休み時間・2
*【休み時間】 *
休み時間に入りチャイムの音と同時に席を立ったところで、
「ね、ねえ、ジェイッ」
「ん? どしたの、啓?」
「あ、あのっ、あのねっ、あのっ、ジュース買いに行かない?」
「うん? いいけど?」
啓に声をかけられ、休憩室にある自販機目指してテクテク二人で廊下を歩いてくことになった。
「みんなの顔すごかったね」
休み時間の到来を告げるチャイムの音と同時にフリーズしてしまい、天地もわからぬ忘我の状態になってた人とか。
タスキを受け取る直前の町内駅伝のアンカーの人みたいに使命を帯びた顔つきでこれから駆け出していこうとしていた人とか。
なんかもうクラスの中が、虹色の蜘蛛の巣が張り巡らされてるみたいな異空間になっていた。
「え、うん、そうだね」
「啓。君はいいの? のんびりジュースなんか飲んでて」
あの突発的な疑似バレンタイン祭に参加しなくていいのだろうか。まあこんなとこ僕と歩いてるくらいだから、いいんだろうけど。
「あ、も、もしかして、ジェイ、用事あったりした!?」
「んーん? あるようなないような? 別にないかな」
「そ、そう……」
啓はホウッと息を吐いた後、右手で小さな拳を作って胸にあてがったりしていた。
「どしたの? 動悸息切れ目眩な感じ?」
「え、あ、ちょっと寝不足で」
「なんか顔も赤いし」
「きょ、今日は暑いからねっ」
「なんでそんなに早口になってるの?」
「え、えと、え、は早歩きしてるからかな!?」
「なんでおばあさんのお耳はそんなに長いの?」
「そ、それはねっ……て、へ?」
「いや、なんでもない」
なんとなく便乗しての『赤ずきん』でした。『おばあさん。なんでおばあさんのお耳はそんなに長いの?』正解は、『おまえの言うことがよく聞こえるようにさ』。
啓は首をかしげながら、「長いかな……?」と自分の耳たぶを引っ張ったりしていた。
全然関係ないが、さっきの質問を受けて『福耳だからさ』と答える人がいたら惚れるかも。
*
「うららかうららか」
僕は一息でガ○ナを飲み干し、空き缶入れに対して投球フォームを取ってみせた後、何事もなかったように缶を握った手をおろし、投げずにいた缶をちゃんとごみ箱まで歩いて捨てに行った。
啓は戻って来た僕を見ると、まだ中身が残っているらしいお茶の缶をテーブルに置いて、立ち上がった。
『ジュースとお茶が同じ値段だ』ということに抵抗を覚え、どれだけ喉がかわいていても食事時以外ではお茶は買わない事を鉄則としている僕からすれば、なんの屈託もなくお茶を選べる啓はなんとうらやましい人間だろう。
「ジェイ、話が、あるんだ」
「なに?」
斜め上にある啓の顔をまっすぐ見上げると、彼の顔色はさっきまでとは逆になんか白くなっていた。これまでにも緊張しいの彼が極限に達した時これくらい白くなってるのを何度か見たことがあったけど、いったいどうしたんだろう? それともやっぱ調子悪いのかな。暑気あたりだろうか。ああ、だから水分補給にこの貴重な休み時間を費やしたのか。
「僕は、」
啓の真っ青な唇が震えていた。貧血起こしたら困るから、座ってた方がいいかも?
「君が、好きです」
啓の顔の向こうに、窓越しの青空が広がっているのがやけにくっきりと見えた。
空の高みに体が吸い上げられるような錯覚。
「好きです、すごく」
言い終えると、啓は何かに耐えるように、ぎゅっと目をつむった。
目に痛いほどの青空だった。
意識は空の高みにあって、
「……ふざけるな」
なのに自分の体からもれだした声は、地の底を這うような低さだった。
「……え?」
しわがれた、老婆のようなかすれた声。自分の声が耳に届くと、自分自身ぞっとした。
この上もなく醜いもの。ぜったい誰にも、聞かれたくないもの。ぜったいあの人には、聞かせられないもの。
「ふざけるなあっ!」
ドンッと、体当たりするように啓の胸に拳を当て、それから引き寄せるように啓のシャツを握りしめていた。
「ジェ、ジェイ?」
「僕が好きだって!?」
「ジェイ?」
「僕が好きだって!?」
啓は戸惑いに揺らいだ瞳を僕に注いでいた。それでも、はっきりと僕に頷いてみせた。
「…………」
僕は一瞬顔を歪め、それから、
「そんな感情っ、偽物だ!」
大声で叫んでいた。
「あの世界で僕が主人公だったからっ、その上幼なじみって設定だったからっ」
叫ぶ度に、シャツを掴んだ手が揺れて、啓のシャツの皺を深くしていった。
「だから、君は僕のことが好きで、優しくしてくれて、大切にしてくれて、――全部、そういう、設定だったから」
「ジェイ、僕、そんな――」
「なら、そんなのっ、全部嘘っこだっ。作者が用意した設定に強要されてるだけなんだっ」
激しく頭を振っているせいで、自分の髪の毛の先がパシパシと自分の頬や首筋に当たる。まるで、蛍光灯に体当たりする羽虫みたいに。
「そんな嘘の感情に動かされないでよっ。そんなものに支配されないでよっ」
「偽物、だなんて――。そんなこと言わないでよっ。僕は本気で君のことが――」
「やめてよっ。聞きたくないっ。もう言わないでよっ。――言わないでっっ」
啓は、ひどく傷ついた顔で僕を見ていた。狂ったように首を振り、全身で啓の気持ちを否定する僕を。でも、今の僕に啓を思いやる余裕はなかった。
だって――、そんな設定さえなければ、あの人はあんなに苦しまずにすんだんだ。
「なんで、こだわらないでいられるの? こんな、に、まっすぐ、好きだって。なんでためらわないの? なんで君だけ、縛られなくて、君は――。ずる、い」
「ごめん、ごめん――。泣かないで。ジェイ……。もう、言わないから」
頭のてっぺんから熱が伝わってくる。小さな子をあやすように載せられた手。
まるで、白くて温かい、あの人の手のように。
「ごめんね、謝るから。ごめん、泣かないで、ジェイ。僕が悪かったから」
――『あの人』? あの人って……誰だ?
『――誰?』 誰って、……何が?
なんで僕、泣いてるんだ? なんで僕、叫んだりしたんだ? いったい僕は、何を言っているんだ? 思いもかけない告白で、混乱してるから? なんで啓は、こんな無茶苦茶な僕相手に本気で謝ってんだ? わけのわからない理屈で一方的に啓を責め立てているのに。謝るのは僕の方だろ? なのに、なんで涙が止まらないんだ。
なんで僕、こんなに何もかもわからないままでいるんだろう。赤ずきんちゃんの狼さんみたいに、一々丁寧に疑問に答えてくれる人がいたらいいのに。そうしたら、このもやもやが少しはすっきりするだろうに。――たとえそれが、嘘の答えであったとしても。
「なんで君が泣いたのか、僕にはよくわからないけど――。たぶん僕は、君の大切な『世界』を、傷つけちゃったんだね」
僕の空白の頭の中を、啓の泣きそうな声がひたひたと満ちていく。
「ごめんね、僕は君を、守りたかったのに」
頭に載せられた手から熱がじわじわとしみて、頭から蝋燭みたいに溶けていきそうだった。
「ごめんね、ジェイ。もうしないから。もう、泣かないで」
溶けて固まって溶けて固まって、繰り返して繰り返して、いつまで経っても熱はそこにあった。
世界から切り離されたみたいに、僕たちはいつまでも二人して立ちつくしていた。




