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4300円の生死

「……ふぅ。これで、15匹目か」

 はじまりのダンジョン、第一階層。

 良太は、手にした安物のショートソードの切っ先から魔物の感触が完全に霧散するのを待ってから、溜まっていた息を大きく吐き出した。

 辺りには再び、青白い光苔が放つ静謐な光と、岩肌を伝う水滴の音だけが戻る。ダンジョンに入ってから二時間弱。たったそれだけの時間で、良太のシャツは汗で張り付き、革の胸当ては重く身体に食い込んでいた。

 手元の布袋を揺らすと、カチカチと乾いた音がする。中にはネズミが残した「極小魔石」が15個。そして、ドロップ品として出現した「古びた鉄の短剣」が三本。

 たった二時間。だが、一瞬の油断が命取りになる極限の緊張感は、慣れ親しんだ道場での稽古とは比べ物にならない疲労を全身に強いていた。竹刀であれば「一本」で済むが、ここでは「一撃」を外せば、次に待っているのは自身の負傷か、最悪の結末だ。

「レベルは6か。……さて、ボーナスポイント、どうすっかな」

 良太は壁際に身を寄せ、網膜に浮かぶステータス画面を凝視した。

名前:四条 良太

レベル:6

筋力:17 / 耐久:10 / 俊敏:15 / 魔力:5 / 幸運:10

【残りステータスポイント:0】

 レベルアップで得た累計10ポイント。彼は悩み抜いた末、筋力に5、俊敏に4、幸運に1を割り振った。

 画面を見つめる良太の眉間に、深い皺が寄る。

(本当に、これで合ってるのか……?)

 休憩の合間にスマホで覗いた「探索者攻略掲示板」のスレッドには、真偽の定かではない極端な攻略情報が滝のように流れ続けていた。

『これからは魔法の時代。魔力に全振りして魔法使いを目指さない奴は、後半で確実に詰むぞ』

『いや、最序盤は耐久だ。一撃耐えられるかどうかが、死亡率を分ける。耐久に振らない奴は自殺志願者だ』

『俊敏こそ正義。当たらなければどうということはない。筋力なんて後から装備で補填できる』

 匿名の人々が好き勝手に書き込む「理想論」や「テンプレビルド」。もし自分が間違った方向にポイントを振っていたら、この先、取り返しのつかない差になってしまうのではないか。そんな胃がキリキリするような不安が、戦い終わった後の良太の胸をじわじわと侵食していく。

(いや、落ち着け。魔力全振りとか無理ゲーだろ。こちとら初期値5だぞ? 10ポイント振っても15……火を熾すのが精一杯な未来しか見えないわ! 逆に耐久に振っても、動けなきゃただの動くサンドバッグだし……)

 掲示板の「声の大きい自称・上級者」たちに心の中で毒づきながら、良太は乱暴に画面を閉じた。

 地味でもいい。正解かどうかわからなくても、自分で選んだ数値を信じて積み上げるしかないのだ。幸運に振った1ポイントも、いつか自分を救う「何か」に繋がると信じるしかなかった。

 ダンジョンの入り口ゲートを抜け、地上へと戻る。

 春の午後の柔らかな光が目に刺さった。ついさっきまで燐光の青白い世界にいたせいか、現実世界の太陽がやけに眩しく、色彩が鮮やかすぎて非現実的に感じられる。

 良太は浮ついた足取りを無理やり地面に押し付け、役所が管理する建物内の併設売店へと向かった。

「すみません、換金お願いします」

 カウンター越しに袋を差し出す。受付のスタッフは事務的な手つきで袋の中身をぶちまけ、ピンセットで魔石の質を検品し始めた。

「……はい、確認しました。極小魔石15個で3,000円。古びた短剣が三本……一本は刃こぼれが酷いから、これは二足三文だね。三本で1,500円からマイナス200円して……合計4,300円です。探索者証の口座に振り込みますね」

(……4,300円。二時間、文字通り命を懸けて、これか)

 高校生のアルバイト代としては決して悪くない。コンビニで三、四時間働く分を、たった二時間で稼いだのだ。だが、死に物狂いで剣を振り、ネズミの爪に怯えながら手にした対価が、おしゃれなカフェのランチ二回分程度だと考えると、冒険者という職業の凄まじい世知辛さを実感せずにはいられなかった。

 ふと視線を上げると、売店のショーケースには眩いばかりの装備品が並んでいた。

 鈍く光る重厚な鋼鉄の剣が「十万円」。

 触れるだけで魔力を感じる「スキルオーブ」が、安くても「数百万円」。

 中には一千万円を超えるような宝具まで展示されている。

(レベル500を超えるような上位探索者たちは、あんなのをコンビニのグミ感覚で買っていくんだろうか。……遠いな、さすがに)

 自分のポケットにある4,300円のデータと、目の前の数百万円の剣。そのあまりの距離感に眩暈を覚えながら、良太は逃げるように売店を後にした。

 夕暮れ時。朱色に染まった通学路を、良太は重い足取りで歩いた。

 自宅の玄関を開けると、キッチンの奥から母親の声がした。夕食の準備をしているのだろう、食欲をそそる醤油の焦げた匂いが漂ってくる。

「おかえり。どうだった? 初めてのダンジョン。手続きはちゃんとできた?」

 母親がエプロン姿で顔を出す。その目は、期待半分、心配半分といった様子で、自分を産んでから十八年、ずっと見てきたはずの息子の顔を改めて探っているようだった。

 良太は靴を脱ぎながら、少しだけ言葉を濁して視線を逸らした。

「まあ、マニュアル通りにやれば余裕だよ。 これならバイトより楽ちんだね」

――嘘だ。

本当は、時給換算して絶望していること。

ステータスの振り方を間違えたんじゃないかと、胃がキリキリしていること。

(心配はかけさせられないからな。それに、四千円ちょっと稼ぐのに必死だったなんて……今の自分には、格好悪すぎて話せない)

 自室に戻り、良太はベッドに腰掛けた。

 放り出したカバンの中から取り出した探索者証を見た。

 四月四日。

 学年で最も早く十八歳を迎えたことで得た、数歩分のアドバンテージ。

 でも、自分はこの数値を信じる。

 

 良太は一人、明日もまたあの湿った冷気の中へ飛び込むための、静かな覚悟を固めた。


エピソードタイトルを考えるのも大変ですね… 昨晩ベッドの中で考えてたのですが…いいのか悪いのか…… 感想よろしくお願いします!

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