第42話 与えられた役目
覚悟を考え始めた翌週、王宮から一通の正式な通知が届いた。
クラウディアが封を切り、中身へ目を通した瞬間、ごくわずかに表情を変える。
その変化だけで、アリアはそれが単なる招待状ではないと分かった。
「お母様?」
クラウディアは紙を畳み、娘へ向き直る。
「次の舞踏会で、あなたに役目が与えられます」
アリアは息を呑んだ。
「役目?」
「ええ。外国使節を迎える前段の小規模舞踏会で、若い令嬢側の案内役の一部を担うように、と」
それは一見、小さな役目に聞こえる。
だが、貴族社会において“誰をどの位置へ置くか”は、常に意味を持つ。
王宮主催の舞踏会。
そこにおいて、皇太子と距離のある令嬢へそんな役は回ってこない。
少なくとも今の状況で、それをアリアへ与えるのは、かなりはっきりした意思表示だ。
「……それは」
アリアの喉が少し乾く。
「かなり、目立ちますね」
「ええ」
クラウディアは淡々と頷いた。
「社交界は、“内定に近い”と受け取るでしょう」
その言葉に、アリアは指先が冷たくなるのを感じた。
内定。
もちろん正式な婚約でも何でもない。
それでも、周囲はそう読む。
もう噂ではなく、役目として位置づけられるのだから。
「嫌?」
クラウディアの問いは、珍しくまっすぐだった。
アリアは少し考える。
怖い。
それは間違いない。
けれど、嫌かと問われると、少し違う。
「……怖いです」
「そう」
「でも、逃げたいわけではありません」
それが今の正直な答えだった。
役目を与えられる。
それは値踏みされることでもある。
失敗すれば、“やはり傷のある女は駄目だ”と言われるかもしれない。
けれど、それでも逃げたくはなかった。
選ばれるだけでは終われない。
そう思い始めたのは、自分自身なのだから。
その日の放課後、レオンハルトのもとへ向かう足取りは、以前よりも少しだけ速かった。
この知らせを聞いて、彼がどういう顔をするのか。
それを知りたいと思ったからだ。
小会議室へ入ると、レオンハルトはすでにその話を把握していたらしい。
机の上には舞踏会関係の資料が整えられている。
「通知は届いたな」
「はい」
「嫌か」
母と同じ問いを、今度は彼が口にする。
アリアは少しだけ驚き、それから首を横に振った。
「怖いですが、嫌ではありません」
「そうか」
レオンハルトの返答は短い。
だが、その一言の中にはわずかな安堵があったように感じられた。
「この役目がどういう意味を持つかは、分かっているな」
「はい。かなり……はっきりと」
「なら話は早い」
彼は資料を一枚アリアの方へ差し出した。
「当日の動線、会話相手の格、立つ位置、全部確認しておけ」
実務的な指示。
けれどそれが、今のアリアにはありがたい。
曖昧な期待ではなく、ちゃんと“やるべきこと”として渡される。
それだけで、ただ選ばれて揺れているだけの令嬢ではなくなれる気がした。
「私、試されているのでしょうか」
ぽつりと問うと、レオンハルトは少しだけ考えてから答えた。
「試すというより、見せるためだ」
「誰に、ですか」
「周囲に。そして君自身に」
またそれだ。
君自身に。
アリアはその言葉を聞くたびに、胸の奥をそっと撫でられるような気がする。
周囲へ見せるだけではない。
自分自身もまた、自分がどこまで立てるのかを見ることになるのだ。
「殿下は、私が失敗するかもしれないとはお考えになりませんか」
少しだけ意地悪な問いだった。
だが、聞きたかった。
レオンハルトは一拍置いてから、静かに言った。
「失敗はするだろう」
予想外の返答に、アリアは思わず目を瞬いた。
「え」
「一度も失敗せずに完璧にこなせるほど、王宮は甘くない」
そう言い切る。
「だが、失敗したから終わりでもない」
アリアは、ゆっくりとその言葉を受け止めた。
完璧でなくていい。
失敗してもいい。
ただ、それでも立ち続けろという意味だ。
悪役令嬢にされた時も、婚約破棄された時も、自分は“失敗したら終わり”の場所へ立たされているように感じていた。
だからこそ、今この言葉は大きい。
「……ありがとうございます」
そう言うと、レオンハルトは資料の上へ視線を落としたまま、低く続ける。
「ただし、簡単に失敗させるつもりもない」
胸がひとつ大きく鳴る。
「私が見る」
その一言が、あまりにも強かった。
あの夜会で悪役にされた自分を見た人。
傷があることと立てないことは別だと言った人。
そして今、役目を与えられる自分を、“見る”と言う。
それは、ただ監督するという意味ではない。
何かあっても見捨てないという響きを持っていた。
「……それでは」
アリアは少しだけ勇気を出して言った。
「私、頑張れてしまいます」
言ってから、ひどく子供っぽい言い方をした気がして、頬が少し熱くなる。
だがレオンハルトは、意外にもすぐに返した。
「そうしろ」
それだけだった。
けれど、その短い返答に、妙に満たされる。
役目を与えられる。
目立つ位置に押し出される。
社交界にまた新しい火種を投げ込むことになる。
全部怖い。
それでも、ただ怯えているだけではない自分が、今ここにいる。
それはきっと、彼の隣へ置かれることに少しずつ意味を見出し始めているからだ。
与えられた役目は、試練であると同時に、彼女が本当に“選ぶ側”へ足をかけ始めた証でもあった。




