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御人形様の里 (6)



そうして、さらに一週間。私がこの村に来てから一ヶ月が過ぎる頃には、最初に来た時に感じた異和感や不快感、恐怖などは跡形もなく消え去り、この町の住人として馴染んできたように思えた。


そのせいだろうか。以前のように「ジンが動く」夢を見ても、怖がったり気味が悪いと感じることはなくなった。むしろ、家に誰かいてくれることに妙な安心感さえ抱く始末だ。


まあ、そんなことを考えているから、似たような夢を頻繁に見るのかもしれないけれど……何にせよ、害を及ぼさないのだから、どうでもいいと言えばいい話だ。


我ながら楽天的すぎると思う反面、そもそも「人形が動く」というあり得ない仮説を立てて思考を巡らせているのだから、多少荒唐無稽な状況であっても「よし」とすべきだろう。


そうして今日も相変わらず、ジンが私の部屋に入ってきて頬を撫でる夢を見た。丹念に手入れをしてあげたおかげか、冷たいプラスチックの手も随分と滑らかになり、肌に触れる感触も昔ほど悪くなかった。むしろ、少し暑く感じる布団の熱を和らげてくれる冷たさに、中毒になりそうなほどだ。


布団は被れば暑いし、蹴飛ばせば寒い。その熱を中和してくれる存在がいれば、より質の高い睡眠が取れるのは間違いない。


「うーん……ジン……。どうせ来るなら……頬を撫でるだけじゃなくて……そのまま布団の中に入ってきてよ……。その方が涼しいから……」


夢なのだから、望みを口にしたところで問題はないはずだ。私の独り言に、ジンは相変わらず何も言わず、ただ私を見下ろしているだけだった。短い黒髪と瓜二つの、真っ黒な瞳が私に向けられていた。あまりにも瞳が黒く、私を凝視しているにもかかわらず、その瞳の奥には何の景色も映っていなかった。その姿さえいつも通りだったので、私はそんなものかと思いながら、再び目を閉じた。


十一月の終わりを告げる朝。目を覚ました私は、朝からどんよりとした空を見上げて瞬きをした。雨雲がどれほど重く垂れ込めているのか、朝だというのに夕方のように暗い。頬に触れる空気が冷たいのを見ると、初雪が降るかもしれない。


「朝……だよね?」


ぼんやりと空を見上げた私は、得体の知れない不安に駆られてスマホを手に取った。そして、そこに表示された「11:45」という数字を読み取ると、自分の目を疑った。


「いや、ちょっと、何この数字!?」


田舎に来てからは、十二時になる前に眠り、七時頃には起きて生活を始めていた。当然、昨日も十一時半頃には眠りについた。それなのに、今がもうすぐ正午だなんて!?


ショックを受けるのも束の間、一日のはんぶんが消えてしまったという事実に、悔しさがこみ上げてきた。いくら田舎暮らしとはいえ、二十代最後の大切な時期なのよ! こんな風に一日を無駄にしてどうするの!


急激に虚しさが襲ってきた私は、すぐに立ち上がって外出の準備をした。特にどこかへ行く当てがあるわけではない。五十世帯にも満たない村なのだから、どこへ行っても代わり映えはしない。けれど、それでも外に出ようとしたのは、失われた半日を取り戻すための、私なりの悪あがきだった。


「村に来て一ヶ月記念……そうよ。今日は一ヶ月記念で、ついでにダラダラ過ごす日なの。掃除も適当にして、仕事も最低限で済ませちゃおう。ジンもこれくらいなら許してくれるわよね」


自分なりに納得のいく言い訳を見つけた私は頷き、すぐに車庫へ向かった。車を走らせて市街地へ出て、計画通り買い出しを済ませ、久しぶりに誰かが作ってくれた美味しい食事を堪能した。


すると、朝から一向に明るくならなかった恨めしい空から、一ひら、二ひらと雪が舞い落ち始めた。雪足は弱く、積もるほどではなさそうだが……。


買い込んだ荷物を車に積み、夜まで市街地で遊ぶ予定だったけれど、舞い散る雪を見ると躊躇われた。山間部は天気予報よりも雪が多く降るものだ。


道がなくなるほど降ることはないだろうが、雪道での運転経験が片手で数えるほどしかない私としては、無事に家まで帰れるか心配だった。


私が両手に荷物を抱えたまま悩んでいた、その時だった。


「雪奈さん?」

「あ、七瀬さん!」


私を呼ぶ声に反射的に振り返ると、どこか淡白な印象を与える、細身の男性が近づいてきた。この村で唯一の警察官であり、数少ない同年代でもある、七瀬巡査だった。


「こんなところでお会いするなんて。お買い物ですか?」

「はい。七瀬さんは、今日はお休みですか?」


普段着ている紺色の警察制服ではなく、平凡な私服姿の彼に尋ねると、彼は口角を少し上げて首を振った。


「私も少し、買い出しに来たんです」

「あはは、なるほど」

「本来は勤務時間中に勤務地を離れてはならないのですが……今日は雪の予報が出ていたので、積もる前にこっそり抜け出してきたんです。他の方には内緒にしていただけますか?」


どうやら朝から雪の予報が出ていたらしい。天気予報を全く見ていなかったので知らなかった……。


勤務地を離れるのは確かに問題かもしれないけれど、どれほど雪が降るか分からないのだから、事前に食料を確保しておくのは正当防衛と言えるのではないだろうか。


「心配しないでください。七瀬さんも、この村での冬は初めてですもんね。備えておいて損はないですよ。お年寄りの皆さんも、きっと理解してくれます」

「はは、ありがとうございます。……せっかくお会いしたついでに、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」

「お願い、ですか?」

「こっそり出てきたので、車を置いてきてしまって。もしご迷惑でなければ、村まで乗せていっていただけませんか? お礼はさせていただきますので」


うーん。いくら村の巡査だとはいえ、彼とはすれ違いざまに何度か挨拶を交わした程度の仲。見知らぬ男性に近い彼を車に乗せるのは、少し気が引けた。


けれど、村で何かあった時に頼れるのは七瀬さんだけだし、日頃から村のために率先してパトロールをしてくれている彼と仲良くしておくのは、悪い話ではないはずだ。

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