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僕が悪役令嬢で悪役令嬢が僕で  作者: 紺木羽ノ歌


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3/7

第3話 僕は、前世の記憶を持っている



 翌朝。


「お嬢様。お目覚めの時間でございます」


「……あと五分……」


「お嬢様?」


「……はい」


 目を開けた瞬間、僕は思い出した。


 ここは僕の部屋じゃない。


 というか。


 僕の身体ですらない。


「…………」


 天蓋付きの大きなベッド。


 広すぎる部屋。


 窓から差し込む朝日。


 壁際には大量の衣装。


 そして、ベッドの横には僕を起こしてくれたメイドさん。


「おはようございます、お嬢様」


「……おはようございます」


 僕は上半身を起こした。


 昨日一日で分かった。


 クラリス様の朝は早い。


 そして忙しい。


 さらに――。


「本日のご予定はこちらでございます」


 メイドさんが予定表を差し出してくる。


 六時起床。


 六時半朝食。


 七時から語学。


 七時半から礼儀作法。


 その後、学園。


 放課後には――。


「…………」


 僕は予定表を見つめた。


「これ、毎日ですか?」


「はい。基本的には」


「…………」


 僕はそっと布団をかぶった。


「お嬢様?」


「……僕、平穏に暮らしたい」


「?」


「いえ、何でもありません」


 僕は起き上がった。


 今日も一日。


 クラリス様として頑張るしかない。


     ◆


 一方その頃。


「…………」


 僕の家。


 クラリス様は、ベッドの上に座っていた。


 部屋は狭い。


 机。


 ベッド。


 教科書。


 衣類。


 その他、生活に必要なもの。


 それだけ。


「……静かね」


 誰にも起こされない。


 予定表もない。


 何時までに何をしろとも言われない。


 クラリスは時計を見る。


 七時。


「……起きるべきかしら」


 しかし、起きる理由がない。


 しばらく考えて。


 クラリスは再び布団に入った。


「…………自由というのも、悪くないわね」


 その直後。


「お兄ちゃん!」


 ドンッ!


「起きてる!?」


「……!」


 ドアが勢いよく開いた。


 少女が顔を出す。


「もう七時だよ!」


「…………」


 クラリスは固まった。


 そうだった。


 この家には――。


 妹がいる。


「お兄ちゃん、今日はなんか変じゃない?」


「……そう?」


「うん」


 妹のミアは、じっとクラリスを見る。


「なんか、姿勢いいし」


「…………」


「しゃべり方も変」


「…………」


「でも」


 ミアはニッと笑った。


「なんか今日のお兄ちゃん、カッコいい!」


「…………そう」


 クラリスは困ったように笑った。


「ありがとう」


「ほら、朝ご飯!」


 ミアはクラリスの腕を引っ張った。


「早く!」


「ちょっと、待って」


 クラリスは引っ張られながら思った。


 ――この家。


 思っていたより騒がしいわね。


     ◆


 昼休み。


 いつもの場所。


 古い校舎裏の小さな中庭。


「疲れた……」


 僕はベンチに座るなり、机に突っ伏した。


「昨日より疲れているようね」


「朝が早い」


「昨日もそうだったでしょう」


「昨日はまだ知らなかったんだよ。クラリス様の生活がこんなに地獄だって」


「地獄?」


「上品に言えば、超多忙」


「そう」


 クラリス様は僕の姿で腕を組んだ。


「私のほうは、朝から妹さんに起こされたわ」


「ミア?」


「ええ。元気な子ね」


「うん。朝からうるさいけど、まあ……いい妹だよ」


「そう」


 クラリス様は少し笑った。


「それに、誰にも予定を決められないというのは、なかなか新鮮ね」


「楽しかった?」


「……ええ」


 その返事が妙に嬉しそうだった。


 僕は少しだけ笑う。


「そっか」


「それより」


 クラリス様がこちらを見る。


「昨日、少し気になったことがあるの」


「何?」


「あなた、私を見たときにずいぶん驚いていたでしょう?」


「…………」


「もちろん、同じ学園の生徒なのだから、私の顔や名前を知っていることは分かっているわ」


「うん」


「でも、昨日のあなたの反応は……それだけではなかったように思うの」


 クラリス様は僕をじっと見た。


「まるで、私のことを最初から知っていたような……そんな感じだった」


「…………」


 鋭い。


 僕は思わず目を逸らした。


「何か、隠していることがあるのではない?」


「…………」


 来た。


 僕はずっと考えていた。


 いつ話すべきなのか。


 そもそも話していいのか。


 でも。


 これから元に戻る方法を探すなら、隠しておくのは無理だ。


「……うん」


「やっぱり何かあるのね」


「ある」


 僕は一度、深呼吸した。


「信じてもらえないと思う」


「それは聞いてみないと分からないでしょう」


「じゃあ、言う」


 僕はクラリス様を見る。


「僕には――前世の記憶がある」


「…………」


 クラリス様は黙った。


「前世では、僕は日本という国で生きていた」


「日本……?」


「うん。ここじゃない、別の世界」


 クラリス様は驚いた顔をした。


 当然だ。


 僕だって、逆の立場なら信じない。


「僕はそこで、一度死んだ」


「……」


「そして、この世界で生まれた」


 クラリス様はしばらく何も言わなかった。


 やがて。


「……つまり、あなたは異世界から生まれ変わったということ?」


「そう」


「それなら、昨日のあなたの反応も説明がつくわね」


「うん」


 僕は頷いた。


「この世界には、僕が前世で知っていた物語とよく似たものがあるんだ」


「物語?」


「ゲーム」


「ゲーム?」


「うん」


 僕は説明を続けた。


 前世で流行していた乙女ゲーム。


 『王宮恋愛クロニクル』。


 そのゲームの舞台が、このアルディア王国とよく似ていること。


 登場人物の名前。


 王太子アルフレッド。


 そして――。


「クラリス様」


「……何?」


「ゲームの中で、クラリス様は悪役令嬢だった」


 クラリス様の表情が変わった。


「……私が?」


「うん」


「悪役令嬢というのは?」


「主人公の恋を邪魔する役」


「…………」


「主人公は、フェルミナっていう女の子」


「フェルミナ……」


「まだ学園には来てないけど、もうすぐ転入してくる」


「……そう」


 クラリス様は静かに聞いている。


 僕は続けた。


「ゲームの中では、フェルミナがアルフレッド殿下と親しくなっていく」


「…………」


「そしてクラリス様は、それを邪魔する」


「私は……そんなことをするの?」


「ゲームでは、そうなってた」


 僕は少し言葉を選んだ。


「でも、今のクラリス様を見ていると……僕は、あれが本当のクラリス様だとは思えない」


 クラリス様は黙っていた。


「それで」


 僕は拳を握る。


「ゲームの最後で、クラリス様は――」


 言葉が詰まった。


「死ぬ」


「…………」


 風が吹いた。


 木の葉が一枚、地面に落ちる。


「死ぬの?」


「……うん」


「どうやって?」


「国外追放になって、その途中で殺されるルートがある」


 僕は視線を落とした。


「もっと酷い結末になるルートもある」


「…………」


「だから僕は……」


 僕はクラリス様を見る。


「それを避けたかった」


「私を?」


「うん」


「なぜ?」


「……死んでほしくなかったから」


 クラリス様は、しばらく僕を見つめた。


「あなたは、私を知らなかったのでしょう?」


「そうだね」


「話したこともなかった」


「うん」


「それなのに?」


「……うん」


 僕は苦笑した。


「ゲームの中のクラリス様は、悪役だった。でも、僕は昨日から本物のクラリス様と話してる」


「…………」


「だったら」


 僕は言った。


「死ぬ未来なんて、変えたい」


 クラリス様は何も言わなかった。


 ただ、しばらく空を見上げていた。


「……不思議ね」


「何が?」


「昨日まで、私は自分の人生について何も疑問に思っていなかった」


「……うん」


「公爵令嬢として生まれて、王太子殿下と婚約している。それが当然だと思っていた」


「…………」


「でも今は」


 クラリス様は、自分の――僕の手を見る。


「あなたの話を聞いて、初めて思ったわ」


「何を?」


「私は、自分の人生を自分で選んだことがあるのかしら、と」


「…………」


 僕は答えられなかった。


 それは、まだ僕にも分からないことだった。


「だから」


 クラリス様は立ち上がった。


「まずは元に戻りましょう」


「うん」


「そして――」


 クラリス様は僕を見る。


「ゲームだろうと何だろうと、私の人生は私が決めるわ」


「…………!」


 僕は思わず笑った。


「うん」


 なんだか。


 少しだけ安心した。


 クラリス様はゲームの登場人物じゃない。


 僕と同じように。


 自分で生きている人間だ。


「じゃあ、決まりだね」


「ええ」


「元の身体に戻る方法を探す」


「そして、未来を変える」


「うん」


 僕たちは拳を軽くぶつけた。


「……ところで」


「何?」


「今日の放課後、またあの家に帰るんだよね」


「そうね」


「…………」


「…………」


「頑張ろう」


「ええ」


 僕は空を見上げた。


 ――この世界の未来が、本当にゲームと同じなのか。


 それはまだ分からない。


 だけど一つだけ。


 僕は決めた。


 クラリス様を、ゲームの結末なんかで死なせない。


 そして――。


「僕たちの人生は、僕たちで決めよう」


 その言葉が。


 これから始まる長い騒動の、最初の一歩になった。




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