御人形様の行方 (1)
目を細め、足跡らしきものを辿りながら祖母に電話をかける。単調な呼出音が鳴り始めて間もなく、聞き慣れた祖母の声が私の名前を呼んだ。
『もしもし、雪奈かい?』
「おばあちゃん! 急にごめんね。ジン……いえ、御人形様について聞きたいことがあって」
『おや? 御人形様に何かあったのかい?』
「話せば長くなるんだけど……御人形様が家から消えちゃったの。服もちゃんと着ないで出ていっちゃったんだけど、どこへ行ったか心当たりはないかなと思って」
『まあ……御人形様が……もうお動きになったのかい?』
(もう……動いたって?)
どうやら祖母は、ジンについて何か知っているようだ。まあ、一生をここで過ごしたのだから、私より多くのことを知っているのは当然といえば当然だろう。
祖母から情報を得ておいた方がいいと考え、私は早口に言葉を続けた。
「おばあちゃん、御人形様が動くこと知ってたの? なんで教えてくれなかったのよ。驚いて心臓が止まるかと思ったんだから。うちの御人形様が動くってことは、もしかして他の家の御人形様たちも動くの? そもそも、なんで動くの?」
『聞きたい気持ちはよくわかるが、そんなに早口じゃ聞き取れないよ。雪奈、一つずつ聞きなさい』
「あ……」
思わず焦って聞きすぎてしまった。立ち止まって質問を並べていた私は、再び歩き出しながら、現時点で最も重要な質問を投げかけた。
「おばあちゃん。御人形様がどこへ行ったか心当たりはある? 連れ戻さなきゃいけないと思って、探しに出てきたんだけど」
『いつお出かけになったか知ってるかい?』
「そんなに前じゃないと思う。一時間前後かな」
『なら、迎えに行かなくても大丈夫だよ』
「え? そうなの?」
御人形様をあれほど大切にしていた祖母なのに……意外だった。進んでいた足を止め、私は続く祖母の言葉に耳を傾けた。
『ええ。御人形様は年に数回ほど、席を外されることがあるんだよ。短ければ半日、長ければ数日かかることもあるけれど、行くべき場所へ行って、なすべきことをしているだけだから、心配することはないよ』
「行くべき場所」と「なすべきこと」か……。人形に対する言葉としては、あまりにも意味深と言わざるを得ない。
「おばあちゃん。この村の御人形様って一体何なの? なんで……どんな原理で動いているの?」
人形というのは人間に似せて作られたものではあるが、人間ではない。目的を持って人間の代わりをするために作られた、けれど決して動かず、思考することもない「物」ではないのか。
「村で御人形様を尊ぶのは、御人形様が思考し、動くからなの?」
余裕がなくて聞き流していたけれど、実はこれほど重要な問題も他にない。
人間味など微塵も感じられないジンの不気味な姿を思い浮かべながら尋ねると、スマートフォンの向こうから祖母の吐息が聞こえてきた。
言葉を選んでいるようなその気配を待つと、やがて祖母の静かな声が響いた。
『……雪奈。おばあちゃんの部屋は、まだそのままにしてあるかい?』
「うん。あの家はおばあちゃんたちの家でもあるから。いつでも戻ってこられるように、毎日掃除もしてるよ」
『ありがとうね。おばあちゃんの部屋に行けば、本棚に題名のない本が一冊刺さっているはずだよ。それを読めば、あんたの抱いている疑問はすべて解けるだろう』
「え? どうせ知ることになるなら、今教えてくれたっていいじゃない」
『ただの人間が、滅多なことを口にするもんじゃないよ。本の中にすべての真実が記されているはずだから、何も心配はいらない』
ええ……どこで聞こうと同じ情報でしょうに。口頭で簡単に教えてくれたっていいじゃない。非常に不満だったが、こんなことでへそを曲げる年齢でもないので、文句を言うのも憚られた。
普段優しい祖母が言葉を濁すのを見ると……まあ、何かしら重大な理由があるのだろう。家に帰って本を探してみようと決心し、私は祖母に尋ねた。
「わかったわ。それはそうと、おじいちゃんの具合はどう? 少しは良くなった?」
『雪奈になかなか会えないって、ぶつぶつ言ってるよ。最近は体が良くなったせいか、小言がうるさくて敵わないわ』
言葉ではそう言いつつも、声の端々に深い愛情が滲んでいるのが丸わかりだった。
祖母の愛ある愚痴にクスクスと笑い、どうせジンを探しに行くわけでもないのだから、このまま立っていても寒いだけだと、家に向かって踵を返した。いや、返そうとした瞬間だった。
「お嬢さん。少し、こちらへ来てくれんかね?」
「えっ?」
祖父母と同じくらいの年代だろうか。曲がった背中に危うげな荷物を積み上げたおじいさんが、私に手招きをしていた。
着ている着物が妙に古風なせいか、かなり目を引く方だった。村では見たことがない気がするけれど……どこのお宅の方だろう。
不思議そうな顔で彼を見つめていたが、呼ばれたことにワンテンポ遅れて気づいた私は、おじいさんに近づきながら尋ねた。
「おじいさん、どうかしましたか?」
「見ての通り荷物が多くてね。少し手伝ってくれんかね?」
「あ、はい。今行きます」
一人で持つには荷物が多いと思ったら、手伝ってほしいということだったのか。まだ通話が続いていたので、私は慌てて祖母に言った。
「おばあちゃん、ごめんね。おじいさんが手伝ってほしいって言うから、終わったらまたかけ直すね」
『おじいさん……?』
「私もどなたかは詳しく知らないんだけど、村の方みたい。白い着物を召しているんだけど、荷物がすごくて」
『着物……? 待って、雪奈』
「お嬢さん、まだかい?」
「あ、はい! 今行きます! おばあちゃん、後でね!」
祖母は何か言いたげな様子だったが、ジンのことも心配なさそうだし、後で連絡することにして私はおじいさんの元へ向かった。




