二時間目
* 【二時間目】 *
「では、一時間目の続きといきましょう。先ほどは残念ながら自首してくる人もおらず、話がうやむやになってしまったのでしたが、どうです? この休み時間の間に気は変わりましたか?」
ええ、ええ。そこで僕を見てくるだろうとはもうわかってましたよ。ここでまたくってかかっても話が進まず、その上僕にとって不利な展開ばかりが待ち受けていることは予想済みですよ。もう反応してやらんぞ。
僕は大人な態度で能面顔を貫いた。
「そうですか、わかりました。ではここは民主的に、多数決でいきましょう。皆さん、目をつむってください。ジェイさんが犯人だと思う人は挙手をお願いします」
「いやそれはあからさまに僕だけ狙い撃ちだろう! 民主的ないじめはやめろよ! そして皆さんばっちり手を挙げてくださってますね!?」
見える範囲、それはもう一糸乱れぬ意思の統一っぷりだった。
椎なんか、ついさっきまで『啓犯人説』を唱えていたくせに、そんなもの存在しなかったように率先して挙手していた。そして『彼だけは――っ』と期待をかけて目をやった幼なじみにまで裏切られた。啓は薄目を開けて周りをこそこそ見回して、みんなが手を挙げてるのを確認した後、おそるおそる自分も右にならえしていた……。
「文句の多い人ですね」
これみよがしに溜息をつく眼鏡。
「皆さん、目を開けてください。どうやら犯人に更生を促すことは難しそうですので、他の方法を考えましょう」
他の方法――。まさか、拷問で自白を迫るとか――!?
「犯人が『お題』を返還しないかぎり、世界は確実に暴走します。それを防ぐためには、どうすればいいと思いますか? はい、ジェイさん」
「石抱きと水責め以外でお願いします!」
「頭わいてんですか?」
「え、じゃ、じゃあ蜂蜜――!?」
蜂蜜を体中に塗って木に縛り付けておくというあれですか!? 前に椎が半ば強制的に読ませてくれた『世界の拷問百科』に載っていたあれを僕で試そうと――。
「あなたは私にいったい何を強要しようとしているのですか?」
すっごく冷たい目で見られてしまった。今までの冷たさとはニュアンスが異なっていた。なぜだか自分がお馬鹿に思えて、哀しくなった……。
「らちがあかないので、ではジェイさんの隣へ行って、啓君。何か意見はありませんか?」
「え。あ、はい」
啓は返事をした後居心地悪そうに席を立って、意見を述べた。
「え、と……。その受信した人が諦めないんだったら、もうしょうがないからお題を達成させるしかないかな、と思います。あ、放っておく、っていう意味じゃなくて、その、別の形で達成させたらいいんじゃないかな、って。達成するのは『受信者』じゃなくてもいいみたいですし、これまでも、『受信者』以外の人たちで頑張ってそういう形で終わらせたことがあったし。えと……、だから、今回も、僕たちの方で先にお題に平和的な解釈を与えたらいいんじゃないかなと思います。あの、誰か特定の人が『敵』に回されたりしたらかわいそうですし、戦いとかになったら危ないですし」
啓がおどおどと眼鏡を窺いながら言うと、
「続けてください」
眼鏡は縦皺を深くしながら仏頂面で啓を促した。
うむ、やはり当事者に『敵認定される魔王』としての自覚はあったか。
「は、はい。それで、このお題って、ただの誇張表現としても受け取れるんですよね。『たとえば世界を敵に回すことになったとしてもかまわないくらい君のことが大切なんだ、それくらい君のことを――あ、愛してるんだ』ってふうにっ。だから、そんなふうに、誰かが好きな相手に愛を告げるだけでも、お題は達成したことになるんじゃないかなって……っ。そしたら現実の『敵』とかいらないし。――えと、あの、……以上ですっ」
「おお――っ」というどよめきに包まれながら、耳まで真っ赤になった啓は早口でそこまで言い切って、ガタンと盛大に音を立てて椅子に座った。
うーむ。あの受動的な啓が、お題達成のためとは言えクラスメイトに対して『おまえらこれから熱烈な愛の告白をしろ』とは。育ったな、色々と。
んー……、でも僕、誰が誰に片思いしてるとか、あんまりそういうの、知らないんだよな。今恋愛中の人、いるのかなぁ? いても知りたくないっていうか……。
僕がこれまで恋愛系のお題受信を避けてきたのは、そのせいもある。『誰かを好き』って気持ちが全部もとからそういう『設定』だったからなのかな、とか思うと、やり切れなくなるから。
作者の人がそう決めたから『好き』なのだとしたら。その人にとっては嘘じゃなくて本気の『好き』なのに、偽物の感情になってしまうんだろうか。
僕の目はクラスの中をぼんやりとさまよいかけて、
「私の顔に何かついていますか? ジェイさん」
意思の力で途中過程を飛ばし、眼鏡の目のとこに視線の先をたどり着かせていた。
「んー、別に。今誰かの顔見たらなんか邪推しちゃって勝手に自分一人で気まずい思い抱えそうだから、恋愛とは全く無関係を通していそうなおまえの顔でも見てようかな、とか思っていたかどうかは不明だな」
「穴が空くほど凝視されると怖いんですけど。やめていただけませんか?」
「まあそう言わず、もう少しこらえてろ。にしても『恋愛に縁がない顔』、というところは否定しないんだな」
「心底どうでもいいからです」
『誰かの顔』の『誰か』の部分が、他の言葉に置き換わりそうになる。
この位置から少しでも視線をずらすと見えてしまうから。
だから僕は、眼鏡だけを見る。
他の何も見ない。
「とにかく」
眼鏡はなんか言いたげだけど諦めたような微妙な顔で仕切り直した。例えて言うなら、『雨が降って来たから洗濯物を取り込もうとしたら雷雨な豪雨で、外に出れば自分自身がびしょ濡れになるし、洗濯物にいたっては取り返しようもなくすでにずぶ濡れだからもう取り込むことを諦めた』という感じの微妙さだった。
我ながら、自分の挙げた例えが意味わからん。
「啓君の意見で一応の答えは出ましたので、もう彼の解釈でいってしまいましょう」
「エッ!?」
啓がすっとんきょうな声を上げた。
「次の休み時間が来たら体育館裏でもそこの廊下ででもどこでもいいですから告白に行ってください。それでお題達成になるかどうか見てみましょう」
「エエッ!? で、でも、僕っ、は、わわっ、次の休み時間ってっ、まだ心の準、ま、まだっ」
日本語を崩壊させて騒いでいる啓に、
「落ち着いてください、啓君。何もあなたに限定して言っているわけではありません。実行するのは誰でもいいんです。駄目だったら次の手を考えますから、適当にやってみちゃってください。望みが全くないであろう人たちも玉砕前提でかまいませんから潔く当たって砕けて来てください。そういうわけで、告白しやすいよう休み時間になったら全員教室から出てってくださいね。それと、出た後群れるの禁止ですから。では、この後は通常授業に戻します。教科書を出してください」
と、眼鏡は強引に決めていってしまった。
次の休み時間。後四十五分先。時計をアップルパイのように四つに割ったら、そのうち三つ。
A was an apple-pie, B bit it, C cut it, D dealt it.
昔。遠い遠い昔。あの人が寝る前に歌ってくれたマザーグースが耳の奥を流れてく。
そうっと柔らかに頭に載せられた手のひらの温かさが、しっとりと滲んで心を濡らしてく。
次の休み時間が来たならば、アップルパイの食べすぎで、僕はお腹を痛くする。
美味しいみんなのアップルパイ。独り占めにしようとしたせいで。
トイレの個室にこもりっきりで、誰の顔も見えりゃせぬ。
パイが流れて出たならば、すっきり顔で、教室帰還。




