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僕が悪役令嬢で悪役令嬢が僕で  作者: 紺木羽ノ歌


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7/7

第7話 クラリスの友達は、どこにいる?



 ――昼休み。


「クラリス様」


「はい?」


 教室を出ようとしたところで、声をかけられた。


 振り返る。


 そこには、同じ学年の女子生徒が二人立っていた。


「少しよろしいでしょうか?」


「もちろんです」


 僕は笑顔で答えた。


 ――問題は。


 この人たちの名前が分からないことだ。


 顔は見たことがある。


 でも、クラリスとしての僕には、当然ながら彼女たちとの思い出がない。


「昨日のお茶会、とても楽しかったですわ」


「ありがとうございます」


「クラリス様も、最近は少し雰囲気が変わられましたね」


「……そうでしょうか?」


「ええ」


 嫌な汗が出る。


 まただ。


 最近、みんな僕のことを「変わった」と言う。


 そりゃ変わるよ。


 中身が別人なんだから。


「以前より、話しかけやすくなった気がします」


「そうですか?」


「はい」


「それは……よかったです」


 とりあえず笑う。


 困ったら笑う。


 クラリス直伝だ。


「ところで、クラリス様」


「はい」


「先日の授業についてなのですが――」


 話が始まった。


 僕は黙って聞く。


 授業の内容についての相談らしい。


 僕も同じ学年なので、ある程度は分かる。


 ……と思った。


「クラリス様は、どうお考えになりますか?」


「え?」


 突然、話を振られた。


 まずい。


 何の話だったっけ?


 ええと。


「……とても興味深いと思います」


「まあ」


「私も、もう少し詳しく調べてみたいですね」


「やはりクラリス様は博識ですわ!」


「……」


 適当に答えたのに、なぜか感心された。


 怖い。


 これがクラリスの普段の評価なのか。


「では、また後で」


「はい」


 二人が去っていく。


 僕は一人になった。


「……」


 そして思った。


「クラリス様って、友達いるの?」


 ――放課後。


 いつもの場所。


 僕がその疑問を口にすると、クラリスは紅茶を飲みながら答えた。


「いますよ」


「本当に?」


「ええ」


「誰?」


「……」


 クラリスが止まった。


「そう聞かれると……」


「ほら!」


「何ですか、その反応は」


「いや、今日、女の子二人に話しかけられたんだけどさ」


「はい」


「名前、分からなかった」


「……」


「クラリス様の人間関係、難しすぎるよ!」


「仕方ありません」


「仕方ない?」


「私は公爵家の娘ですから」


「……」


 クラリスは少し考える。


「友人というより、付き合いのある方が多い、というほうが正しいかもしれません」


「ああ……」


 なんとなく分かった。


 僕にとっての友達は、気軽に話せる相手だ。


 でもクラリスにとっては違う。


 家同士の付き合い。


 親同士の関係。


 将来の立場。


 そういうものが、全部ついてくる。


「じゃあ、学園で一緒にご飯食べたりする人は?」


「……」


「いない?」


「いませんね」


「え?」


「皆さん、それぞれご自分の友人と過ごしていますから」


「……」


 僕は黙った。


「じゃあ、クラリス様はいつも一人?」


「一人でも問題ありません」


「そういう問題じゃないよ」


「?」


 クラリスは本当に分かっていない顔をしている。


「友達と一緒にくだらない話したりしないの?」


「くだらない話?」


「うん」


「例えば?」


「昨日何食べたとか」


「……」


「先生の話が長かったとか」


「……」


「眠いとか」


「……」


「帰ったら何しようとか」


「……」


 クラリスが真顔になる。


「それに、何の意味があるのですか?」


「意味なんてないよ」


「では、なぜ?」


「楽しいから」


「……」


 クラリスが黙り込んだ。


 僕も、少し考える。


「そういうのが友達っていうんじゃない?」


 クラリスは答えなかった。


 ただ、紅茶を一口飲んだ。


 そして――


「……少し、分かるような気がします」


「ほんと?」


「ええ」


「じゃあ今日から僕が友達第一号ね」


「……」


「何その顔」


「いえ」


 クラリスは少しだけ笑った。


「改めて言われると、少し恥ずかしいですね」


「なんで?」


「私には、そういう経験があまりありませんから」


「じゃあ決まり」


「何がです?」


「友達」


「……はい」


 クラリスは頷いた。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 僕たちは握手した。


 そのときだった。


「……クラリス?」


 後ろから声がした。


「え?」


 僕が振り返る。


 そこに立っていたのは――アルフレッド殿下だった。


「アルフレッド殿下!?」


「やあ」


 アルフレッドは僕を見る。


 そして、その隣にいるもう一人の僕を見る。


 ――つまり。


 僕の身体に入っているクラリスを見る。


「……」


 クラリスもアルフレッドを見ている。


 だが、何も言わない。


 ただ、少し驚いたような顔をしている。


 アルフレッドは、そんなクラリスを見てから、再び僕へ視線を戻した。


「二人で何をしていたんだ?」


「友達になってたんです」


「……友達?」


「はい」


 僕が答える。


 するとクラリスが、僕の隣で小さく頷いた。


「そうです」


「……」


 アルフレッドは黙った。


 僕とクラリスを交互に見る。


 まるで、何かを確認するように。


「そうか」


「はい」


「……君たちは、以前からこんなに仲が良かったのか?」


「え?」


 僕はクラリスを見る。


 クラリスも僕を見る。


「いえ」


 クラリスが答えた。


「入学してから、ほとんど話したことはありませんでした」


「そうなのか?」


「はい」


「……」


 アルフレッドの視線が、また僕に戻る。


「では、いつの間に?」


「それは……」


 困った。


 入れ替わったからです。


 なんて言えるわけがない。


「まあ、いろいろありまして」


「いろいろ?」


「いろいろです」


 僕は笑った。


 アルフレッドはしばらく黙っていた。


 そして。


「……そうか」


 それだけ言った。


 けれど、その目は明らかに何かを考えていた。


 アルフレッドは僕――クラリスの身体にいる僕――を見た。


 そして、隣にいるクラリス――僕の身体にいるクラリス――を見る。


 クラリスは何も言わず、静かに立っている。


 その表情はいつもの彼女より柔らかい。


 アルフレッドは、その様子をしばらく眺めていた。


「……楽しそうだな」


「え?」


 僕が聞き返す。


 アルフレッドは少しだけ笑った。


「いや」


 そして、クラリスを見る。


「最近のお前は、よく笑うようになったと思ってな」


「……」


 クラリスがわずかに目を見開いた。


「そうでしょうか?」


「ああ」


「……」


 クラリスは少しだけ考えて。


「そうかもしれません」


 そう答えた。


 アルフレッドは、また僕たち二人を見る。


「それなら、いいことだ」


 そう言って、アルフレッドは去っていった。


「……」


 僕はその背中を見送る。


「……クラリス様」


「何です?」


「殿下って、意外と普通じゃない?」


「そうでしょうか」


「うん」


 僕はさっきのアルフレッドの顔を思い出す。


 王太子らしい完璧な笑顔じゃなかった。


 婚約者を政治的な相手として見ている顔でもなかった。


 ただ。


 友達ができて嬉しそうにしているクラリスを見て、少し安心したような。


 そんな顔だった。


「……あの人」


 僕は呟いた。


「クラリス様のこと、ちゃんと見てるんじゃないかな」


 クラリスは答えなかった。


 ただ、少しだけ頬を緩めた。


「……そうだと、いいですね」


 その日の帰り道。


 アルフレッドは一人で歩いていた。


 頭に浮かぶのは、先ほどの光景。


 クラリスが笑っていた。


 そして、その隣にはレイがいた。


 あの二人が、あんなふうに親しげに話しているところなど、今まで見たことがない。


「……不思議だな」


 アルフレッドは呟く。


 クラリスが変わった。


 それは間違いない。


 けれど――


「……あのほうが、いい」


 なぜそう思ったのか。


 アルフレッド自身にも、まだ分からなかった。


 そして僕たちは知らなかった。


 アルフレッドが感じている小さな違和感が。


 これから少しずつ、大きくなっていくことを。



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