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僕が悪役令嬢で悪役令嬢が僕で  作者: 紺木羽ノ歌


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第6話 平民の朝は、思ったより騒がしい



「お兄ちゃん、起きてー!」


「……?」


 朝。


 私は、聞き慣れない声で目を覚ました。


「お兄ちゃん! 遅刻するよ!」


「……」


 目を開ける。


 見慣れない天井。


 質素な部屋。


 小さな机。


 壁際に並んだ本。


 そして――


「……そうでした」


 私は自分の手を見る。


 レイの手だ。


 数日前から、何度確認しても変わらない。


 私は今、レイの身体に入っている。


「お兄ちゃーん!」


「はい!」


 私は反射的に返事をした。


 扉が開く。


 元気そうな少女が顔を出した。


「やっと起きた!」


「おはようございます、ミアさん」


「……」


「?」


「なんでそんなに丁寧なの?」


「……」


 しまった。


「寝ぼけてました」


「寝ぼけてる人って、そんな喋り方する?」


「します」


「しないと思うけど」


「します」


「……変なお兄ちゃん」


 ミアは首を傾げながらも、すぐに笑った。


「ほら、早く着替えて!」


「はい」


「朝ごはん冷めちゃうよ!」


「分かりました」


「あと五分!」


「え?」


「お兄ちゃん、いつも『あと五分』って言うじゃん」


「……」


 私は黙った。


 なるほど。


 レイは朝に弱いらしい。


 ――これは覚えておきましょう。


 私は立ち上がった。


「では、着替えを――」


 そこで気づく。


 誰も来ない。


「……」


 しばらく待つ。


 誰も来ない。


「……?」


 さらに待つ。


 誰も来ない。


 私は部屋の扉を開けた。


「ミアさん」


「なに?」


「着替えは?」


「そこにあるじゃん」


「……自分で着替えるのですか?」


「うん」


「…………」


「何その顔」


「いえ」


 私は制服を手に取った。


「自分で着替えるという文化があるのですね」


「文化って……」


 ミアが笑いながら扉を閉める。


「早くしてねー!」


「……はい」


 数分後。


 私は制服を着終えた。


「できました」


「普通にできるじゃん」


「はい」


「じゃあ行こ!」


「はい」


 部屋を出る。


 居間には朝食が並んでいた。


「おはよう、レイ」


 父親のトーマスが新聞を読みながら声をかけてくる。


「おはようございます」


「……ん?」


 新聞が下がる。


「どうした?」


「何がです?」


「いや……」


 トーマスは私を見る。


「なんか今日、妙に礼儀正しくないか?」


「そうでしょうか?」


「昨日より五割くらい貴族っぽい」


「!」


 私は固まった。


「……気のせいです」


「そうか?」


「はい」


「まあ、いいか」


 トーマスは新聞に戻った。


 危ない。


 とても危ない。


 私は静かに椅子へ座った。


 その隣で、ミアがパンをかじっている。


「お兄ちゃん」


「何です?」


「また『何です?』って言った」


「……癖です」


「前まで『なに?』だったじゃん」


「……」


 妹という生き物は、なかなか侮れません。


 すると母親のマルタが皿を置いた。


「レイ、お水取って」


「はい」


 私は立ち上がった。


「……」


 水差しを持つ。


「……重い」


「え?」


「いえ、何でもありません」


 私は水を注ぐ。


 席に戻る。


 するとミアが笑っている。


「どうしたの?」


「いや、お兄ちゃん」


「はい」


「なんか今日、全部の動きが丁寧」


「……」


 クラリスとしての動作が染みついている。


 まずい。


 かなりまずい。


 私は意識して、少し雑にパンを取った。


「こうですか?」


「なんで急に雑になったの!?」


「……」


 私はパンを戻した。


「難しいですね」


「何が?」


「何でもありません」


 朝食を食べる。


 するとミアが私の顔をじっと見る。


「……やっぱり」


「何です?」


「お兄ちゃん、最近ちょっとカッコよくない?」


「ぶっ!」


 私は危うくパンを吹き出しかけた。


「大丈夫?」


「大丈夫です」


「ほら、また丁寧」


「……」


 私は頭を抱えた。


 クラリス。


 あなたのせいです。


 いや。


 クラリス本人は何も悪くない。


 むしろ僕が勝手に苦労している。


「姿勢もいいし」


 ミアが続ける。


「歩き方もなんか変わったし」


「そう?」


「うん。前はもっと猫背だった」


「……」


 私は背筋を丸めた。


「こう?」


「それ!」


 ミアが笑う。


「前のお兄ちゃん!」


「……」


 複雑です。


 私は元に戻っただけなのに。


 するとトーマスが新聞を畳んだ。


「まあ、悪いことじゃないだろ」


「そうね」


 マルタも笑う。


「学校で何かあったのかしら?」


「……まあ」


 私は曖昧に笑った。


「いろいろありました」


 嘘ではない。


 ありすぎる。


 人生が入れ替わるくらいには。


「そういえば、お兄ちゃん」


 ミアがパンを食べながら言う。


「今日、帰ったら店の手伝いしてね」


「え?」


「昨日も言ったじゃん」


「聞いてません」


「言ったよ」


「聞いてません」


「言った」


「……」


「お兄ちゃん」


「はい」


「お願い」


「……分かりました」


 私は頷いた。


 するとミアが満足そうに笑った。


「やった!」


「……」


 私はふと思った。


 クラリスの家では、何かを頼まれるときは、ほとんどが「役目」だった。


 これは「手伝って」。


 たったそれだけ。


 なのに――


「……悪くありませんね」


「何が?」


「家族に頼られるというのも」


 ミアが目を丸くした。


「お兄ちゃん、今日ほんと変」


「そうですか?」


「うん」


「……」


 私は少し考えて。


「では、これからは普通にします」


「それがいい!」


「お兄ちゃんはお兄ちゃんだし」


「……」


 その言葉に、私は少しだけ黙った。


 お兄ちゃん。


 自分の身体を使っている私を、ミアは疑いもしない。


 ただ、兄として接してくる。


「……ありがとうございます」


「だから!」


「はい?」


「なんでそんな丁寧なの!」


「……すみません」


「また!」


 ミアが笑う。


 私も、つられて笑った。


 ――その日の昼休み。


 いつもの旧校舎裏。


「というわけで」


 私は昨日の朝の出来事をレイに話した。


「妹さん、かなり鋭いですね」


「そうなんだよ!」


 レイが頭を抱える。


「僕の家族、思ったより観察力あるんだよ!」


「でも、気づいてはいないのでしょう?」


「うん。『最近なんかカッコいい』で終わってる」


「……」


 私は少し考えた。


「それは、少し嬉しいですね」


「なんで?」


「あなたの家族が、あなたの変化を悪いものとして受け取っていないからです」


「……まあ、それはそうかも」


「それに」


 私は笑った。


「とても楽しかったです」


「……」


 レイが目を丸くする。


「クラリス様、完全に平民生活にハマってない?」


「そうでしょうか?」


「だって今、めちゃくちゃ楽しそうだよ」


「……」


 私は自分の――レイの手を見る。


「はい」


 素直に答えた。


「楽しいです」


 レイが笑う。


「そっか」


「はい」


「じゃあ、もっと楽しめばいいよ」


「……いいのですか?」


「いいに決まってるじゃん」


 レイは笑った。


「どうせなら、僕の生活を全部体験していってよ」


「……」


 その言葉が、なぜか嬉しかった。


「では、遠慮なく」


「うん」


「明日は何をしましょう?」


「まず朝起きる」


「はい」


「次に学校へ行く」


「はい」


「そして帰ったら――」


「店の手伝いですね」


「そう」


「……」


「どうしたの?」


「いえ」


 私は小さく笑った。


「楽しみです」


「……ほんとに?」


「はい」


「変な人だなあ」


「あなたに言われたくありません」


「なんで!?」


 

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