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『悪役令嬢の汚名を着せられましたが、真実を知った皇太子殿下が離してくれません』  作者: 御上常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


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第15話 崩れ始める偽り

 翌日の夕刻、レオンハルトのもとへ呼ばれたアリアは、東棟の小会議室でユリウスの表情がいつも以上に硬いことに気づいた。


 何か進展があったのだ。そう直感する。


 レオンハルトはいつも通り無駄のない姿勢で立っていたが、机上に置かれた紙の数は明らかに増えていた。


「座れ」


 アリアが席につくのを待ち、ユリウスがすぐに口を開く。


「侍女の一人が話しました。完全な自白ではありませんが、少なくとも“指示役”がいたことは認めています」


 アリアの心臓が大きく脈打つ。


「誰ですか」


「名までは出していません。ですが、ローゼン嬢本人からではなく、別の令嬢付きの使用人を通じて金が流れた形跡があります」


 やはり、背後がいる。


「そして手紙の便箋ですが、侯爵家の使用人御用達の文具商から出た可能性が高い」


 侯爵家。


 その一語で、アリアの脳裏に真っ先に浮かんだのはベアトリスだった。噂を広げる起点の一人。図書室の曖昧な“証言”を最初に持ち込んだ令嬢。


「ベアトリス様……」


 思わず名前が漏れる。


 だがレオンハルトはすぐには頷かなかった。


「可能性の一つだ」


「決めつけは早い、ですか」


「そうだ」


 その即答に、アリアは少しだけ苦く笑った。


 自分も同じことを言われた。感情だけで敵を決めるな、と。


 ユリウスがさらに報告を続ける。


「加えて、夜会前日にローゼン嬢の侍女が“今夜で終わります”と口にしたのを聞いた者がいます」


「……今夜で終わります」


 アリアはその言葉を繰り返す。


 つまり、夜会で断罪し、婚約破棄まで含めて片をつける予定だったのだ。


「ええ。皇太子殿下が口を挟まなければ、そのつもりだったのでしょう」


 冷静なユリウスの声音が、かえってその悪質さを際立たせた。


 アリアは両手を膝の上でぎゅっと重ねる。


 怒りがないわけではない。

 悔しさがないわけでもない。

 けれどそれ以上に、ぞっとした。


 もしあの夜、レオンハルトが来なければ。

 もし誰も止めなければ。

 自分は本当に“悪役令嬢”として終わっていたのだ。


 レオンハルトはそんな彼女を見て、静かに告げる。


「これで、向こうの筋書きが崩れ始めた」


「……はい」


「だが、まだ足りない。君を陥れるための意図が明確でも、それを誰がどう動かしたかまで繋がなければならない」


 アリアは頷きながらも、胸の奥では別の感情が広がっていた。


 崩れ始めている。

 ようやく。

 自分を潰すために完璧に見えた物語の綻びが、確かに広がり始めている。


「怖かったか」


 不意にレオンハルトが問う。


 アリアは一瞬だけ言葉に詰まる。


「……はい」


 正直に答えると、彼はただ短く「そうか」と言った。


 慰めるわけでもなく、気持ちを代弁するわけでもなく、ただ受け取るだけ。その距離感が今のアリアにはちょうど良かった。


 ユリウスが資料をまとめながら言う。


「もう一つ。第二王子殿下の周囲が少々騒がしくなっています」


「騒がしい?」


「ええ。夜会での公開断罪が適切だったかどうか、王宮内でも見方が割れ始めたようです」


 アリアは思わず目を上げた。


 それはつまり、セドリックの“正義”に亀裂が入り始めているということだ。


 昨日までなら考えられなかった。だが、社交界でのレオンハルトの行動、学園での調査、そして偽装の綻び――それらが積み重なれば、第二王子の判断そのものが問われる。


「……殿下は」


 アリアは口を開いてから、言葉を選んだ。


「セドリック殿下を、どうなさるおつもりですか」


 レオンハルトの視線がまっすぐ向く。


「どうもしない」


「え」


「事実が揃えば、勝手に立場が揺らぐ」


 淡々とした答えだった。


 それがいかにも彼らしいと思う。感情で報復するのではない。事実を並べれば、相手は自滅する。そういう考え方なのだ。


 アリアは小さく息を吐いた。


 ざまぁ、と呼ぶにはあまりにも静かだ。けれど、その静かさの方がずっと怖い。


「君が望むなら、感情的に糾弾することもできる」


 レオンハルトが言う。


「だが、それでは君のためにならない」


「……はい」


 分かっている。分かっているからこそ、自分ももう、ただ泣いて悔しがるだけではいたくなかった。


「殿下」


 アリアは少しだけ迷い、それでも言葉を続けた。


「私、最初は……ただ名誉を取り戻せればいいと思っていました」


 レオンハルトは黙って聞いている。


「でも、今は違います。こんなふうに誰かを悪役に仕立てて、嘘を本当みたいに積み上げて、弱い立場のふりをすれば正しく見えるなんて……そんなやり方を、このまま通してはいけないと思っています」


 言いながら、自分の中に芯のようなものが生まれているのを感じる。


 傷つけられた。

 切り捨てられた。

 その痛みはまだ消えない。

 けれどその痛みが、ただの被害者では終わりたくないという意思へ変わり始めている。


 レオンハルトはしばらくアリアを見ていたが、やがて静かに言った。


「それでいい」


 その一言が、思っていた以上に深く沁みた。


 彼に認められたかったのではない。

 だが、今の自分の変化を、ただ一言で肯定されたことが嬉しかった。


 帰り際、ユリウスがそっと告げる。


「ローゼン嬢側は、かなり焦っているようです」


「焦って?」


「ええ。向こうも、こちらがどこまで掴んでいるか分からないのでしょう。近いうちに、何か別の動きがあるかもしれません」


 アリアは頷いた。


 崩れ始めた偽りは、綺麗には終わらない。

 追い詰められた側は、きっと何かをしてくる。


 それでも、もう以前のようにただ怯えるだけではいられなかった。

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