ep005:その世界、変わりゆくにつき
⸻
Scene012【確認】
⸻
その日の遅く、晴道からLINEで連絡が来た。
IDはデートの約束を取り付けた時に無理やり交換していたのだ。
『由美子の治療は成功しました。ただし、酷い捻挫を治してしまったので、事情を知る人からすれば不自然です。校医の先生の記憶をなんとかできないでしょうか?』
ふぅ、あれは一種の洗脳よ。
私たちだって、そうそう使う物じゃない。
それを私に要求してまで、由美子を助けたいの?
仕方ないわね。私は返信を送った。
『今度のデートはお泊りね!』
送信ボタンを押す指が震えた。
そう、これって“そういう意味”になるわよね。
“そう”って――私が、その、覚悟しているって事よ!
しかし、返信は即時だった。
『判りました、両親にはうまく誤魔化します』
えっ、本当に良いの!?
そんな簡単に!?
うう、遂に私にもその時が来ちゃうのね……。
⸻
私は翌日、さっそく二人の様子を観察した。
あっ――これは、誰の目にも明らかだった。
並んで歩く晴道と由美子ちゃんは、いわゆる“一線を越えた男女の距離感”になっていた。
あなたたち、まだ幾つだと思っているのよ!
私なんて22歳で未経験なのに!!
それはともかく、私にはまったく別の変化が見て取れた。
まず晴道からは、凄まじい気が溢れ出ていた。
到底、人間の物とは思えなかった。
そして由美子ちゃん。
彼女はまったく逆だった。
一切、気が外に溢れていないのだ。
なのに私には判る。
彼女の体内では、晴道に匹敵するような気の本流が、凄まじい勢いで自己循環していた。
もちろん、その気を垂れ流しっぱなしにしている晴道に比べたら、総量は劣るのだろう。
しかし、体内で循環し続ける気の勢いそのものは、晴道を軽く超えているかもしれなかった。
⸻
数日後。
私は近くのスポーツ施設にある体育館を貸し切り、
草の部隊まで動員して人払いを行った。
完璧な秘密の空間を作り出したのだ。
そこに、由美子ちゃんを呼び出した。
⸻
「花音先生、こんな所で何の話でしょうか?
運動着に体育館シューズまで持ってこさせるって事は、体力測定でもするのですか?」
由美子ちゃんの疑問ももっともだ。
古典の教員が体育館で体力測定なんておかしすぎる。
だから私は、正面から正直に答えた。
「晴道との関係の事よ」
私がそう答えた瞬間、由美子ちゃんは深々と頭を下げて言った。
「花音先生、ありがとうございます」
「えっ、何の事?」
「晴道から聞きました。
晴道に、私の捻挫を治す為の術を授けてくれたと」
「そう、晴道はそこまで貴女に話したのね」
きっと晴道は、由美子ちゃんの事を心の底から愛していて、全てを信頼しているのだ。
私はちょっと、いいえ、“凄く”嫉妬した。
もう誤魔化さない。
私は晴道を男性として愛してしまった。
由美子ちゃんには先を越されたけれど、
次は私の番よ!!
――って、話が逸れたわね。
「由美子ちゃん、貴女、気の流れを感じ取れているわね」
私はいきなり核心を突いた。
「はい。晴道が私の捻挫を癒してくれた時、はっきりと気の流れを感じました。
そして、その晴道の気は、私の中に今も閉じ込めています」
えっ、今なんて……?
「閉じ込めている?」
「はい。晴道が私にくれた物です。
外に放出してしまうのは勿体ないので、私の中に閉じ込めました」
由美子ちゃんの表情は至極真面目だった。
冗談でも比喩でも無いように思える。
でも、私は信じられなかった。
他人から受けた気を、自分の中に完全に内封するなんて。
「なっ、何言っているの?
そんな事、私にだってできるかどうか……」
由美子ちゃんは不思議そうに首を傾げて言った。
「そうなんですか? こんなに簡単なのに……。
少しだけ、その気を解放しますね」
その瞬間、由美子ちゃんから爆発的な気が放たれた。
「勿体ないから、これだけです。
判って貰えました?」
私はまだ信じられなかったが、
今放たれた気は、確かに晴道とまったく同じものだった。
「貴女、本当の天才なのね……」
私はそう呟くのが精一杯だった。
⸻
「ねえ由美子ちゃん、貴女は気の力で身体能力がアップしているかもしれないの。
調べさせてくれる?」
そう言って、由美子ちゃんの身体能力の測定が始まった。
まず握力は、一般的な高校生よりは強い程度だった。
ただし、一般的というのは男子も含めて、全学年での数値。
まだ一年生の女の子と考えると、これだけでも十分に凄いのかもしれない。
「じゃあ、次は垂直ジャンプね」
「判りました」
「そうそう。
ジャンプをする瞬間に、強く念じてみて。
『自分は高く跳べる、何処までも、何処までも』ってね」
「やってみます」
そうやって由美子ちゃんは跳んだ。
――私の予想を、遥かに超える高さまで。
しかし、由美子ちゃんは着地をすると、その場に崩れて苦悶の表情を浮かべた。
「由美子ちゃん!?」
私は座り込んだ由美子ちゃんの足へ駆け寄り、気の力を使って状態を確認する。
筋組織が明らかに損傷を受けていた。
「ごめん、ごめんね由美子ちゃん。
私があんな事を言ったから……」
これは、肉体の耐久力を超えた出力を出した代償だろうか。
「あっ、大丈夫です。
多分すぐ治まります」
そう言う傍ら、由美子ちゃんの足に、あの膨大な気が一気に流れ込んでいく。
私にははっきりと判った。
由美子ちゃんの足の筋組織が、恐るべき速度で再生していくのだ。
「晴道にして貰ったのを覚えているから」
由美子ちゃんは何でもなさそうに言った。
改めて、垂直ジャンプの記録を確認すると――2メートルを軽く超えていた。
「由美子ちゃん、ギネス記録は1.7メートルなのよ……」
⸻
短距離走は、きちんとしたトラックではないので正確な記録では無いが、どう見てもオリンピック選手を超えていた。
そして、走り幅跳び。
「由美子ちゃん、着地用の砂場までは準備出来なかったから、着地の衝撃に気を付けてね」
私が声を掛けたが、
「多分大丈夫です。
コツが掴めてきましたので」
と、由美子ちゃんはなんでもないように言った。
そして、その着地は完璧だった。
厳しい草の訓練を乗り越えた私には分かる。
あれは、筋肉の瞬発力だけで着地の衝撃を完全に相殺し、打ち消したのだ。
彼女をオリンピックに出せば、金メダルを総なめにするだろう。
私はそう確信した。
すると、今まで無言で様子を見ていた守が、興奮した声を上げた。
「姫さま、彼女を我が隊に勧誘しましょう!
是非是非!!
お願いします!!!」
こんなに熱くなっている守を見るのは、私も初めてだった。
⸻
Scene013【由美子の選択】
⸻
運動能力の測定が終わった後、私は由美子ちゃんに気の使い方の説明をした。
「なんだか、今更って気もするけれど、一応基本は押さえておいて欲しいの」
「分かりました」
由美子ちゃんはとても物分かりの良い、素直な生徒だった。
一通りの説明を終えた後、私はある決断をした。
「そうね、貴女は知っておくべきね。
――晴道は、人の心が読めるわ。
気に乗った人の感情が見えるの」
「やっぱりそうだったんですね」
「えっ、貴女、知っていたの?」
「なんとなく。
だって私、ずっと晴道の事を見ていましたから」
「……それで、貴女は晴道から遠ざかろうとか思わなかったの?
自分の感情を隠す手段なんて、知らなかったでしょう?」
私の問いに、由美子ちゃんは小首を傾げてあっさりと答えた。
「はい。そんな事で晴道の前から離れるわけないじゃないですか。
だって、私の晴道への想いなんて、元から誰にでも丸見えだったんじゃないですか?」
「ふっ……ふふふ、その通りね。
うん、丸見えだったものね!
でも、今は貴女の想いは晴道に見えてないわよ」
「気を放出しないようにしたからですね」
「そうよ」
「じゃあ逆に、晴道に想いを伝えたかったら、
気を解放すれば良いんですね」
「そういう事になるわね」
「それって、言葉で伝えるよりも、より強く効果的に使えますね!」
「なっ……」
そんな事、考えてみた事も無かったわ。
「……貴女には完敗ね」
⸻
Scene014【閑話】
⸻
彼に人生を再度始めさせた私は、彼を観察する。今度の世界は、前回の世界との揺らぎが大きいようだ。
まず、彼と如月千紗の関係が変わった。前回は母親同士が面識のなかった“はとこ”同士だったが、今回は母親同士が従姉妹として交流を続けていた。彼と千紗が同じマンションに住み始めたタイミングこそ変わらなかったが、それ以前に、産まれた直後から“はとこ”同士としての付き合いが発生していた。
そして、花音の人生が大きく変わった。草の修行の凄惨な運命が無くなり、まっとうな青春を送った。もっとも、隠密部隊に所属するための訓練や、「上に立つ物ならば世界を見てきなさい」と高校入学のタイミングでアメリカに放り出されるのを、“まっとう”と言うのならばだが。
こうして、彼と周りの女性達の関係性は大きく変化した。
――それでも、最終的に“晴花”が産まれる事には変わりない。
彼には幸せな人生を送って欲しいと、私は願いながら、観察を続けるのだった。




