第14話 やさしい言葉より、確かな行動
茶会の翌日、王立学園へ行くと空気がまた変わっていた。
視線は相変わらずある。だが、そこに混ざる色が違うのだ。昨日までは悪意と好奇が主だった。だが今日は、そこへ戸惑いと計算が混じっている。
「昨日の茶会、見た?」
「皇太子殿下が……」
「どういうことなのかしら」
「やっぱり、まだ断罪は早かったのでは」
そんな囁きがあちこちから聞こえてくる。
それだけで、アリアはレオンハルトの行動がどれほど効果的だったかを思い知らされた。
彼は甘い慰めの言葉を囁いたわけではない。
「大丈夫」と抱きしめたわけでもない。
ただ、公の場で自分を隣に置いた。
それだけで物語は変わる。
「行動で示す方なのね」
思わず漏らした呟きに、エレノアがすぐに反応した。
「はい?」
「いいえ、何でもないわ」
だが内心では、妙な熱が残っていた。
茶会での出来事を思い出すたび、胸が静かにざわつく。助けられたからだろうか。あるいは、自分が“恥として隠される側”ではなく、“公に伴われる側”へ置き直されたからだろうか。
いずれにせよ、その感情にまだ名前をつける気はなかった。
昼前、アリアは教師に呼ばれて小さな応接室へ向かった。身構えたが、そこにいたのは学園の上級教員と、王宮側の書記官らしき人物だった。
「ルーヴェルト嬢」
書記官は事務的に一礼した。
「第一皇太子殿下の指示により、今回の件に関して、学園内で流された噂および証言の整理を進めています」
あまりにまっすぐな言葉に、アリアは一瞬だけ返答を忘れた。
殿下の指示。
学園内の噂の整理。
つまり、本当にここまで手を入れているのだ。
「つきましては、過去一か月以内で、ローゼン嬢と直接会話した記憶、または不自然な接触があればお聞かせください」
アリアは落ち着いて思い返した。
図書室ですれ違った時。
提出物の件で短く答えた時。
廊下で肩が触れそうになり、「気をつけて」と言った時。
どれも、今や悪意の材料として使われている断片ばかりだった。
「それ以上のものは、ございません」
そう答えると、書記官は丁寧に記録を取っていく。
その横で教師は居心地悪そうにしていた。昨日までの慎重さが、今は別の形での緊張へ変わっている。おそらく、皇太子の明確な介入によって、学園側も下手な扱いができなくなったのだろう。
応接室を出たあと、アリアは廊下の窓辺で一度立ち止まった。
助けると言うだけではなく、実際に動いている。
教師へ。書記官へ。社交界へ。
レオンハルトは言葉より先に道を作っていた。
その事実が、また胸を打つ。
午後、放課後に近い時間、ユリウスが短い伝言を持ってきた。
「例の侍女が口を割りそうです」
たったそれだけだった。
だが、それは大きな意味を持つ。
「侍女……」
「ローゼン嬢の周囲で動いていた侍女の一人です。金を受け取った形跡がある」
アリアの背筋がすっと冷える。
いよいよ、曖昧な空気ではなく具体的な綻びが出てきたのだ。
「本当に……誰かが」
「ええ。少なくとも、偶然ではありません」
ユリウスは静かに頷く。
「殿下は今夜にも詳細を詰めるおつもりです」
「私は何をすれば」
「慌てて動かぬことです」
即答だった。
「向こうが綻ぶ時ほど、こちらが余計なことをしてはなりません」
その言葉に、アリアは深く頷くしかなかった。
焦りたくなる。今すぐ真実を暴きたくなる。だが、自分が前へ出ればまた都合よく切り取られる危険がある。
守られることに慣れていない。
けれど、今は前へ出ないこともまた戦いなのだ。
その日の帰り、馬車の窓へ映る自分の顔を見て、アリアはふと気づいた。
少しだけ、表情が変わっている。
まだ傷ついている。
まだ苦しい。
だが、絶望だけではなくなっている。
やさしい言葉より、確かな行動。
その積み重ねが、知らぬうちに彼女の心へ小さな熱を灯し始めていた。




