騒ぎの収まった村で (1)
「ふむ……」
(私は協力するなんて一言も言っていない気がするんだけど?)
正直なところ不満だったが、公権力を前に文句を言うわけにもいかない。私は眉をひそめながら言葉を濁した。
「ええと……つまり……」
警察にどこまで話すべきだろうか。精神異常者だと見なされないラインはどこにあるのか。私が話しあぐねているのを察したかのように、彼は穏やかな微笑みを浮かべて説明を続けた。
「多少、非現実的なお話でも構いません。覚えている範囲で話していただければ結構ですよ」
どこか意味深な刑事の答えに、私の視線が彼に向いた。年齢は三十半ばといったところだろうか。柔和な印象の刑事は、警察官というよりは図書館の司書の方が似合いそうな知的な雰囲気を持っていた。見ているだけで人の心を落ち着かせるような空気のせいだろうか。私はいつの間にか、自分が経験した一連の出来事をぽつりぽつりと話し始めていた。
「……通報したところまではよかったんですが、あまりの恐怖に思わず気を失ってしまったみたいで。目が覚めたらベッドに寝かされていました」
非現実的な話だとしても、ジンが動き出し、着ぐるみが人間を食らったという話はあまりに荒唐無稽すぎるため除外した。私の答えに、刑事は微笑を浮かべながらも、眼光だけは鋭く光らせて言葉を継いだ。
「気を失ってからのことは、本当に何も覚えていないのですか?」
「はい」
「雪奈さんをベッドまで運んだのが誰かも、ご存知ないと?」
「はい。ただ……意識を失う前に、家の中に人影が入ってきたような気はします」
「人影?」
「はい。街灯に照らされた影を見ただけなので正確ではありませんが、人間ほどの大きさの『何か』でした」
私の答えに、彼は何かを考えるように僅かに眉を寄せた。一体、どんな言葉を聞きたいのだろうか。
他に本当に何も知らないというふりをして知らん顔を突き通すと、彼が言った。
「雪奈さんの家に侵入したのは、八件の殺人を犯した連続殺人犯です。彼は用意周到なことで有名で、警察も追跡に手を焼いていました」
八人……? サイコパスの殺人鬼だとは思っていたけれど、想像以上の異常者じゃない! 驚く私を見て、刑事は薄く溜息をついた。
「そんな狂気的な殺人犯が本日午前、駐在所の中で遺体となって発見されました。推定死亡時刻は、あなたが通報した十一時四十五分から零時頃。着ぐるみの中で食い散らかされたような姿だったそうです」
「着……ぐるみ、ですか」
「ええ。状況から見てあなたが最も有力な容疑者ですが、この家から駐在所までの距離は、どんなに急いでも二十分以上かかります。あなたが警察に通報したこと、犯行の痕跡が全くないこと、雪が降ったとはいえ車が往来した形跡を消すほどではなかったことなどを考慮し、容疑者からは除外されましたが……」
容疑者から外れたからといって、事件と無関係な人間になるわけではない。それどころか、私は被害者であり生存者でもあるのだ。少しでも手がかりを得たいのだろう。問題は、手がかりらしいものを提示できないことだ。
私が何も知らないという顔で瞬きをしていると、刑事は目を細めて言葉を続けた。
「雪奈さん。あなたはここに住み始めて一ヶ月ほどですね。この地域について、どれくらいご存知ですか?」
「ええと……正直に言うと、よくは知りません。祖父母が一生暮らした場所で、父の故郷であること。そして、ここには少し特殊な風習がある。それくらいです」
「なぜこのような風習が存在するのか……気になったことはありませんか?」
「さあ、深く考えたことはなかったと思います」
昨日までは、ただの「変な村の変な風習」として、守らなければ少し縁起の悪いことが起きるのではないか、程度の軽い考えしか持っていなかった。けれど、食人の人形たちを見てしまった今では、迷信に基づいた単なる風習には見えなかった。人形について何か知っているような刑事の反応を見るに、ますます何か重大な理由があるのではないかと思えてくる。
私の視線が刑事を通り過ぎ、ジンへと届いた。あまりにも人形らしいその姿は、見慣れているはずなのに妙な違和感を醸し出していた。
「何はともあれ、支援金まで出るほどなら、この村と御人形様を祀る風習には何か特別な理由があるのではないかとは思っています。刑事さんはご存知なのですか?」
「詳しくは知りません。ただ……この村では特に、御人形様に関係した事件が多く起きるのです」
「御人形様に関係した事件……ですか」
「ええ。事故や詐欺はもちろん、殺人や災害までもが御人形様と関わって起こります」
刑事の話はこうだった。この村では何度か、御人形様が関与した事件が存在した。すべての被害者は「御人形様に礼を尽くさなければならない」という規則を無視し、御人形様を疎かに扱っていた。
「そのうちの数名は、御人形様を損壊させるまでしたそうです。御人形様の持ち主に危害を加えた者もいました」
御人形様をないがしろにした程度なら、身体の一部が不自由になったり家計が苦しくなったりする程度で済むという。だが、御人形様を壊したり、持ち主に害をなした者の末路は、言葉では説明できないほど奇妙で凄惨なものだった。三代先まで一家離散するのが最も軽い部類だと言えば、事の重大さが分かるだろうか。
これほど危険な事故が起きるなら、誰かが御人形様の秘密を暴きそうなものだが、奇妙な出来事が何度起きても、村人たちは御人形様について一切口を割らなかった。捜査に協力しなければ不利益を被ると説明しても、村人たちは黙秘権を行使するばかり。
(黙秘権を行使した……)
だとしたら、村の住人たちは御人形様が動くことを知っているのだろうか? ジンの他にもすべての御人形様が動いていたとか? ジンも祖父母がいた頃はよく動いていたのに、新しい持ち主である私が来たことで動かなくなっていたのかもしれない。
(おじいちゃんとおばあちゃんは知っているのかしら?)




