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僕が悪役令嬢で悪役令嬢が僕で  作者: 紺木羽ノ歌


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第5話 笑って、お茶を飲んでください



――その日の放課後。


「レイ」


「何?」


 クラリスが、いつになく真剣な顔で僕を見た。


「明日、お茶会があります」


「……うん」


「私の代わりに、出席してください」


「嫌です」


「即答ですね」


「だって怖いもん!」


 僕は思わず声を上げた。


 数日前のお茶会を思い出す。


 上品な笑顔。


 優雅な仕草。


 そして、その裏で交わされる恐ろしい会話。


『まあ、クラリス様は相変わらず素敵ですわ』


『ありがとうございます』


『最近はお忙しいのでしょう?』


『ええ、少し』


『まあ。では、あまり無理をなさらないほうがよろしいのでは?』


 ――これが褒め言葉なのか嫌味なのか、僕には最後まで分からなかった。


「僕、何か失礼なこと言ったらどうするの?」


「そのときは謝ればいいでしょう」


「簡単に言うなよ!」


「では、失礼なことを言わなければいいのでは?」


「それができないから困ってるんだよ!」


 クラリスは少し考えた。


「では、簡単な方法を教えます」


「本当?」


「ええ」


 クラリスは指を一本立てた。


「困ったら笑う」


「うん」


「そして、お茶を飲む」


「……それだけ?」


「はい」


「本当に?」


「本当に」


 僕は半信半疑だった。


「会話は?」


「相手の話を聞いてください」


「返事は?」


「笑ってください」


「意見を求められたら?」


「無難なことを言ってください」


「具体的には?」


「『そうなのですね』『まあ、素敵です』『勉強になります』あたりで十分です」


「……」


 僕は腕を組んだ。


「それ、会話になってる?」


「社交とは、必ずしも本音を言い合うことではありません」


「怖い世界だな……」


「慣れれば楽しいですよ」


「クラリス様、本気で言ってる?」


「ええ」


 クラリスは平然としている。


 どうやら本当に楽しんでいたらしい。


 ……僕には理解できない。


 翌日。


 僕はクラリスの身体で、侯爵家主催のお茶会に参加していた。


「クラリス様、お久しぶりですわ」


「お久しぶりです」


「最近、学園ではお忙しいとか」


「ええ。皆さんとても熱心ですから」


 にこっ。


 お茶を一口。


 ……今のところ順調。


「まあ、それにしても素敵なドレスですわね」


「ありがとうございます」


 にこっ。


 お茶。


「その髪飾りも、とてもよくお似合いですわ」


「ありがとうございます」


 にこっ。


 お茶。


 ……いける。


 クラリスの教え、すごい。


「そういえば」


 向かいに座っていた令嬢が、少しだけ身を乗り出した。


「アルフレッド殿下とは、最近いかがですの?」


「ぶっ――」


 危うくお茶を吹き出すところだった。


「まあ」


 令嬢たちが一斉にこちらを見る。


 僕は必死に笑顔を作った。


「……順調ですわ」


 にこっ。


 お茶。


「まあ、素敵」


「殿下もお忙しいでしょうに」


「ええ」


 にこっ。


 お茶。


 なんだ。


 これでいいのか?


 僕は少し自信が出てきた。


 ところが。


「クラリス様は、殿下のことをどう思っていらっしゃいますの?」


「……」


 止まった。


 完全に止まった。


 どう思ってるって。


 僕はアルフレッド殿下のことを――


 攻略対象。


 王太子。


 クラリスの婚約者。


 僕の知っているゲームでは、最終的にヒロインと――


「……」


 まずい。


 ここでゲームの知識を話すわけにはいかない。


 僕は必死に考えた。


「……とても、立派な方だと思っています」


「まあ」


「責任感もお強いですし」


「ええ」


「王太子として、素晴らしい方です」


「まあまあ」


 令嬢たちの目が輝いていく。


 ……なんか変な方向に話が進んでない?


「それで?」


「それで?」


「クラリス様ご自身は、どう思っていらっしゃいますの?」


「……」


 僕は笑った。


「素敵な方だと思います」


 にこっ。


 お茶。


 完璧。


 これで終わりだ。


 そう思った。


 そのときだった。


「――随分と楽しそうだな」


「え?」


 後ろから声がした。


 振り返る。


「アルフレッド殿下!?」


 なぜ!?


 なぜここに!?


「たまたま近くを通ったのでな」


「そ、そうですか……」


 絶対嘘だ。


 いや、王太子が嘘をつく理由もないけど。


 アルフレッドは僕の隣に立った。


「邪魔をしてしまったか?」


「い、いえ!」


「そうか」


 アルフレッドは、僕を見る。


「楽しんでいるようだな」


「……はい」


「以前より、ずいぶん社交的になった」


「そ、そうでしょうか?」


「ああ」


 その目が、じっと僕を見る。


 嫌な汗が出てきた。


 ――もしかして。


 気づかれてる?


 僕が内心で慌てていると、アルフレッドがふっと視線を逸らした。


「まあ、悪いことではない」


「……」


 それだけ言うと、アルフレッドは令嬢たちに軽く挨拶をして、その場を離れていった。


 僕はようやく息を吐いた。


「……死ぬかと思った」


 そして、その日の帰り道。


 僕は馬車の中で一人、今日のことを思い返していた。


 社交は疲れる。


 お茶会も疲れる。


 でも――


 少しだけ分かった気がする。


 クラリスが、どうしてこういう場であんなに自然に振る舞えるのか。


 彼女はただ笑っているわけじゃない。


 相手の言葉を聞いて。


 表情を見て。


 その場の空気を読んで。


 相手が何を求めているのかを考えている。


「……すごいな」


 思わず呟いた。


 僕はクラリスのことを、ゲームに出てくる「悪役令嬢」という枠で見ていた。


 けれど。


 実際の彼女は、そんな一言で片付けられるような人じゃない。


 そのことを、僕は少しずつ知り始めていた。


 一方。


 王宮へ戻ったアルフレッドは、自室で一人、今日のことを思い出していた。


「……やはり、変だ」


 以前のクラリスは、完璧だった。


 誰に対しても隙がない。


 感情をほとんど表に出さない。


 それが悪いわけではない。


 むしろ、婚約者としては理想的だった。


 だが今のクラリスは――


 笑う。


 驚く。


 慌てる。


 そして、ときどき妙に親しみやすい。


「……クラリス」


 アルフレッドは小さく呟いた。


「お前は……何を考えている?」


 その問いに答える者は、まだいなかった。

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