御人形様の行方 (2)
「おじいさん、どこまで行くんですか? とりあえず、荷物は私に貸してください」
おじいさんに近寄るとすぐに, 背中に山積みになっていた荷物を下ろした。嵩は張っているが, 中身は意外なほどに軽い。
一体何が入っているのだろうか。
両手いっぱいに荷物を抱え、私が首をかしげていると、おじいさんはにこやかな顔でお礼を言った。
「ありがとうね、お嬢さん。やはり、あんたは本当に優しい子だ」
この年でお嬢さんと呼ばれるのは少し面映ゆいが、お年寄りから見ればまだ子供のように見えるのかもしれないと思い、思わず苦笑いが漏れた。
それにしても……この村で私を「お嬢さん」と呼ぶ人はそう多くない。私は深く刻まれたおじいさんの皺の寄った顔をじっと見つめた。
最初はかなりのご高齢だったのでどなたか分からなかったが、呼び方や声をよくよく思い出してみると、知っている方だった。
私と同じ時間帯に散歩に出る方で、他の方々よりは少しばかり交流があったのだ。
ただ、ここ半月ほどは体調を崩して家から出ていらっしゃらなかったので、顔を忘れてしまっていた。すぐに気づけなかったことが申し訳なく感じられた。
「春吉おさん。お体はもう大丈夫なんですか? こんなところまで出てきていいんですか?」
「ああ、大丈夫だよ。だいぶ良くなったんだ」
「それなら良かったです。でも、こんなにたくさん荷物を持ってきちゃダメですよ。どこまで行くんですか?」
「この先の山まで行けばいいんだよ」
「この天気にですか?」
昨日ほどではないが、今も雪が降っている。外は寒いし、病床から起き上がって間もないはずなのに大丈夫だろうか。
私の心配そうな視線に、おじいさんの皺だらけの顔に困惑が浮かんだ。おじいさんが尋ねた。
「重すぎるかい? すまないね。どうしても行かなければならない用事があって」
「荷物が重いわけじゃないんです。私は平気ですけど、春吉さんのことが心配で。
「ふふっ。優しい子だ。案じなさるな。遠くへ行くわけでもないし、この爺さんもそれほど軟弱ではないよ」
「それならいいんですけど……でも、雪で滑るかもしれないから気をつけてくださいね。そうだ、私が先に行くので道を教えてください。私が踏んだところだけを踏んでくださいね。絶対ですよ、いいですね?」
「わかっているとも、わかっているよ」
私の念押しに、おじいさんは孫娘を見るように微笑みながら頷いた。
妙に泰然としていらっしゃるので余計に心配になる反面、私より何倍も長く生きてこられ、山道も熟知しているはずの方にこれ以上口うるさく言うのも気が引けた。
私は、おじいさんが無理なくついてこられるよう、ゆっくりと歩みを進めた。
(それにしても……よりによって、なぜこんな日に山へ行くのかしら)
家からもよく見える裏山は村の入り口と繋がっているのだが、山の入り口あたりは年配の方々が頻繁に行き来する場所なので、それなりに整備されている。
しかし、上へ登るほど久万高原の山脈らしく非常に険しくなり、整備どころか道すじ一つない場所なので、私も一番上まで登ったことはなかった。
うーん……今日中に下りてこられるかしら?
雪に覆われた山を見上げながら、私はおじいさんの指示に従って慎重に前へ進んだ。
他の方々が雪かきをしてくれたのか、道に雪はそれほど多くなく、登るのに苦労はしなかった。緩やかな坂を登り切ると、雪に彩られた幻想的な山の姿が視界いっぱいに広がった。
「わあ、雪山ってすごく綺麗ですね」
実は登山があまり好きではないため、子供の頃もこの山に足を踏み入れたことは一度もなかった。移住してからも当然行かなかったし。
そのため、山に来るのは初めてだったが、想像以上に美しい情景に心を奪われてしまった。こんなに綺麗な景色をすぐそばにして知らずにいたなんて、実にもったいないことをした。
(街灯もあることだし、ジンを連れて散歩がてらここに来るのも……いや、いくらなんでも夜に来るのはまずいかしら? 朝、私一人で来る方がいいかな)
美しい風景を鑑賞しながら山を登っていると、いつの間にか一息つけるような小さな広場が現れた。どうやらここまで整備する人はいないのか、積もった雪の向こうに、まばらに足跡がついていた。
(それはそうと……)
先ほどの緩やかな道とは違い、広場から山頂へと続く道は非常に険しく、装備なしで登るのは到底無理そうだった。
「春吉さん、次はどこへ行けばいいですか? もしかして、あの上まで登るんですか?」
「おや? いや、もうほとんど着いたよ。ここからはこの爺さんが案内しよう。こちらへおいで」
「あ、はい」
おじいさんは広場を通り過ぎ、木々の隙間へと足を踏み入れた。そこは獣道どころか、道自体が存在しない場所だった。ここ……入っても大丈夫な場所なの?
「春吉さん、ここ、入っても大丈夫なんですか?」
「ああ、もちろんだとも」
そう言い残したおじいさんは、軽やかな足取りで木々の間をかき分けて進んでいった。先ほどとは比べものにならないほど素早い動きだった。
道もろくにないのに、どうしてあんなに速く進めるのか不思議なほどだった。おじいさんに続いて慎重に山を登ることしばし。
鬱蒼と茂った木々の合間に、広い断崖が見えた。切り立った崖の下には水が流れているのか、微かな霧の向こうから水の音が聞こえてきた。
白い岩と白い霧、そして白い雪。すべてが真っ白な場所だからか、どこか神聖な感じがした。
山神様がいるとしたら、きっとこういう場所に住んでいるのではないかと思えるほどだ。
これもまた絶景だと感嘆しながら崖を見つめていると、おじいさんが崖の縁に立って私に手招きをした。
「お嬢さん、おいで」
「あ、はい」




