第十三章 見慣れない問題
「一番弱い?」
「変態種の中はね」アセプが説明した。
「変態種?」
「変態種は簡単に言うと、ドラウンドの上位版だ。ドラウンドより明らかに強くて、マンティスみたいな特殊な力を持ってる」
リサは俯いて考え込んだ。ウィスヌのことと、彼がやったことの記憶が頭の中を駆け巡った。前ほど胸が締め付けられる感じはない。ただ記憶はまだそこにあった。
「特殊な力って、例えばどんなのですか、ボス?」
「それだよ、マンティスは一人を自分の領域に拉致する力がある。生き延びるか死ぬかを強制される」デニスが答えた。
「領域?」
「五角形の、外から見ると……まあお前の顔の表情を見たら、見ないよだね」
デニスは自分の手に頬をついた。
「要するにあの暗いとこが領域だ。外から完全に干渉できない。一回、俺のドローン一機犠牲にしたことあるけど無意味に壊れただけだった。しかも新品のドローンだったのに」
「マンティスはね、リサ、変態種の中で一番よく見かけてたやつだよ。だいたい森の奥に現れる」ベータが言った。
「変態種はね、リサ。憎しみに完全に負けた存在なんだ。この前戦ったドラウンド、あのままにしてたら変態種になってたかもしれない。倒すのがあと少し遅かったら、私たちが死ぬ可能性は高い」ザヒラがリサの手をそっとさすった。
「あのドラウンドがマンティスになってたってこと?」
「それはわからない」ザヒラが答えた。
「なんでそう思ったの?」デニスが聞いた。
「強制輸血のブライト。浮気でしょ?」アセプがリサを見た。
「そうです、浮気。ブディマンさんの時と似てた」リサが続けた。
「違えんだ、リサ。マンティスのブライトは被害者が……」
アセプは人差し指をくるりと回して、まるで引き裂かれる線を描くように動かした。
「ぐしゃっと、憎しみを抱えたまま一瞬で乗っ取られるんだ」
「憎しみ……前はよくわからなかった。でも感じ時……」
リサが低く唸った。歯が震えていた。
「どんな感じだったの、リサ姉?」
デニスがすぐにコイの口を引っ張って塞いだ。リサは戸惑いながら、もがくコイを見た。コイがデニスの手を噛んだ。
「いたっ……このっ」
コイはアセプの後ろへ逃げ込んで隠れた。
「コイ、デニスと外で何か買ってきて」
アセプはコイの頭をなでた。コイが頷いた。デニスが小さくため息をついて立ち上がった。コイに続いて部屋を出ていった。
リサはドアをじっと見ていた。
「情報が多すぎて混乱してる?」
ザヒラが聞いた。リサはゆっくり頷いた。
「今は休んでて。また後で説明するよ。きっと精神的に疲れてるでしょ。変態種と一人で戦って、しかも何も知らな……」
「あれ、そうだよな……何も情報がなかったよな。変態種にコアが三つあるって知らなかったのはず……」
ザヒラとベータがアセプをじっと見た。
「ボス、その悪い癖まだ直ってねな。レイヴンがいたら、ボスは終わったぞ」ベータが静かに言った。
「わ、悪かった……忘れた」
「リサを殺しかけたんだ」ザヒラが呟いた。「情報はエージェントの命綱なのに」
彼らの言い合いが遠くなっていった。リサの目が重くなり、勝手に閉じていった。白い天井が黒くなった。
目の前にマンティスが真っ直ぐ立っていた。リサはすぐにダガーを掴もうとした。ない。ウエストベルトをしていなかった。マンティスが近づいてきた。ざわざわという音が大きくなる。リサは腕をクロスさせた。重いものが肩に当たったーー
人間の手だった。
「ありがとう、リサさん。おかげで今、あの悪夢から解放されました」
目の前に一人の男がいた。顔はわからないが、声には聞き覚えがあった。
「ウィスヌ」
ウィスヌが微笑んで、上へと飛んでいった。眩しい光が目に入ってきた。リサはゆっくりと目を覚ました。頭が重い。
アセプが左側で舌を出しながらリサの頭の上に何かを積み上げていた。リサは上を見た。果物が積まれていた。リンゴがリサの顔の上に落ちた。鼻が痛い。
「なんで起きるんだよ、落ちちゃったじゃねか」
リサは枕を引っ掴んでアセプに向かって投げた。アセプは笑いながらかわした。
「リサさん、今、お飲み物をーー」
看護師が後ろへ転んだ。リサが投げた枕を受けて、持っていた飲み物が服にかかった。幸い普通の水だった。
「ほら、看護師さんに当てたじゃないか」
「ボスのせい!!」
***
リサが受けた傷は前回ほど深刻ではなかったが、跡が残った。病院の鏡でお腹の周りに残る傷跡のラインを確認した。看護師が入ってきて退院できると告げた。
拠点に戻ると、その日は誰にも邪魔されずにベッドの上でそのまま眠り込んだ。翌朝、リサは倉庫に向かった。部屋の中は散らかり放題だった。歩くのも一苦労なほどだ。
デニスは机の上で何かを集中して回していた。
「デニス?」
リサが呼んだ。顔を下に向けて歩ける隙間を探している。
「リサ、どうした?」
「うわっ……いたっ……いたた」
リサはつま先立ちで進んだが、いろんなものが足を突いてくる。デニスは机の下から椅子を引き出して横に置いた。リサはすぐに座って足の裏をさすった。
「なんでサンダルを履いてこなかったの?」
「貼り紙がないから」
「あとで作る。で、何しに来たの?」
「あのさ、デニス、私あなたにお願いがあって――」
「ちょっと待って。『お願いがあって』はいいけど、『あなた』はやめて。『お前』とかって言い方、なんかこそばゆい」
「え……慣れてないんだよね……」リサが困った顔をした。
「やってみて。言うこと聞くのはやってみてから」
リサは唾を飲み込んでから口を開いた。
「こ、これ……お、おまーデニス、ダガーをおまーあなたがアップグレードしてほしくて。回転させても手から離れないようにしたいんだ」
「もういい、元の話し方に戻って。お前には合ってない」
リサはぶすっとして目を細めた。デニスがリサに手を差し出した。
「ダガー貸して」
「昨日あなたが拭いてくれたじゃん……」
「あ、そうだ」
デニスは大きなロッカーの方へ歩いていった。
「いたっ……くっ」
デニスが叫んだ。片足を持ち上げた。靴底にコンデンサが刺さっていた。
「なんでサンダルを履いてこなかったんですかね」
「う、うるさい……あとで片付ける」
デニスは一瞬振り返ってから前に進み、リサのダガーを取った。戻る途中でまた別のものを踏んだ。
「今やった方がよくない?」
「あとでいい……面倒だから」
デニスは跳びながら歩いて椅子に腰を下ろした。
「で、何を追加してほしいの?」
「何か付けてほしくて。ダガーを素早く回せるように、こんな感じで」
リサはダガーを取って、刃が上になるように持ち替え、また逆向きにした。
「これって気をつけないと手から離れるじゃない? でも何か付けてくれたら、カランビットみたいになるかなって。下に丸い輪っかを付けて親指に引っかけられるように」
「カランビットを知ったか。何も知らないと思ってた」
デニスはダガーを取って定規で下の部分を計り始めた。
「たまに漫画に出てくるから。カランビット、なんかかっこいいじゃん」リサの声が少し弾んだ。
「漫画好きなの? 何の漫画?」
デニスは横のプラスチック素材を取りながら聞いた。
「カービットマン」リサが答えた。「強いし、武器もいっぱい出てくるし」
「それ知ってる、武器が変形するやつだろ」
「そう、そう、それ。同じの作れる?」
「少しは頭を使え。現実とフィクションを区別して考えな」
「できると思ったんだもん。あなたのドローンだって遠くから狙い撃ちできる銃みたいになってるじゃない」リサは手で銃の形を作って空に向かって撃った。
「まあ……大体は作ったけどな」
「え? 何? 聞こえなかった」
「何でもない。他にどんな漫画読んでるの?」
そのままデニスとリサの会話が続いた。リサは覚えている漫画の話を次々と嬉しそうに話した。デニスはリサのダガーをいじりながら、確認したり自分の感想を話したりした。気がついたらかなりの時間が経っていた。アップグレードがいつの間にか完成していた。
「試してみて、リサ」
デニスがダガーを渡した。リサは受け取り、両親指をそれぞれのリングに通した。リングがダガーの横にぴたりとついた。
リサは刃が下になるように持った。上に投げると、リングのおかげで手から離れない。しかもリングが動いて、リサがダガーを掴みやすいポジションに自動で合わせてくれた。さらにリングの磁石がダガーの回転を速めた。
「あ、想像してたのと違うけど、すごくいい。リングが動くとは思ってなかった」
「固定されてたら、持ち替えるたびにリングを外さないといけないじゃないか。アップグレードのつもりが逆に不便になる」
「あ、確かに。デニスって本当に天才だね」リサが心から言った。
デニスはリサをじっと見ていた。黙ったまま。
「デニス?」
「ん? 何?」デニスがはっとした。
「大丈夫? 眠い?」
「だ、大丈夫。ちょっと眠いだけかも」デニスが答えた。「もう行っていいよ、片付けてから寝る」
「あ……そっか。ありがとう、ちゃんと休んでね」リサは立ち上がって手を振り、倉庫を出ていった。
「いたっ……片付けてよね」
「うるさい!」デニスが叫んだ。リサはもう倉庫を出ていた。
「天才……か」
第三部、読んでくださってありがとうございました!
デニスの最後の一言……「天才……か」
ずっとぶっきらぼうだった彼が、あの一言だけ残して。私のお気に入りです。
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また次話でお会いしましょう~!




