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御人形様 (2)

ジャケットに固定されたフラッシュの光の先で、正木刑事が構える銃口が微かに震えていた。ベテラン刑事である彼にとっても、この光景はあまりに衝撃的なのだろう。


彼の呟きに答えを返してあげたいのは山々だが、あいにく私自身も状況が飲み込めておらず、説明のしようがなかった。


信じられないといった表情で周囲を見渡していた正木刑事の目が、抱きかかえられている私に留まった瞬間、彼は表情を引き締め、銃を持ち直した。


「雪奈さん。ご無事ですか? 傍にいらっしゃる方は、雪奈さんのご自宅にあった人形に酷似していますが……。彼があなたを助けに来たのですか? それに、彼が持っているその首……雪奈さんが仰っていた『怪物』の首……ですか?」

「あー……それはですね……」


これをどう収拾つければいいのよ。一つ山を越えればまた次の山。やっと越えたと思ったらまた崖。踏んだり蹴ったりだわ、本当に。


困り果てた顔で刑事を見つめていた私は、ひとまずこの滑稽な体勢をどうにかしてから話をすべきだと思い直し、ジンにだけ聞こえるような小声で言った。


「ジン。あの人は私を助けに来てくれた刑事さんなの。危ない人じゃないから、もう本当に下ろして」

「……」


私の言葉に、ジンの視線が私に向けられた。何を考えているのか読めない瞳がしばし私を注視する。やがて、彼はそっと私を地面に下ろした。けれど、遠くへ行かせるつもりはないようで、腕で私の肩を抱き寄せ、自分の懐に閉じ込めた。


こいつの行動を翻訳してくれる機械があればいいのに。AIに聞いたら答えてくれるかしら。


どんな説明をすべきか見当もつかず、現実逃避じみた妄想ばかりが浮かぶ。困惑した目で正木刑事と、血の付いていない方の壁、そして自分の指先を見つめていた私は、大きく深呼吸をしてから口を開いた。


「正木さん。正直に申し上げますと、私自身も今何が起きているのか分からなくて……混乱しているんです。申し訳ありませんが、明日中に整理してお話しさせていただけませんか?」


私の答えに、正木刑事は目を細めて私とジン、そして彼が持っている怪物の首を交互に観察し、静かに答えた。


「……分かりました。ただし、三つだけ答えてください。第一に、彼はあなたのご自宅にあった人形ですか? それとも、人形のモデルになった人物ですか?」

「あー……ええと……」


よりによって一番答えにくい質問を。一瞬「モデルです」と言い逃れようとしたが、目の前の相手は他人の個人情報を閲覧する権限を持つ警察官であることを思い出し、ため息をついた。


「この子は、家にいた御人形様です」

「……本当に、人形が動いているのですか?」

「はい」

「……」


正木刑事は納得がいかないという顔をしたが、それ以上は問い詰めなかった。ゆっくりと頷き、彼は言葉を続けた。


「第二に。彼が持っている首が、あなたを追っていた……春梅しゅんばいさんの振りをしていた怪物ですか?」

「はい。おじいさんの体がどこへ行ったのかは分かりませんが、怪物はこれで間違いありません」

「最後に……その怪物は、確実に死んでいますか?」

「それは……」


私に聞かれても分からないわよ。


問いかけるような視線でジンを見ると、彼と目が合った。ジンを見るたびに目が合う気がするのは、私の錯覚……よね?


「ジン。その怪物……死んでるのよね?」


私の問いに、ジンは刑事の方を見向きもせず、その首を正木刑事の足元へ放り投げた。驚いたはずなのに、後ずさりもせず怪物の首を注視する刑事は、頼もしくもあり、どこか超然として見えた。腰を落として怪物の様子を真剣に改めていた彼は、やがて驚愕を含んだ声を漏らした。


「これは……」


正木刑事は、怪物の正体に心当たりがあるのだろうか。怪物の首を見つめていた彼は、小さくため息をついた。


「……雪奈さんもお疲れでしょう。明日、落ち着いたら連絡をください。私がご自宅へ伺います」

「いえ。殺人犯に、春梅さんに、あの怪物まで。刑事さんもお忙しいでしょうから……そうですね、明日の午前中に私の方から署へ伺います」

「よろしいのですか?」

「はい」


家にいたら、ジンがどんな突飛な行動に出るか分からない。自宅で血生臭い話をしたくないという思いもあった。私の答えに、正木刑事は頷いた。


「承知しました。ご自宅までお送り……」


正木刑事の言葉が終わる前に、私を抱き上げたジンはそのまま刑事の脇を通り抜け、洞窟の出口へと向かった。ここまで来ると、彼の行動にも驚きは感じない。正木刑事が視界から消える前に、私は慌てて叫んだ。


「あ、あの、私たちは自分たちで帰れるので大丈夫です! 刑事さん、また明日!」


家へと続く帰り道。おじいさんに化けた怪物を追って山を登り、洞窟に入ったのはせいぜい30分ほどだったはずだが、その間にどれほど降ったのか、積もった雪に足がずぼずぼと埋まった。あ、もちろん埋まったのは私の足ではなくジンの足だけど。


ジンは私を腕に抱いたまま、なだらかな山道を下っていった。自分の足で歩きたい気持ちはやまやまだったが、どうせ言ったところで聞き入れないだろうし、口を動かすだけ体力の無駄だと思い、大人しく彼に抱かれたまま下山することにした。


絶壁からどうやって地上へ降りたのかと聞かれれば……ただ「ふわりと飛び降りたら足が地面に着いた」としか言いようがない。


運動神経がいいのか、それとも人間ではないから人間には不可能な角度と弾性を活用したのかは分からない。別に知りたくもないけれど。


そうして里へと下りる途中、お年寄りの誰かに鉢合わせたらどうしようかと不安だったが、不気味な事件に加えてこの大雪のせいか、村はいつも以上に人影がまばらだった。どんよりとした空から降り注ぐ雪が、ジンの髪と服をしっとりと濡らしていく。


(そういえば……)


私が持ってきたジンの着替えはどこへ行ったのかしら。森を抜けた時はまだ持っていたはずだから、あの辺りに落ちているはずだけど。


(あったかしら? 覚えてないわね)


雪もひどいし、周囲を見渡す余裕もなかったので、近くに何があったか記憶にない。わざわざ戻って拾うほどの体力も残っていないので、回収はまた今度にしよう。


(ふぅ……本当に長い一日だわ)


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