結衣の笑顔が、スッと温度を下げた。

 一層のボスの咆哮よりも、二層の冷気よりも、生物としての本能を逆なでするような「静かな圧」が良太を襲う。

「……え、いや、だから二層が……」

「幼馴染が困ってるのに、虫取りの方が大事なんだ?」

「いや、虫取りじゃなくてレベリング……」

「来るよね?」

 結衣の有無を言わさぬ口調に、筋力29、俊敏21を誇る「期待の先行者(自称)」四条良太は、蛇に睨まれた蛙のように頷くことしかできなかった。

「……はい。駅前ですね。了解しました」

「よろしい。来ないって言ったら、あんたを気絶させてでも強制連行するところだった…」

(…え?)

結衣はそう言い残すと、満足げに自分の席へ戻っていった。

 それを見ていた高橋が、眼鏡をクイと上げ、憐れむようなため息をついた。

「四条氏。あなたの『耐久13』では、彼女のプレッシャーには耐えられなかったようですね。……大人しく、クレープでも食べて精神のリセットをしてきてください。今のあなたは、一段とレベリングに毒された顔をしていますよ」

「……高橋。二層の主より、結衣の方が強キャラな気がしてきた」

「ノーコメントです」

放課後。

(……クレープを食べながら、脳内で二層のマップを再確認するか……。よし、一秒でも早く食べて、夜には一時間だけでも潜ってやる……!) 

鋼の積み重ねを邪魔された重度のレベリング病・良太の、前途多難な休日が始まろうとしていた。

頑張ります! 読んでいただいてありがとう!

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