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『悪役令嬢の汚名を着せられましたが、真実を知った皇太子殿下が離してくれません』  作者: 御上常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第27話 黒幕令嬢の本性

 ミレイユが泣き崩れたあとの小講堂は、しばらく誰もまともに息をすることすら忘れたような空気に包まれていた。


 可哀想な少女の仮面は剥がれた。

 だが、それで全てが終わるわけではない。

 むしろ、ここから先はもう一人――ずっと安全な位置から糸を引いてきた者の番だった。


「……随分と勝手なことをおっしゃるのね」


 最初に沈黙を破ったのは、ベアトリス・フォン・エーデルハイム侯爵令嬢だった。


 その声音は、先ほどまでの“気の毒な友人を案じる令嬢”のものではなかった。

 冷たく、張りつめ、そして苛立ちを隠していない。


 アリアは席に座ったまま、静かに彼女を見る。


 ついに出た、と感じていた。


 ベアトリスは扇を閉じ、ゆっくり立ち上がった。

 姿勢は美しい。だが、その美しさは今や優雅さではなく、張りぼての威圧に近い。


「ローゼンさん、取り乱しているからといって、何でも口にしてよろしいわけではなくてよ」


 その言葉に、ミレイユが涙で濡れた顔を上げた。


「わ、私……でも……」


「でも、ではありません」


 ぴしゃりと言い切る。


 今までなら、こんなふうにミレイユを制することはなかっただろう。

 少なくとも“味方の顔”をしていた間は。


 教師たちの視線が一気に鋭くなるのが分かった。

 ミレイユ自身も、目を見開いてベアトリスを見る。


「あなたは少し疲れているのですわ。だから、変なふうに思い込んでいるだけです」


「思い込み……?」


「ええ。わたくしはただ、あなたを心配していただけ。ルーヴェルト様が冷たい方だから、辛いのではないかと皆に話したことはありますけれど、それはあなたを守るためでしたわ」


 その言葉は表面上は整っていた。

 だが、今この場で聞けば聞くほど不自然だった。


 心配していただけ。

 守るためだった。

 それなのに、偽造手紙の出所と接触した使用人がベアトリス側と繋がっている。


 もう、その薄い化粧の下にあるものは隠しきれない。


「エーデルハイム嬢」


 学年主任の声が落ちる。


「あなた付きの使用人と、ローゼン嬢付き侍女との接触記録があります。これをどう説明しますか」


 ベアトリスは一瞬だけ口を閉ざし、すぐに微笑を作り直した。


「貴族の家同士なら、使用人同士が面識を持つことくらい珍しくありませんわ」


「金品のやり取りも?」


 今度は王宮側の立会人として席についていたユリウスが、静かに口を開いた。


 その一言が、空気を変える。


 ベアトリスの目がわずかに揺れた。


「金品、とは……」


「逃亡した侍女の手元から、あなたの家の使用人と一致する封蝋付きの小袋が見つかっています」


 ユリウスの声は淡々としていた。

 だが、その冷静さの方がよほど相手を追い詰める。


「中身は銀貨。額は大きくありませんが、口止めや指示を流すには十分な量だ」


 ベアトリスの頬から、すっと血の気が引く。


 アリアはそれを見ながら、胸の内で奇妙な静けさを感じていた。


 夜会の時、自分を悪役令嬢に仕立て上げた舞台は、こんなにも小さくて、安っぽい銀貨のやり取りの上に乗っていたのか、と。


「……証拠としては弱いのではなくて?」


 ベアトリスはまだ笑っていた。

 だが、その笑みは明らかにひび割れている。


「小袋ひとつで、わたくしを疑うなんて」


「それだけならな」


 小講堂の後方から、低い声が響いた。


 全員が振り向く。


 そこに立っていたのは、レオンハルトだった。


 学園の審問の場へ、第一皇太子自らが姿を現す。

 それだけで室内の空気は一瞬にして張り詰めた。


 セドリックが目を見開く。

 ベアトリスは息を呑み、ミレイユは泣き濡れた顔のまま震えた。


 アリアの胸もまた、大きく脈打った。


 レオンハルトは一歩ずつ講堂の中へ入り、そのまま教師席の近くまで進む。

 誰も彼を止めない。止められるはずもない。


「殿下」


 学年主任が立ち上がろうとすると、レオンハルトは軽く手で制した。


「続けろ。私は確認に来ただけだ」


 確認。

 その一言で済ませてしまうところが、この人らしい。


 だが、その存在自体がもう十分すぎるほどの圧だった。


「エーデルハイム嬢」


 レオンハルトはベアトリスへ視線を向ける。


「侍女への金の流れ。便箋の出所。ローゼン嬢の証言。さらに、夜会前に君が複数の生徒へ“今夜で決まる”と口にしていたという話も出ている」


 ベアトリスの瞳が揺れる。


「どうする。まだ“偶然”で押し切るか」


 静かな言い方だった。

 だが、そこには逃げ道がなかった。


 ベアトリスは唇を引き結ぶ。

 ほんの少し前までの彼女なら、きっともっと上手く笑い、もっと綺麗にかわしただろう。

 だがもう、焦りがそれを許さない。


「……なぜ」


 やがて彼女の口から漏れた声は、怒りに近かった。


「なぜ、そこまでルーヴェルト様を庇われるのです」


 室内が凍る。


 その問いは、もはや言い逃れではなかった。

 嫉妬と苛立ちと敗北感が、そのまま露出した声。


 レオンハルトは眉一つ動かさない。


「庇う?」


「そうでしょう!」


 ベアトリスの声が尖る。


「ただの公爵令嬢ですわよ。しかも、誰から見ても近寄りがたくて、冷たくて、愛想もない方ですわ! それなのに、なぜそんなに……!」


 その瞬間、アリアは胸の奥で何かがひどく静かになるのを感じた。


 これが本音なのだ。

 弱者の味方でもなければ、正義の令嬢でもない。

 ただ、ずっと自分を下に引きずり下ろしたかった者の本音。


 ベアトリスは止まらなかった。


「わたくしはずっと見てきましたわ。皆がルーヴェルト様を褒める。才がある、家格がある、王子の婚約者にふさわしいって。何もかも持っているくせに、少しも可愛げがなくて、それでも全部与えられて――!」


 叫ぶような声音に、もはや上品さの欠片もない。


 教師たちは言葉を失い、ミレイユは涙も止まって呆然としている。

 セドリックでさえ、目を見開いたままだ。


 アリアは、ただベアトリスを見ていた。


 怒りはある。

 悔しさもある。

 だが、目の前の彼女が吐き出しているものは、あまりにも剥き出しで、どこか空虚だった。


 羨望。嫉妬。劣等感。

 それらが積もり積もって、ついには一人の令嬢を悪役に仕立て上げるところまで来てしまった。


 レオンハルトは低く言う。


「君は、そうやって自分の感情を“正義”に見せかけた」


 ベアトリスの肩が揺れる。


「違いますわ。わたくしはただ、正されるべきものを――」


「正す?」


 その一語に、初めてレオンハルトの声へ冷えた怒気が滲んだ。


「自分の嫉妬を、正しさと呼ぶな」


 小講堂が静まり返る。


 その一言は、断罪よりも鋭かった。


 ベアトリスはその場で言葉を失った。

 何か反論しようと口を開き、しかし何も出てこない。

 もう“正義の味方”の顔では戦えないのだ。


 学年主任が深く息を吐き、記録係へ視線を送る。


「本日の内容は、学園長および王宮側へ正式に提出します」


 それは決定だった。


 レオンハルトがさらに一歩進み、全員へ向けて告げる。


「この件はこれ以上、学園内の私的な噂で処理するものではない。王家預かりとする」


 その宣言に、室内の空気が大きく揺れた。


 王家預かり。

 つまり、もうベアトリスもミレイユも、好き勝手に学園内の空気で逃げ切ることはできない。


 ベアトリスは顔色を失い、ミレイユは小さく嗚咽を漏らした。

 セドリックは俯いたまま、拳を握っている。


 アリアだけが、その場で背筋を伸ばしたまま座っていた。


 ようやくここまで来たのだと、静かに思う。


 悪役令嬢にされた自分を、物語の外へ引き戻すための一歩。

 そのために必要だったのは、叫びでも涙でもなく、こうして“本性を晒させる”ことだったのだ。

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