御人形様の里 (7)
少し悩んでいると、七瀬巡査が申し訳なさそうな顔で言葉を継いだ。
「もしかして、お買い物がまだ終わっていませんか? それなら大丈夫ですよ。私が余計な負担をかけてしまったようで、すみません」
「あ、いえ! ちょうど帰ろうと思っていたところなんです。雪がひどくなったらどうしようって心配で。私、雪道の運転に慣れていないから。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます」
私が手を振って答えると、彼はにこやかに頭を下げた。(あーあ、こうなったら家に帰るしかないわね)
少しの名残惜しさを感じつつ、七瀬巡査と共に車に乗り込んだ。そして、走り出して間もなく、私はこの同行に非常に深刻な問題があることに気づいた。
(会話のネタが……ない!?)
一人で車を運転している時なら、プレイリストを流して歌いながら行けばいいけれど、私の聴く曲はマイナーなものが多く、他人に聴かせるのは気が引けた。友人たちからも「何この聞いたこともないような曲ばっかり」と呆れられているのだ。
(うーん……話題、話題……)
村までは車で二十分。雪が降っていることを考えると、もっと時間がかかる。その間、この狭い空間で慣れない男性と一緒にいなければならないのか? 考えただけで冷や汗が出る。どうしようかと悩んでいた時、七瀬巡査が穏やかな声で話しかけてきた。
「雪奈さんは、お祖父母様と一緒に住んでいらっしゃるんですよね? 最近お見かけしませんが、お祖母様の具合でも悪いのですか?」
「え? ああ、そういうわけじゃないんです。祖父の療養のために、私の実家で一緒に暮らすことになって。これからは私一人で住む予定なんです」
「えっ? あの家に……雪奈さんお一人でですか?」
「ええ。一緒に来る彼氏でもいればよかったんですけど、残念ながらそういう縁はなくて。はは、こんな所じゃ、いても『行けない』って言われそうですけどね」
私の答えに、一瞬、七瀬巡査の視線が微妙に変化した。あまりに一瞬のことだったので、その視線の意味を汲み取ることはできなかった。私が不思議そうな顔をすると、彼は取り繕うように微笑んだ。
「寂しくはありませんか?」
「まあ、寂しがり屋な性格でもないので。ジンも一緒にいますし、今のところは大丈夫そうです」
「ジン? 弟さんが来ているのですか?」
「いえ、人形の名前なんです」
「人形? ああ……そういえば、この村には人形に関する妙な規則がありましたね」
七瀬巡査はようやく合点がいったように頷いた。けれど、彼の答えは少しおかしい。彼もまた、この村の一員ではないのか? なぜ自分は傍観者だと言わんばかりの答え方をするのだろう。
(そういえば、巡査が人形を連れているところ、一度も見たことがない気がする……)
警察官は公務員だから、特別な規則はないのだろうか。考えてみれば、駐在所に人形はなかったような気もする。
「巡査の方々は、異動の問題とかがあって、人形は祀らないんですか?」
「いえ、私たちのもありますよ。人形というよりは、着ぐるみですが」
「着ぐるみ……ですか?」
「ええ。警察マスコットの着ぐるみです」
(全く……警察らしいというか、わざわざそれを『祀る人形』にしなきゃいけなかったのかしら。そもそも着ぐるみって人形で合ってる? 合ってるといえば合ってるけど……うーん)
「着ぐるみだと……連れて歩くのは……ちょっと大変そうですね」
「どうしてもそうなりますね。連れ出したことはありませんが」
「えっ? 連れ出したことがないって……それでもいいんですか?」
運転中によそ見をしてはいけないと分かっていながら、驚きのあまり七瀬巡査を問い返すと、彼は答える代わりに手を上げて前を指し示した。
「あ、すみません。つい……」
いくら驚いたからって、運転中によそ見はダメ。ただでさえ雪で視界が悪いのに。出発した時はみぞれだった雪が、村へと登るにつれて次第に激しくなっていた。
私が安堵の息を漏らし、安全に運転しているのを確認したのか、七瀬巡査がゆっくりと言葉を繋いだ。
「雪奈さんは、村の規則がおかしいと思ったことはありませんか?」
「おかしいのは、いつもおかしいと思ってますよ。でも、規則ですから守らなきゃいけないんじゃないんですか?」
「純粋ですね。いや、誠実だと言うべきでしょうか。人形を丹念に祀れだなんて、くだらない規則を律儀に守って」
「……」
もちろん、彼の言葉は間違っていない。くだらない規則なのも確かだし、人形を甲斐甲斐しく世話すること自体、正気の沙汰ではない。しかし、他でもない「警察官」である彼が規則を守らないというのは、かなりの違和感があった。
警察官というのは「法」、つまり「規則」を守るために存在し、守らない者に制裁を加える職業ではないのか。
「……じゃあ、七瀬さんはここに来てから一度も、人形に関する規則を守ったことがないんですか? 実は、守らなかったらどうなるのか気になっていたんです」
雰囲気作りを兼ねて私が軽く尋ねると、彼は笑って答えた。
「何一つ起きませんでした。むしろ何も起きないので、滑稽なくらいですよ。信仰があまりに深いので、必ず何かが起きると思っていたのですが」
「ほう……」
規則を守らなくても、これといった制裁があるわけではないらしい。まあ、人形を大切にしないからといって問題が起きるなんて、普通に考えればあり得ない話だ。それでも規則である以上、私は守り続けるだろうけれど……なんというか、心が少し軽くなったような気がした。
「何もなくてよかったですね」
「そうですね。雪奈さんも、規則にあまり縛られないでください。人形の世話なんて、気味が悪くありませんか?」
「まあ……慣れましたから」
あからさまに規則を無視しろという七瀬巡査の答えは……正直、気分が良いものではなかった。規則を守る、守らないの問題ではなく、態度に誠実さがないというか。
短い会話の中でも彼の人間性が透けて見え、あまり信頼が置けなかった。こんな男性を「民衆の味方」として頼っていいのだろうか? こんな人と同じだと思われたくないし、私はより一層、規則をしっかり守ることにしよう。
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