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33話 大樹の下で

 最後まで魔人が硝酸の海に溶けきったのを確認して、ようやくカズトはホッと一息つく。

 なにせ魔人は体全体が焼けただれていても、回復することができるのだ。

 そのためカズトは完全に息の根を止めたと確信できるまでは、油断せずに気を抜かなかった。



「ふぅ。ここまで完全に溶けたらさすがに回復できないでしょ。とりあえずこの空間の温度を下げてっと」



 パチン!



 高温に熱されていた空間があっという間に常温にまで戻る。

 そしてカズトは分子固定結界を解除し、ダイアナをそっと地面に座らせた。



「僕は先にセリオさんとメイベルさんの様態を見てきます。申し訳ありませんが、王女さまは少しここで座って待っていてください」



「あ……」



 そう言うとカズトはすぐさまセリオの下へと走っていく。

 そんな彼の腕から解放されたダイアナは、どこか寂しい気持ちを抱きながらその背中を見送った。







 セリオとメイベルは魔人に吹き飛ばさた拍子に体を強く壁に打ちつけ気を失っていた。

 しかし命に別状はなくカズトが回復魔法で傷を完全に治したため、後は二人の意識が回復するまで待つだけとなった。

 それからカズトと彼の回復魔法で完全に回復したダイアナは、セリオとメイベルをそれぞれ一人ずつ担いで今朝野宿した大樹の前までやってきた。



「そうしてカズトと二人で見張りをしているとお前達の目が覚めた、というわけだ」



 自分たちが気を失っている間の説明をダイアナから聞き、セリオとメイベルは悔しそうな、それでいて申し訳なさそうな顔をした。



「そうでしたか……。殿下の親衛隊でありながらこの不始末。誠に申し訳ございませんでした」



「私も。一度だけでなく二度も魔人にやられてしまい、申し訳ございませんでした。もっと精進して、次こそは必ずや殿下をお守りいたします」



「ああ。頑張ってくれ。期待しているぞ」



『はっ』



 二人はダイアナのその言葉に次こそは、という決意を込めて返事をした。

 それから彼らはカズトの下へ向かう。

 カズトはセリオとメイベルが目が覚めてからはずっと近くで枯れ木と枯れ葉を集めていたため、すこしばかり見つけるのに時間がかかった。

 セリオがカズトに声をかける。



「カズト」



「はい?」



 カズトが手を取め、後ろを振り返る。

 そしてセリオとメイベルはカズトの正面に立ち、謝罪と感謝の気持ち口にした。



「カズト、今回は殿下と俺達を守ってくれてありがとう。本来ならば殿下を守るのは俺達の役目なのに、迷惑をかけた。すまない」



「私も二度も命を救ってくれてありがとう。それとカズトに多大な迷惑をかけてしまって、ごめん」



 頭を下げることこそ無かったのものの、二人にとってみればこれは最大限にできる謝罪であった。

 というのもこの世界では現代日本よりも身分差がはっきりと分かれているため、平民よりも上の立場である騎士は平民に頭を下げるなどもってのほか、という常識がある。

 しかしその常識を知らないカズトからしてみれば、二人はただただ上から目線で謝ってきたようにしか見えず、高圧的にそう言ってくるようにさえ感じた。



(謝るなら頭くらい下げるのが普通でしょ。なのになんでこうも高圧的なのかな)



 そのためカズトは内心彼らのことを礼儀がなっていないと判断し、密かに憤った。

 だがさすがにそれを表に出して彼らに言うなんて事はしない。

 カズトは彼らが倒せなかった魔人を一人で倒したとはいえ、それは魔法勝負が主体であったからだ。

 もしあの魔人が魔法特化型ではなく物理的な攻撃も普通に仕掛けてくる他の型の魔人であれば、カズトも早々に殺られていただろう。

 ついでに言えば、魔人を倒したとはいえカズトの身体能力は未だにセリオ達に劣っている。

 つまり今目の前にいるセリオとメイベルが剣を抜けば、魔法を発動する前にあっという間に叩き斬られる事になる。

 そのためそれを理解しているカズトは表面上は普通の笑顔で接する事にした。



「いえ、気にしないでください。僕が勝てたのもたまたま相性が良かっただけですし」



 それからカズトはそれより、と話しを続ける。



「王女さまの護衛は大丈夫なのですか?」



 普通にこの言葉を受け取ればダイアナのことを心配しているように言ったが、カズトは言外に早くあっちに行ってくれ、という意味を込めてそう言った。

 彼はこれ以上ストレスを溜めたくなかったし、初めて干し肉を貰った時点でなるべくダイアナ達とは距離を置くと決めていたからだ。

 だがセリオとメイベルはカズトの言葉の真意に気づかず、額面通りに受け取った。



「そうだな。俺達は殿下の護衛に戻るとするよ」



「はい。がんばってください」



 そう言ってセリオとメイベルはダイアナの下へと戻っていった。

 カズトもまた彼らに背を向け枯れ木と枯れ葉を集め始める。








 それから少し時間が経ち、ダイアナが亜空の腕輪からテーブルや椅子を出して夕飯の準備をし始めた。

 大きなテーブルに豪華な食事が次々と並べられる。

 そして椅子は三つではなく四つも用意されている。

 四つ目の椅子はいうまでもなくカズトの席であろう。

 それを用意している本人は鼻歌を歌っており非常に上機嫌である。

 そんなダイアナにセリオが声をかけた。



「殿下、これはどういうことですか?」



 そう言ってセリオは用意されている四つの椅子の内、一つの椅子を指さした。

 それを聞けばこれまでのダイアナならば貴族の常識に逆らわず、あっさりと椅子を仕舞った事だろう。

 だが今回の彼女はそうはいかなかった。



「セリオも分かっているだろう? これはカズトの席だ。おっと、貴族の常識がどうとか言うなよ? カズトは私達の命の恩人であり、今回の魔人討伐の立役者だ。お礼に豪華な食事を振る舞うのは当然だろう?」



 そう。カズトはダイアナ達の命を救い、さらには魔人を倒したのだ。

 そのためお礼をしなければ、いくら自分たちが高貴な身分だからといってそれは恥になる。

 それにダイアナ個人としてもカズトと食事をしたかったので、なおさら退くわけにはいかない。

 だがセリオが言いたかったことはそうではなかった。



「いえ、自分が言いたかったのはそうではありません。自分もカズトに礼をすべきだと思っておりましたので」



「ん? そうなのか? それなら何が言いたいんだ?」



 ダイアナが訝しげにそう尋ねる。

 彼女はセリオが何をいいたいのか、全く分からなかったからだ。

 そんなダイアナの様子を見て、セリオは困惑しながらも誰でもその質問の意味が分かるであろう問いを今度は詳しく投げる。



「自分が聞きたいのはなぜ野宿用ではない、こんなにも豪華な椅子を設置しているのか、ということです」



 そう。ダイアナがカズトのためにと出した椅子は、野宿では決して使わないような巨大で豪華な椅子だった。

 他の三人が座る野宿用の椅子とは明らかに違う。



「いくらカズトに命を助けて貰ったとはいえ、これは些かやりすぎではないですか? それとも何かほかに理由がおありなのですか?」



 セリオが畳み掛けるようにそう問い詰める。

 しかしダイアナはその言葉にすぐさま言い返すのではなく、急に顔を赤らめもじもじとしだした。



「ほ、他に理由は、その、あの……えっと……」



 尻すぼみになりながら顔を俯かせて恥ずかしそうにするダイアナ。

 これまで一度も見たことがないダイアナのそんな反応を見て、セリオとメイベルは呆然と口を開けた。

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