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御人形様の里 (3)


おばあちゃんは御人形様に話しかける必要はないと言っていたけれど、どうせ一人暮らしで話し相手もいないし、この部屋には私しかいない。


こういう「ごっこ遊び」のような設定劇は、案外楽しくて悪くない。ワンルームで一人暮らしをしていた頃も、よく独り言を言っていたものだし。


「一人暮らしで本当に良かったです。ね、そう思いませんか?」


御人形様を車椅子に移した私は、彼が座っていたソファの埃を払い、掃除機をかけた。もともと広くない部屋なので、掃除自体はとても楽だった。


「ふう、冷えますね。もうすぐ雪が降るのかな」


おばあちゃんの話によると、隠見村では十一月半ばから三月初めまで雪が降るらしい。


大雪が降ると家から出られなくなることも度々あるから、保存食は必ず用意しておきなさいと言われていたっけ。


「保存食……うーん。一度買い出しに行ったほうがいいかな」


まだ余裕があるし、家の片付けを優先すべき? でも、おばあちゃんが大体のことは済ませてくれているから、私がやることはもう残っていない。


そういえば受注している仕事もあったっけ……。いや、これはまだ期限があるから大丈夫ね。


それより、せっかく田舎に来たんだから、犬を飼うのはどうだろう? 防犯にもなるし。


いっそ飼うなら大型犬がいいかな。ドーベルマンとかシェパードとか。保護犬シェルターから引き取るのも悪くないかもしれない。


あれこれ考えながら掃除を終えた私は、御人形様を元の場所に戻した。そして、彼の顔をじっと見つめる。


(端整な顔立ちだけど……髪が短いせいか、軍人か警察官みたい)


村にある人形の中でも、人間そっくりの形をしたものは数躯あり、どれも精巧だったけれど、妙に顔立ちが現実的というか、すごく美形なわけでも不細工なわけでもない無難な顔立ちが、かえって尋常ではない印象を与えていた。


特に、うちの御人形様は文字通り『御人形様』という名前で呼ばれているから、なおさらだ。


「お名前……そういえば、おばあちゃんが御人形様の名前は私が好きに変えていいって言ってました。知ってましたか?」


御人形様は家代々に伝わる大切な宝物だ。


ただし、名前が固定されているわけではなく、譲り受けた人によって好きな名前を付けてもよく、新しい主人が新しい名前を付けた方が『満足度』が高いという話を聞いた。


ちなみに、何が満足するのかは私もよく知らない。


「『御人形様』という呼び名も悪くないですけど……せっかく一緒に暮らすことになったんですから、新しいお名前を付けてあげますね」


掃除機の片付けを終えた私は、口角を上げながら言葉を続けた。


「あ、ついでにタメ口で話すのはどう? これから一生一緒に過ごす仲なんだし、敬語ばかりじゃ面白くないじゃない。あなたもそう思うでしょ?」


どうせ返事もできないんだから、私の好きにすればいい。即座にタメ口に切り替えた私は、腕を組んで彼を観察した。ふむ。どんな名前がいいかな。


「明人、ハル、悠真、ジン……ジンがいいかな。あなたは今日から『ジン』よ。わかった?」


頭に浮かんだ候補の中から、最近楽しく観たアニメの男主人公の名前で決めた。アニメの主人公に似ているわけではないけれど、ただ響きが気に入った。


「あんたはずっとこの家にいたんだから、私より年上だろうけど……ジンは歳を取らないから、これからは私の方が年上ってことでいいわよね? いっそ設定も細かく決めてみようか。颯真と同い年くらいとか?」


人形相手にくだらない設定遊びをするなんて、小学生で卒業したと思っていたけれど、大人になってやってみると意外と楽しい。


いつの間にか腰を下ろし、返事のない人形……いや、ジンを前にあれこれ話していた私は、買い出しに行く予定だったことを思い出し、慌てて立ち上がった。


「ジン。買い物に行ってくるから、ちゃんとお留守番しててね。後でお散歩の時に会おう」



***



買ってきたものを整理して、掃除をして、受注した業務を少しこなしていると、スマホから騒がしいアラームが鳴り響いた。


「えっ、嘘。もう七時五十分?」


田舎は時間がゆっくり流れると言うけれど、私の時間はどうしてこんなに早く過ぎるのかわからない。


背伸びを一つして立ち上がった私は、昼間よりも厚手の服を着込んで玄関の扉を開けた。


昼間でさえ白い息が出るほど寒かったけれど、夜になるとさらに冷え込む。


骨まで凍みそうな山風に肩をすくめながらも離れへと向かい、明かりをつけて声をかけた。


「お姉さん、また来たよ。夜になったらもっと寒くなったね。着替えさせなくていいって言われてたけど、これだけ寒いなら明日あたり別の服にしてあげた方がいいかな……って、え?」


ジンに話しかけながら車椅子を持ってこようとした私は、ソファに座るジンの姿を見て、ふと動きを止めた。


(何か……ちょっとズレてない?)


私はいつも、ジンをソファの左側に寄せて座らせている。そのほうが、車椅子へ移す時に楽だからだ。


なのに、今目の前にいるジンは、正しい姿勢で座り、私を……正確には、入り口の方を見つめているではないか。


ソファが小さいから、何かの振動で動くことはあるかもしれないけれど……。


「うーん……気のせいかな? 私が掃除の時に適当に置いていっちゃったのかも」


そもそも彼が座っているのは一人用のソファなので、左だろうが中央だろうが大した差はない。人形が自ら動くはずもないし、私の勘違いだろう。


深く考えずに意識を切り替えた私は、ジンを車椅子に乗せて夜の散歩を続けた。


ただでさえ寒いのに、薄着の人形を連れ歩いているせいで余計に寒く感じる。


やっぱり明日は、絶対に厚手の服に着替えさせてあげよう。


なんとか村を一回りし終えた私は、自分が巻いていたマフラーをジンに巻いてあげてから母屋へと向かった。


そして、昼間から楽しみにしていたウイスキーを開け、久しぶりのアルコールと共に眠りについた。

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