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一週間の境界線、一層の深淵へ

四月の二週目が終わろうとしていた。

学校、家、そしてダンジョン。良太はこの一週間、ひたすらこの三地点を往復するルーチンを繰り返していた。

実は、この「最初の一週間」こそが、探索者にとって最大の関門だと言われている。

18歳という若さで全能感を得たはずの若者たちが、この短期間で次々と夢を諦めていく。

生き物を殺す生々しい感触に精神を病む者。

怪我を負い、必死に止める親たち。

あるいは、自分のステータスの低さに絶望し、夢を捨てて普通の就職活動へ戻る者。

「……よし、これでラストだ」

一層の奥、薄暗い岩陰から飛び出してきたグレイラットを一閃。

今や良太の動きに迷いはない。剣道の踏み込みと、レベルアップで得た身体能力が完全に噛み合っている。ネズミの動きは、スローモーションのように見えていた。

一週間、ひたすら一層でラットを狩り続けた成果は、網膜に浮かぶ数値となって現れた。


名前:四条 良太

レベル:15

筋力:25 / 耐久:13 / 俊敏:21 / 魔力:5 / 幸運:11

【残りステータスポイント:0】

レベル6の時から得た合計18ポイントを、彼は迷わず振り分けた。実戦で一歩踏み込むための『筋力』に8、敵を置き去りにする『俊敏』に6。そして不意の反撃に耐えるための『耐久』を3底上げし、最後の一つを『幸運』に。

「……ふふ、見てろよ赤木。お前が夢見てる初期値20、一週間で抜き去ってやったぜ。……まあ、誰も見てない洞窟で一人、ニヤついてる俺の姿は絶対に見せられないけどな!」

おちゃらけた独り言を吐きながらも、良太は自分の身体に漲る確かな力を噛み締めていた。

身体つきは相変わらず細身のままで、制服を着ていれば一週間前と何も変わらないように見える。だが、中身は別物だ。足取りは羽のように軽く、剣を握る手には鋼のような芯が通っている。

「……よし、今日はもう少し奥まで行ってみるか、高橋によるとあれがいるはず…」

一層の中央付近。湿った岩肌が広がるエリアに入ると、前方の地面が青白く蠢いた。

そこにいたのは、ネズミよりも仕留めるのが面倒だと言われる魔物――。

「おっいたいた、スライム!」

バレーボール大のゲル状の塊。牙も爪もないが、物理攻撃が効きにくく、初心者が安物の剣をボロボロにする厄介な相手だ。

(見た目は可愛いんだけどな…)

スライムがブルンと震え、バネのような動きで体当たりを仕掛けてきた。

「俊敏21。……止まって見えるぜ、なんて一回言ってみたかったんだよな!」

良太は最小限の動きでそれをかわすと、着地した瞬間のスライムにショートソードを突き立てる。

手応えは……グニュリと鈍い。やはり、ただ斬るだけではゲルの弾力に威力を殺されてしまう。下手に振り回せば、剣の寿命を縮めるだけだ。

二度目の突進。良太は今度は剣道の「突き」の要領で、最短距離の軌道を描いた。

狙うのは、スライムの中心にある「核」一点。

(捉えた――!)

鋭い刺突がスライムの核を正確に貫く。

パァン! と水風船が割れるような音が響き、スライムが光の塵へと変わった。

「……よし。一発で核を抜けば、剣へのダメージも最小限で済むな」

足元には、小魔石よりも少し透明度の高い【スライムゼリー】が落ちていた。

高橋が「美容品の材料として高く売れる」と言っていたアイテムだ。

(ネズミの魔石は一つ200円程度だったが、このゼリーは一個で500円は下らないはずだ。……一時間で十個狩れば、それだけで五千円か)

地味だが確実な期待値。

良太は落ちた素材を丁寧に拾い上げると、さらに深い湿り気の中へと踏み込んでいった。

一週間前、ネズミ一匹に怯えていた自分はもういない。

(効率を上げよう。無駄な動きを削って、一撃で仕留め続ける。それが今の俺にできる最短のルートだ)

誰も見ていない洞窟の奥。良太はただ黙々と、青い影を刈り取り続けた。足元に落ちた【スライムゼリー】を拾い上げると、良太の口角が少しだけ緩む。

足元に落ちた【スライムゼリー】を拾い上げると、良太の口角が少しだけ緩む。一個500円。一時間で十個狩れば……。

(……待てよ。この効率なら、みんながデビューする頃にはもっと高い武器を買えるんじゃね? よっしゃあ、気合い入れて頑張るぞ!)

最後の一匹。良太は「普通に突く」代わりに、一週間で鍛え上げた筋力を少しだけ多めに込めてみた。「主役っぽい一撃」をイメージして。

「よおし、これでフィニッシュだ……!」

――パキィン!、一週間酷使し続けた安物のショートソードが、限界を迎えた。

「…え?……」

乾いた音と共に、剣先が折れてスライムの体内に吸い込まれていく。

それだけならまだしも、良太の筋力25が仇となった。突き出した勢いが止まらず、折れた剣の根元がゲルの奥深くまでズルりと飲み込まれてしまったのだ。

「うわっ、待て! 抜けな……ちょ、これどうす……うわあああああ!?」焦って柄を引き抜こうとした瞬間、スライムの内部圧力が限界を超えた。

折れた剣先と良太の豪腕によってかき回された魔物が、核を砕かれるよりも先に、「ボフンッ!」と盛大に爆発した。

あたり一面に青いネバネバした液体が飛び散った。

「うわっ、最悪だ……」

良太は反射的に顔を覆ったが、ふと気づく。

(……あれ? 髪が、やけにサラサラするぞ?)

そこへ、タイミングよく高橋からメッセージが届く。

『四条氏、言い忘れましたが、一層のスライムの粘液は純度の高いコラーゲンです。浴びすぎると翌朝、女子もびっくりの美肌と美髪になりますが、学校で浮かないようご注意を』

「……遅いよ! もう手遅れだよ!」

良太は自分の前髪を指でなぞってみた。

確かに、市販の高級トリートメントを十回くらい重ねたような、ツヤツヤの触り心地になっている。

「筋力25、俊敏21……そして、女子力MAX(推定)。……どんなステータスだよ。 」

結局、その後もスライムを狩り続け、良太は「ツヤツヤの髪」と「大量のゼリー」を抱えてダンジョンを後にした。

(明日、結衣に『なんか今日、髪きれいだね』とか言われたら、なんて説明すればいいんだ……。スライムぶっかけられました、なんて言えるわけないだろ!)

誰も見ていない洞窟の奥で、良太は一人、自分の「美しすぎる髪」に静かに絶望のツッコミを入れながら、帰路についた。



幕間:ダンジョン受付嬢は見た!

「はぁ……。どうも皆さんこんにちは。ここ『はじまりの洞窟』で受付をやってる、しがないスタッフちゃんです」

 キラキラしたスター探索者とワンチャン結婚……なんて淡い期待を抱いてこの職に就いたのは一年前。現実は、装備の匂いが染み付いた窓口で、事務的な換金作業を繰り返す日々。挙句の果てに今月は謎の六連勤。私の肌は荒れる一方よ。

「お疲れ様です。……換金、お願いします」

 あ、また来た。一週間前から毎日欠かさずやってくる、四条くん。

 最初は「あ、誕生日迎えてすぐ来たのね、可愛いわね」なんて思ってたけど、最近の彼はちょっと様子がおかしい。

 窓口に置かれた袋が、毎日目に見えて重くなってるのよ。

 今日はついに、初心者には天敵のはずのスライムゼリーが山盛り。しかも。

「……え、四条くん。あなた、今日なんか……ツヤツヤしてない?」

 思わず声に出ちゃったわよ。

 一時間前、ボロボロの剣を握って死んだ魚のような目で入っていったはずの彼が、今はまるで高級エステ帰りみたいな後光を放ってる。

 特に髪。何そのキューティクルの暴力。思わず「どこのトリートメント使ってるの?」って詰め寄りたくなるレベルよ。

「……いえ、その。……事故です。失礼します!」

 彼は顔を真っ赤にして、逃げるように帰っていったわ。

 ……事故? 事故でそんなに美髪になるなら、私だって今すぐダンジョンに飛び込みたいわよ。 

 もしかして、最近噂の「美容効果がある魔物の分泌液」を浴びたのかしら。

 ……よし、決めた。次の休み、私も探索者ライセンス取ってこよう。

 かっこいい旦那を見つけるより先に、まずはこの六連勤でボロボロになった肌を修復するのよ!

(スタッフちゃんのその後の生存率:不明)


5話は明後日に投稿しようと思います。 何度も確認はしましたが、設定にミスがありましたら、ご連絡おねがいします!

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