ep005:その予兆、的中につき
⸻
Scene013【予兆】
⸻
俺、小泉晴道は今日一日、嫌な予感に悩まされていた。
それは、今朝自室を出ようとした時のこと。
またあの声が聞こえたのだ。
「パパ、今日はあれを持っていって」
そうだ、あのクマと遭遇した時に聞こえた声。
今は何の予兆もないのに……。
⸻
それは、放課後の教室で訪れた。
京子が俺を呼ぶ。
「ねえ晴道、早乙女さんが用事だって」
早乙女莉子――優香の親友だ。
「やあ、早乙女さん。どうしたんだい?」
俺は沸騰しそうな頭を必死で落ち着かせながら声を掛けた。
なぜなら、早乙女さんの心の中の声はこう聞こえたのだ。
(千紗ごめん、晴道ごめん、私怖いの、逆らえない……。でも、千紗が……。お願い、無事でいて!)
「千紗がね、晴道を呼んできて欲しいって」
俺は何でもない風を装って答えた。
「ありがとう、分かったよ。案内してくれるかな」
俺は平静を装ったつもりだった。
だが、俺の顔を見た早乙女さんの表情はさらに強張った。
もはや、心の中の声すら凍りつくくらいに。
「京子すまない、伝言を頼んでいいかな?
剣道部の誰かに『俺は今日も部活に行けなくなった』って」
「わ、分かったわ。晴道も気を付けて」
後ろ姿からも何かを感じ取ったのか、
京子は声を震わせながらも答えてくれた。
⸻
俺は早乙女さんに連れられながらスマホを操作した。
いつもはオフにしているアプリのGPS追跡をオンにし、短いメッセージを送る。
やがて、早乙女さんは学校を出た。
やっぱり、そうなんだ。
俺は静かに息を吐いた。
⸻
Scene014【決意】
⸻
早乙女さんはメモを見ながら、俺を案内した。
人目を避け、監視カメラの死角を突く道のり。
プロだ。
だったら、こちらも手加減はしない。
やがて、俺達は廃工場の門の前に着いた。
(本当にここなの……? 千紗、大丈夫かな……)
俺は、足を震わせながらも、自分より千紗の心配をする早乙女さんが愛しくなった。
だから、早乙女さんをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だよ。
心配しないで、俺が全てを解決する」
「あっ、あっ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
早乙女さんは泣き出してしまった。
本当なら癒しの気でも注いであげるべきだろう。
でも、今は自信がなかった。
今、下手に気を放出させたら、
早乙女さんの心をさらに傷つけてしまうだろう。
だから、俺は早乙女さんをさらに強く抱きしめ、
頬を合わせ──。
「安心して」
それだけを伝えた。
その時、見覚えのある車が走り込んできた。
「晴道!」
助手席のドアを開けて顔を出したのは、花月さんだった。
俺は以前花月さんに勧められてスマホにインストールした、霞の者の連携アプリで連絡をしていたのだ。
そして、花月さんはGPSの位置情報を元に駆けつけてくれた。
「花月さん、この子のことを頼みます」
俺は早乙女さんを花月さんに託す。
(相手はチンピラレベルじゃないわ、プロよ。ごめんなさい、中の図面は準備できなかったの)
花月さんは心の中の声で教えてくれた。
やっぱりだ。
俺は朝持ち出しておいたナックルダスターを装備しながら、首を振って応えた。
こんなに一瞬で駆けつけてくれたんだから、十分だ。
やがて、運転席からは守さんが出てきた。
俺に、あの杖に偽装した刀を渡す。
(銃を持っているかもしれないの)
花月さんが伝えてくれた。
花月さんが早乙女さんを後部座席へと連れて入ったのを見届けて、俺は守さんに伝えた。
「手を出さないでください。
俺一人でやります。
ただ──誰一人、逃がさないでください」
「もとより、そのつもりだ。殲滅する」
⸻
Scene015【突入】
⸻
俺は閉じられていた門を開けて中に入る。
守さんは門を閉じて、外で待機だ。
中には、いかにも軍人崩れといった風貌の集団がいた。
数は…十二人。
中央にいる、リーダーと思われる白人がニヤニヤしながら口を開く。
『おいおい、ガキが木刀なんぞ持ってきたぞ。
いきがってやがる、サムライのつもりか?』
英語だった。
『豚がいきがって、人間様の言葉を喋ってんじゃねえよ。豚は豚らしく、ブーブー鳴いてな』
俺も英語で返した。
舐めるんじゃねえよ。
花音さんや花月さんみたいなネイティブレベルじゃないが、日常会話なら問題ない。
もっとも、今のはただのスラングだけれどもな。
奴らに一瞬で殺気が走る。
『一つ聞くが、こんな依頼だと知らずに付いてきた奴はいるか? ――あ、応えなくていい。
見れば分かるからな』
『こいつ、何言ってやがる……?』
『二人か、少ないな。
なら、本当は嫌だが、組織を抜けるのが怖くてここにいる奴は? ――合わせて四人か。
なら、一人で二人運べば良いな』
『このクソガキ、一人で二人って何のことだ!』
俺は奴らを見下すように言ってやった。
『八人が地面に這いつくばることになるから、
残りの四人で運ぶのは、二人ずつで良いだろって話だよ』
『なんだと?』
『まあ、豚は計算ができねえから、分からないか』
『こいつ、死にてぇのか!!』
奴らが一斉に腰を上げる。
『ところで、女の子には手を出してないだろうな』
『ああ、まだ出してねえよ。お前をぶちのめしたら、目の前でたっぷり、おか……』
そいつは、頭から地面に叩きつけられるまで、自分が空を舞っているとは気付かなかっただろう。
一瞬で距離を詰めた俺がアッパーでそいつの顎を砕きながら、上空へ打ち上げたのだ。
俺はそのまま、打ち上げた腕を力いっぱい振り下ろし、隣の奴の側頭部を叩きつけようとした。
「パパ、駄目!」
脳裏に響いたその声に、ハッと我を取り戻す。
寸前のところで腕を少し下げ、そいつの顎を粉砕するに留めた。
危なかった。
もう少しで頭蓋骨を粉々に粉砕するところだった。
いくら俺でも、即死した奴は治せない。
空に打ち上げた奴は……?
頭から地面に落ちたが、よかった、まだ動いている。
死んでなければ、後からなんとでもなる。
ナックルダスターを着けた拳は破壊力が有りすぎる。
俺は刀を鞘から抜かず、木刀として使うことにした。
ぶちのめすのは、残り十人のうち六人。
まずは、その四人を一瞬で叩き伏せた。
『ば、化け物……っ!』
残ったうち一人が、恐怖に顔を歪めながら懐から銃を取り出す。
俺は鞘を投げ捨て、剥き出しの刃に気を乗せた。
──ザン。
そいつの銃は、銃身が斜めに綺麗に切り落とされた。
『なっ……!?』
返す刀の腹で、そいつの身体を強く叩く。
「峰打ちだ」
それは日本語で言った。
『ひゃ、ひゃあああーーーっ!!』
叩きのめす予定だった、最後の一人が恐怖に狂ってビルの中へと駆け込もうとする。
しまった!
千紗が危ない。
俺は刃に鋭い気を乗せ、一閃の元に振り払った。
シュッ。
そいつは足から鮮血を吹き出し、その場に倒れ込んだ。
飛ばした気の刃で、正確にアキレス腱を切ったのだ。
これで八人、すべて終わった。
建物の中には千紗しかいない。
気の探索で、すでに確認済みだ。
⸻
Scene016【閑話】
⸻
私は今日もパパを見守り続ける。
今日は二回も声を掛けてしまった。
それは、パパの苦しむ姿を見たくなかったから。
千紗ママの悲しむ姿を見たくなかったから。




