努力、理解、心配、そして自信
ダンジョン探索の翌日。良太が教室のドアを開けると、そこには「日常」という名の、喧騒が広がっていた。
まだ四月の初旬。クラスで良介以外は十七歳で、十八歳の誕生日を迎えて「探索資格」と「ステータス」を得た者は、良太を含めて数えるほどしかいない。
(……いや、落ち着け俺。今日から俺は『権利持ち』だけど、ここでドヤ顔したら負けだ。あくまで『昨日、ちょっとネズミ掃除してきただけですよ』みたいな、余裕のある雰囲気で行くんだ……!
内心のニヤけを必死に殺して席に着こうとした、その時だった。
「よお、良太! お前、昨日誕生日だったろ? ついに解禁したんだろ、ステータス!」
真っ先に肩を組んできたのは、声のデカい陽介だ。その瞬間、教室中の視線が痛いくらいに俺に集中した。
(……キタ! 今、クラスの半分以上が俺を見たぞ! やばい、ニヤける……耐えろ俺!)
「……ああ。まあ、昨日ちょっと役所まで行ってきたよ。手続きが面倒でさ」
あえて「大したことないよ」という風を装い、クールに答えてみる。内心ではガッツポーズが止まらない。
陽介は目を輝かせて食いついてくる。
「マジかよ! 良いよなー! どうだったんだよ、職業は何系? 剣士? それとも一気に魔法使いデビュー?」
「まあ、地道なスタートだよ」
「陽介、朝からうるさい。良太が困ってるでしょ」
その輪に割って入ってきたのは、幼稚園からの幼馴染の白石 結衣だった。
彼女はクラスでも一、二を争う美少女だが、良太にだけは昔から遠慮がない。
「おはよ、良太。……で、どうだったの? ちゃんと戻ってこれたみたいだけど。無理してない?というか何その顔」
「おはよ、結衣。なんでもないよ。ダンジョンの方は……まあ、役所のマニュアル通りにやってきただけだよ。ネズミ相手に結構疲れたしな」
結衣が心配そうに顔を覗き込んでくる。微かに香るシャンプーの匂いにドギマギしながらも、良太はあえて「苦戦した自分」を演出するように、少し疲れた顔を作って答えた。
「……フン、公務員みたいな探索者だな。凡人らしいや」
教室の隅、取り巻きを引き連れた赤木 蓮がこちらを冷めた目で見ていた。
赤木はスポーツ特待で入学した、素行の悪い実力者だ。彼がなぜ、普段なら視界にも入れないはずの地味な良太にわざわざ絡んでくるのか。その理由は単純だった。
現在、この学年で唯一「探索者の権利」を法的・システム的に得ているのは、四月四日生まれの良太だけだ。
「世界を変える力」を誰よりも早く手に入れ、良くも悪くも注目の的になっている。自分が世界の中心だと信じて疑わない赤木にとって、自分より先に「特別な力」を手にした良太の存在は、我慢ならない嫉妬の対象なのだろう。
「おい四条。ステータス、いくつだった? 筋力が初期値で20ねえなら、探索者なんて時間の無駄だぞ。学年最速で権利を得た『先行者』様がその程度かよ。俺が来月十八になったら、お前の一ヶ月分なんて一瞬で抜き去ってやるよ。才能ねえ奴が先に始めたところで、ゴミみたいな誤差なんだよ」
うんうんと適当に聞き流すように頷いて、自分の席に座った。(……出たよ、赤木くん。まあ、君からすれば俺が先に始めてるのが悔しくてたまらないんだよな。わかるわかる、その『待ちぼうけ』の辛さ. HAHAHA)
「……賢明な判断ですよ、四条氏」
隣の席でタブレットを弄っていた高橋 徹が、眼鏡をクイと上げた。
「ああ、高橋。……あいつに何言っても無駄だからな。ステータスなんて教えたら、さらに面倒なことになるだけだし」
良太がため息混じりに言うと、高橋は小さく頷いた。
「ええ、その通りです。それに初期値なんてものは、しょせんスタート地点の誤差に過ぎません。レベルを上げてポイントをどう振るか……結局、最終的な強さに初期値はあんまり関係ないというのが、今のガチ勢の定説ですから。赤木氏のようなタイプは、その事実に気づいた時に絶望するでしょうね」
「そうなのか? なら、あいつに煽られて焦る必要もなさそうだな」
「ええ。重要なのは、赤木氏たちが遊んでいる間に一歩でも先に進む『継続力』です。四条氏、あなたのやり方は間違っていませんよ。昨日もポイントの振り方ですげえ悩んだとおっしゃっていましたが、その試行錯誤こそが真のビルドに繋がるのです」
気心の知れた高橋との会話に、良太は少しだけ肩の力が抜けた。高橋はアニオタで情報通だが、良太にとっては「先行者」としての孤独を論理的に肯定してくれる唯一の友人だった。
授業が終わって放課後。
「……またネズミを倒すの? 昨日の今日だし、もっとゆっくり休めばいいのに。せっかくの誕生日だったんだから、お祝いにクレープでも食べて帰るとかさ」
結衣の言葉に、背後から「クレープ!? 食べる食べる!」と陽介が割り込んできた。
「ああ。明るいうちに一層の奥まで見ておきたくてな」
「いいじゃん良太、行こうぜ。ダンジョンなんて逃げないだろ?」
「いや、俺はパスだ。陽介こそ、三ヶ月後の『権利取得』までに体力つけとかないと、ネズミに追いかけ回されるぞ」
「うっ、痛いとこ突くなぁ……。お前、昨日一日でなんかストイックになりすぎじゃない?」
陽介がげんなりした顔で引き下がると、結衣が廊下までついてきた。
「良太、……一人で行くの? 今日も」
「ああ。最初は一人で慣れろって、役所のマニュアルにも推奨されてたしな。……心配すんなって、危なくなったらすぐ逃げるから」
「……そう。これ、お母さんが良太にお祝いだって。休憩中に食べて」
手渡されたのは、小さな保冷剤のついた紙袋だった。中には栄養ドリンクと、手作りのマドレーヌが入っている。
「あ……悪いな。おばさんにお礼言っておいて」
「うん。……、なんか今日、少し疲れてるみたいだったから。あんまり、無理だけはしないでね。約束だよ?」
結衣の真っ直ぐな視線。それは赤木の嘲笑よりも、陽介の騒がしさよりも、良太の胸に重く、温かく響いた。
駅のホームへ向かいながら、良太はカバンの中で揺れるマドレーヌの重みを確かめる。
赤木に馬鹿にされようが、地味と言われようが構わない。
四月生まれの特権。
クラスの誰もまだ知らない、あの冷たく湿った空気。
誰もいない間に、自分だけの「積み重ね」を続けるために。
良太は電車のドアが閉まると同時に、スマホで高橋から送られてきた「一層のマップ詳細」に目を通し始めた。日常の風景が流れていく窓の外を見ることなく、彼の意識はすでに、昨日よりも少しだけ深くなった闇の奥へと飛んでいた。
4話まで一気に出しちゃいます! 感想、指摘お待ちしてます!




