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34話 二人の夜の始まり

 顔を赤らめさせながらもじもじとするダイアナの姿は、親衛隊としてそれなりに長く彼女の近くにいたセリオとメイベルでさえも見たことが無いものだった。

 呆然としていたセリオが我に返ってダイアナに問う。



「で、殿下、一体なにがあったのですか!? カズトに何かされたのですか!?」



「そ、そうではない、わけではないのだが……」



 ダイアナはセリオの言葉をとっさに否定しようとしたが、魔人との戦いの間、カズトにずっと抱かれていたため否定しきれなかった。

 そしてその光景を思い出してさらに顔を赤くする。

 そんなダイアナの様子を見て、セリオはキッと焚き火を起こしているカズトを睨みつける。

 そして彼がダイアナに何をしたのか問いただすために足を動かしたーー直後に、その後ろ首をメイベルが掴んだ。



「ぐぇ」



 セリオの口からカエルが押し潰れされた状態で鳴いたような声がでる。

 そんな彼を無視してメイベルはダイアナに言葉をかけた。



「殿下、カズトは平民で冒険者です。そのことをゆめゆめお忘れなきよう」



 メイベルは同じ女としてダイアナの様子から彼女がカズトにどのような想いを抱いているのかすぐさま見抜いた。

 しかしダイアナとカズトでは身分差があるため、そのように忠告したのだ。



「……ああ、分かっている」



 メイベルの言葉を聞いたダイアナはすぐさまその意味を理解し、悲しそうな顔をした。

 彼女だってそのことは嫌というほど理解している。

 ただ考えないようにしていただけなのだ。

 そんな彼女にメイベルは続けて声をかける。



「ですが、彼には魔人を倒すほどの実力があります。加えてまだ身体能力はそれほど伸びていない模様。つまりまだまだ伸びしろがあるということです。彼が今よりもっと成長すれば、もしかすればランクA、いやランクSにも届きうるかもしれません。そうなればあるいは……」



 そこでメイベルが言葉を区切る。

 その言葉を理解したダイアナは目を見開くほど驚いていた。



「そうか、そうだな! それならまだ希望はあるな!」



 ダイアナはいつも以上に輝くような笑顔を浮かべる。



「ですが、さすがにこの待遇はやりすぎです。いくらなんでもこれではカズトも緊張してしまい、食事が喉を通らなくなるでしょう」



「む、そういわれてみればそうか。仕方ない。カズトの分も野宿用の椅子にしよう」



 そして二人は今の会話をいまいち理解できないでいたセリオを置いて、カズトをどんなふうに食事の席に歓迎すればいいか話し合いを始めた。

 しかし現実はそう上手くいくものではないのである。







 パチパチと枯れ木や枯れ草の水分が弾ける音を聞きながら焚き火の前で魔力制御の練習をしていたカズトに、ダイアナから食事の準備ができたと声がかかった。

 彼は返事をして練習を止め、そちらに向かう。

 するとダイアナ達が食事をする席に四つの椅子が置かれてあることに気がついた。



(あれは……ああ、そういうことか)



 そしてその意味をすぐさま悟る。

 おそらくあれは自分へのお礼だろう、と。

 しかしカズトはこの後どうするかすぐさま決めた。


 ダイアナの下へやって来た。



「カズト、その、えっと、実はだな、私達を助けてくれたお礼に一緒に食事でもどうかと思うのだが……」



 カズトの目を見るのが恥ずかしいのか、ダイアナは顔を赤らめさせながら俯いてそう言う。

 しかしカズトがどのような反応をするのか見たいのか、上目遣いでチラチラと見る。

 その様子は非常に可愛らしいものであり、セリオとメイベルでさえも見入ってしまっていた。

 だがカズトは相変わらずそんな様子のダイアナに見入るようなことはなく、なぜそんなに顔を赤くしているのか訝しげに思うのみであった。

 そしてカズトはあらかじめ決めた通りの言葉を発する。



「申し訳ありませんが、それは遠慮させていただきます。自分は皆様と違い平民ですので、干し肉で十分です」



 平民、という言葉をことさら強調してそう言った。

 カズトは既にダイアナ達と距離をおくと決めている。

 それは溜まったストレスをダイアナ達にぶつけるようなことが万が一にもないようにという配慮だ。

 豪華な食事を食べればストレスはある程度解消されるだろうが、一度決めたことを破ってしまうと次に破る選択肢が出てきたとき、それを選択する心理的なハードルが下がってしまう。

 そのためカズトは豪華な料理を食べるチャンスを不意にすることを選んだ。

 加えて、カズトの中には未だに王族と貴族は嫌な人だという思いがある。

 そんな人達と一緒に食べるのは遠慮したいという気持ちもあった。


 それに対してダイアナはカズトの言葉を聞き、酷くショックを受けた。

 しかしそう言われてしまえばダイアナも強引に誘うことはできない。

 いや相手がカズトでなければそのような行動に出ていたかもしれないが、彼女の心の奥底にはカズトに嫌われたくないという恋する者なら誰でも持っている気持ちがある。

 そのためダイアナはカズトの言葉を受け入れる以外に選択肢はなかった。



「そう、か。カズトがそう望むなら、わかった」



 そう言ってダイアナは亜空の腕輪から干し肉を出し、カズトに渡す。

 それを受け取ったカズトはお礼を言って焚き火の前に戻った。







 そして夜。

 ダイアナが命を救ってくれたお礼として魔物の革でできた寝袋を差し出してきたので、特に断る理由もなかったカズトはそれを素直に受け取った。

 そして見張りの番が来るまでそれを使って泥のように眠ったカズトは、セリオに起こされて目が覚めた。



「見張りの交代の時間だ。いいな、くれぐれも殿下に変なことはするなよ」



「わかってますよ……」



 寝袋からもそもそと這い出ると、セリオに分かりきったことを言われた。

 もっとも、カズトの身体能力はダイアナには遠く及ばないので例え彼女に不埒な行いをしようとも、すぐに叩きのめされるだけだろう……とカズトは思っているため、そんなことをする気は全くない。



(まあ、そう言いたくなる気持ちは分からなくもないけど)



 今夜の見張りは前日のように男女で分けたものではない。

 夕方から夜中にかけてセリオとメイベルのペアが、夜中から朝方にかけてダイアナとカズトのペアが見張りをすることになっているのだ。

 なぜこのようなペアになったのかは推して知るべしである。


 寝袋についた土を払って、綺麗に畳んだカズトは焚き火の近くに座り込む。

 そして魔力制御の練習をしていると、ややあってダイアナがやってきた。



「カズト、隣に座ってもいいか?」



「ええ、構いませんよ」



 カズトのすぐ横にダイアナが座る。

 その距離は普通の男女の距離ではなく、肌と肌が軽く触れ合うほどの距離だ。

 そんな距離に座られたのだから、カズトは不覚にもドギマギしていた。


 対してダイアナも心臓の鼓動が聞こえるほど緊張しており、心の中でメイベルに助けを求めていた。

 まあ、このように行動するのが良いと密かにダイアナに指示したのもメイベルなのだが。


 そんな二人の夜が静かに始まった。

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