表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『悪役令嬢の汚名を着せられましたが、真実を知った皇太子殿下が離してくれません』  作者: 御上常陸介寛浩(常陸之介寛浩)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/27

第13話 社交界での再登場

 三日後、王都の小規模な茶会に、アリアは母クラウディアとともに出席することになった。


 本来なら、婚約破棄騒動の直後に公の場へ出るのは避けたくなるところだ。だが今のルーヴェルト家に必要なのは沈黙ではなく、むしろ「隠れていない」という事実だった。


 クラウディアは朝から言った。


「今日は負け顔を見せてはなりません」


「はい」


「ただし、無理に笑う必要もないわ。堂々としていなさい」


 その“堂々”が今まで裏目に出てきたのでは、と一瞬思わないでもなかった。だが母はそれを見越したように続ける。


「一人で戦う顔ではなく、家がついている顔をなさい」


 アリアはその意味を理解し、静かに頷いた。


 茶会の会場は王都でも格式高い侯爵家の離宮だった。華やかではあるが、夜会ほど大勢が集まるわけではない。だからこそ、噂はより濃く回る。


 会場へ足を踏み入れた瞬間、あちこちの視線が向くのを感じた。


 婚約破棄された公爵令嬢。

 平民少女を虐めたと噂される令嬢。

 皇太子が口を挟んだ問題の女。


 さまざまな肩書きが、自分の後ろに貼りついて歩いているようだった。


 それでもクラウディアは一歩も引かず、アリアを伴って人々の前へ出る。挨拶は完璧で、視線は冷静で、少しも娘を隠す様子を見せない。その姿がどれほど強い後ろ盾になるかを、アリアはこのとき初めて実感した。


 だが、本当の意味で空気が変わったのは、その少し後だった。


 ざわめきが広間の入口から広がる。


 人々が一斉に振り向く。

 アリアもつられて視線を向けると、そこに現れたのはレオンハルトだった。


 黒に近い濃紺の礼装。余計な装飾を嫌うような簡潔さ。だが、その簡潔さがかえって彼の立場と美貌を際立たせる。


 第一皇太子が、こうした小規模な茶会へ顔を出すこと自体が珍しいのだろう。場の空気が一気に引き締まる。


 アリアの胸は、ひどく静かに大きく揺れた。


 なぜここに。

 偶然ではないのではないか。

 そう思う間もなく、レオンハルトの視線がこちらを捉えた。


 彼は迷いなく歩み寄ってくる。

 その姿に、周囲の令嬢たちが息を呑むのが分かった。


「ルーヴェルト公爵夫人」


「レオンハルト殿下」


 クラウディアが優雅に一礼する。アリアもそれに続いた。


「ご機嫌麗しゅう、殿下」


 ありきたりな挨拶のはずなのに、声が少しだけ硬くなる。自分でもそれを感じていた。


 レオンハルトは一瞬だけアリアを見てから、母へ向けて言った。


「少し、お嬢息女をお借りしても?」


 周囲の空気が、今度こそ明確に変わった。


 公の場で。

 しかもこれだけ噂の渦中にある令嬢を。

 皇太子が自らエスコートする。


 その意味を、誰もが一瞬で理解しただろう。


 クラウディアはさすがにわずかに目を細めたが、すぐに微笑を整えた。


「娘でよろしければ、どうぞ」


 差し出されたのはレオンハルトの腕だった。


 アリアはほんの一瞬だけためらった。だが、ここで躊躇う方がかえって悪い。そっと手を添えると、彼はそれを当然のように受け止め、そのまま会場の中央寄りへと歩き出す。


 ざわめきが背中に押し寄せる。


「まさか……」

「本気なの……?」

「ただの保護ではなくて?」

「でも、公の場でここまで……」


 アリアは耳が熱くなるのを感じた。


 守る。

 庇う。

 それだけではない種類の意味が、今の行動にはあった。


 レオンハルトは歩調を合わせながら、低く言った。


「顔を上げろ」


 アリアは少しだけ驚いて彼を見る。


「今さら怯えた顔を見せるな」


「……怯えているつもりは」


「つもりでなく、見え方の話だ」


 それは叱責ではなく、指示だった。


 アリアは小さく息を吸い、言われた通り顔を上げた。すると、確かに周囲の視線の受け止め方が変わる。噂の中で縮こまる令嬢ではない。皇太子に伴われ、真っ直ぐ前を見る公爵令嬢。


 その構図は、人々の中の物語を少しだけ塗り替える。


 テラスに面した位置まで来ると、レオンハルトは歩みを止めた。


「昨夜までより、ましな顔だな」


 不意の言葉に、アリアは一瞬反応が遅れた。


「……お褒めいただいているのでしょうか」


「事実を言っただけだ」


 相変わらず簡潔だ。だがそれでも、彼なりに状態を見てくれているのだと分かる。


「殿下は、どうしてここへ」


「必要だと思った」


 それだけだった。


 必要。

 その二文字に、アリアの胸がまた小さく揺れる。


 この人はいつもそうだ。余計なことは言わない。だが、言わないまま、必要な行動だけは取る。


 だからこそ重い。


「周囲が勝手な物語を作るのなら、こちらも見せるべきものを見せる」


 レオンハルトは広間を一瞥して言う。


「君が一方的に切り捨てられる立場ではないと」


 アリアは言葉を失った。


 助けられている。

 しかも、公の場で。

 これ以上ないほど分かりやすい形で。


 それがありがたく、同時に怖かった。これほどの後ろ盾を与えられて、自分は本当にそれに応えられるのだろうか、と。


「……ありがとうございます」


 ようやく絞り出したその一言に、レオンハルトは短く「まだ早い」と返した。


 だがその直後、近くを通りかかった年配の貴婦人へ、彼は自然な仕草でアリアを紹介した。


「ルーヴェルト嬢だ」


 まるで、何の問題もない令嬢を扱うように。


 その一事だけで、茶会の空気は目に見えて変わった。


 悪役令嬢として遠巻きに見られていたアリアが、皇太子に伴われて当然のように公の場へ出ている。

 その事実は、噂好きな社交界の人々にとって新しい餌であると同時に、迂闊に彼女を貶めにくくする枷にもなった。


 元婚約者より格上の存在が、あえて自分の近くへ置く。

 その意味を、誰も軽くは見られない。


 アリアはようやく、自分が“公の場で選ばれる”ことの重みを知った。


 それは、ただ庇われるよりもずっと強い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ