鋼の一撃と悲劇な結果
放課後の喧騒を背に、良太はいつもの「はじまりの洞窟」のゲートをくぐった。受付のスタッフにF級探索者証を提示し、事務的な挨拶を返される。その日常的なやり取りの中で、良太の意識はすでに「戦い」へと切り替わっていた。
腰に差した新しい相棒、「無銘の同田貫」。五万円という、今の良太が持てる全財産を注ぎ込んだその得物は、以前のショートソードとは比べ物にならないほど重く、そして静かに、自らの存在を主張していた。
(……重いな。やっぱり、鉄の質そのものが違う)
鞘に収まった状態でも、ずっしりとした鉄の質量が腰にくる。歩くたびにその重みが腿に伝わり、一歩一歩の足取りを意識させる。だが、その感覚は決して不快ではなかった。昨日までの良太なら、この重量に振り回されていただろう。しかし、今の彼には一週間で積み上げた「筋力25」がある。その数値が、この鋼の重みを「確かな頼もしさ」へと変換していた。
良太はまず、慣らし運転のために一層の浅瀬を進んだ。
カサカサという不快な音が洞窟の壁に反響する。岩陰から、三匹のグレイラットが同時に飛び出してきた。一週間前、彼を恐怖で硬直させた因縁の相手だ。
「……ふぅ」
良太は深く息を吐き、静かに鯉口を切った。
スラリと、銀色の閃光が闇を切り裂く。中古屋の店主が言っていた通り、この刀は極端な「先重心」だ。普通に振れば遠心力に持っていかれ、大きな隙を晒すことになるだろう。
キィッ!
一匹目が跳ねる。
良太は無理に刀を振り回さなかった。むしろ、刀の自重が落ちる速度に、自らの俊敏21の動きを同調させる。重力に逆らわず、重みを加速に変える。
――パシュッ。
手応えは、驚くほど軽かった。
ショートソードの時のように「叩き斬る」のではない。鋭い鋼が、ネズミの体を紙のように滑らかに両断していた。そのまま流れるような運刀で、二匹目、三匹目の首を正確に刈り取る。
(……すごいな。これが、刀の……『斬る』ためのバランスか)
一週間、安物の剣で「力任せ」に戦ってきた良太にとって、それは革命的な感覚だった。自分のステータスというエンジンが、刀という最高級の増幅器を得て、正しく出力されている実感。
良太はそのまま足を止めることなく、今日の本命である一層中央の「スライムエリア」へと踏み込んだ。
「昨日は世話になったな。……おかげで、今日、学校で散々な目にあったよ」
良太は独り言をこぼしながら、正眼に構えた。
昨日、安物の剣を折り、良太を「全身コラーゲンまみれ」にした宿敵。スライムが獲物を認識し、ブルンと体を震わせる。突進の予備動作。
昨日の失敗は、剣が折れたことによる衝撃と、無理な引き抜きが原因だった。ならば、答えは一つ。
(爆発する暇も与えないほど、鋭く、深く、核を撃ち抜く)
スライムが地面を蹴り、弾丸となって飛来する。
良太は一歩も引かなかった。
刀の重心が先にあるなら、その「重み」をすべて一点に集中させる。九年間の剣道で叩き込まれた、一切の無駄を排した「突き」。
「――っ!」
鋭い呼気と共に、同田貫が真っ直ぐに突き出された。
ゲルの弾力に弾かれることも、吸い込まれることもない。鋼の重みがスライムの抵抗を力尽くでねじ伏せ、中央にある「核」を粉々に粉砕した。
パァン!
乾いた音が響く。しかし、昨日のような派手な飛散はない。
スライムは悲鳴を上げる間もなく、一瞬で光の塵へと還っていった。
「……抜ける。これなら、いける」 (深い意味はないぞ!)
良太の口元に、自然と笑みがこぼれた。
その後の一時間は、まさに「修練」だった。
現れるスライムを、あるいは一撃の突きで、あるいは正確な唐竹割りで、次々と狩り取っていく。
作業のように冷徹に、それでいて武道の稽古のように真摯に刃を振るい続けたその時、網膜に待望の文字が浮かんだ。
《レベルが16に上がりました》
《レベルアップボーナス:2ステータスポイントを獲得しました》
良太は戦闘の合間に、物陰で素早くステータス画面を開いた。
迷いはない。今の刀の「重さ」をより完璧に制御し、二層の未知なる敵に対抗するため、獲得した2ポイントをすべて『筋力』へと注ぎ込んだ。
【筋力:25 → 27】
瞬間、腕の筋肉の密度が増し、背筋に一本の太い芯が通ったような感覚が走る。
先ほどまで「制御が必要だ」と感じていた刀の重みが、今は自分の腕の延長線上にあるかのように軽く感じられた。
気づけば、腰のポーチはスライムゼリーで膨らんでいる。
だが、ふと冷静になって計算する。ゼリーの単価を考えれば、これだけ狩っても今日の稼ぎは一万円に届くかどうかだ。五万円の刀代を回収するには、まだまだ時間がかかる。
(赤木は、初期値20で二層に直行すると言っていた。……でも、準備なしで二層に行くのがどれだけ無謀か、今の俺ならわかる。俺は27まで積み上げた。それでもまだ、怖いと思える。まあ、一番怖いのは、これだけ頑張って『初期値20』の赤木に運良くレアアイテムとか引かれることなんだけどな、漫画みたいに)
筋力27。その漲る力を噛み締めながら、良太は一層の最深部へと足を進めた。
道中のネズミやスライムは、もはや障害にすらならない。同田貫の切っ先が空を走るたび、魔物たちはその核や急所を断たれ、光の塵へと還っていく。
やがて、洞窟の突き当たりに巨大な石扉が現れた。そこから漏れ出す威圧感に、良太は無意識に同田貫の柄を強く握り直した。
扉を押し開くと、そこには広大なドーム状の空間が広がっていた。
中央に鎮座していたのは、巨躯を誇るネズミの王、「ラットガーディアン」。
全身を鉄屑の鎧で固め、丸太のような腕を地面に叩きつけて咆哮するその姿は、高橋に聞いたよりも遥かに禍々しく、圧倒的な圧を放っている。
(……デカい。これが、一層の『主』か)
良太は、自然と手が震えていることに気づいた。だが、それは一週間前の「恐怖」による震えではない。強敵を前に、昂ぶる肉体が熱を求めている感覚だ。
王が地面を蹴り、地響きを立てて突進してくる。
(――見える。……遅い!)
良太は最小限の動きで突進をかわすと、最短距離で同田貫を振り下ろした。
筋力27。その出力が、先重心の刀身に乗る。
――ガギィィィィィン!
激しい火花。ネズミの王が纏っていた鉄板の鎧が、豆腐のように容易く切り裂かれた。
「ギィィィッ!?」
絶叫。王の生命が削れる音が聞こえるようだった。良太は止まらない。一週間、孤独に「反復」を繰り返してきた身体が、思考より早く次の動作へ移る。
振り返りざまの、渾身の一刺し。
鋼の刃がボスの喉元にある「核」を正確に貫いた。
――ドォォン。
巨大な質量が、ゆっくりと光の塵に変わっていく。
《レベルが17に上がりました》
網膜に浮かぶ《一層の主を討伐。二層への通行許可を更新》の文字。
(キタキタキタ! ボス討伐! これだよ、この演出が欲しかったんだ! さあ、主役に相応しい激レア装備か、一発逆転のお宝をドロップしてくれ……!)
良太は期待に胸を膨らませ、塵が消えたあとの地面を凝視した。そこにあったのは、今までよりは少し大きいが、どう見てもただの結晶体……【中魔石】が一個だけだった。
「……は? マジで? これだけ?」
良太は膝から崩れ落ちそうになった。一週間、飲まず食わず(は言い過ぎだが)でレベリングし、五万円の刀で挑んだボスの戦果が、ただの石ころ一個。
「……幸運11! 仕事しろよ! せめて『王の剣』とか『ガーディアンの盾』とか、名前だけでも強そうなやつ落とせよ! 掲示板に『ボス倒して〇〇ゲットしたわー』って書き込めないだろ、これじゃ!」
期待値が大きかった分、落胆も大きい。良太は荒い息を整えながら、誰に見せるでもなく(実際に見せられるお宝もないので)、荒い息を整え、虚しく刀を鞘に収めた。
この「運のなさ」も含めて、自分の『非才』っぷりを痛感しながら、良太はダンジョンを後にした。
ダンジョンの外へ出ると、夕暮れの街には日常の喧騒が戻っていた。
売店の大型モニターには、ニュース番組が映し出されている。そこには、良太より一つ年上、現在19歳の大学生探索者が、眩いばかりのライトを浴びてインタビューに答えている姿があった。
『――現在、国内最速記録を更新中。昨年五月に十八歳で探索者となってから、わずか一年。レベル120に到達した「神童」、氷室 楓さんです!』
画面の中の少女は、無表情にカメラを見つめ、淡々と語っていた。
『……誕生日にステータスを得てから、潜り続けた。それだけです』
周囲の若者たちが「一年に百二十レベルとか、化け物かよ」とどよめく中、良太はキャップを深く被り直し、その場を後にした。
(潜り続けた、か……)
世間はこの「神童」の話題に目を奪われ、たった一週間で一層を突破した良太のような「地味な先行者」には誰も注目しない。
けれど、それでいい。
天才が最速で駆け抜けるなら、自分は泥臭く地面を這って、この鋼の重みを一歩ずつ刻みつけるだけだ。
(レベル120。……遠いけど、不可能じゃない気がするんだ)
良太は、駅へと続く坂道を、確かな足取りで登っていった。
腰にある同田貫の重みが、今は何よりも心地よかった。
駅への道を歩きながら、良太はスマホを取り出す。
「高橋、いい武器だったよ。ありがとう。さっきレベルが2つ上がって、筋力は29になった」
短くメッセージを送ると、数秒で返信が来た。
『満足いただけたようで何よりです。筋力29……もはや一層の住人の数値ではありませんね。その刀の「真価」は、一層ではなく、二層の硬い魔物相手にこそ発揮されます。……準備はいいですか? 四条氏』
「……ああ」
良太は誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
学校での冷ややかな視線も、赤木の嘲笑も、今の良太にはどこか遠い世界の出来事のように思えた。
明日、自分はさらに深くへ潜る。
地味で、目立たない、鋼の積み重ねの先にある景色を見るために。
良太は夜風に吹かれながら、未だにツヤツヤと輝く髪を一度だけ掻き上げ、確かな足取りで駅へと向かった。
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