御人形様と規則、そして対価 (7)
「……あ。雪奈、起きなさい」
「んん……もう、なんで起こすのよ……」
朝日の眩しい朝だった。窓から入り込む冷たい風に、布団を全身に巻きつけて眠りの中にいた時のこと。しつこく起こしてくる誰かの声に眉をひそめた私は、寒さから身を守るために体を丸めてうごめいた。すると、聞き慣れた声が呆れたように言葉を繋いだ。
「今、家に警察が来ているわよ。昨日、一体何があったの? あなたはどうしてそんなに呑気に寝ていられるの」
「何のこと……? 警察がうちになんで……」
そこまで言いかけて、私は家の中で聞こえるはずのない声が響いていることに気づき、ガバッと目を開けた。私が跳ね起きると、母が心配そうな顔で私を見つめていた。
「お母さん? なんでここに?」
「あなたが昨日、家に誰か入ってきたみたいだってメッセージを送ったじゃない。泥棒かどうかわからないけど、もしその後に追加で連絡がなかったら警察に通報してくれって」
「あ……」
そういえば、両親に連絡を入れていたんだった。来てくれるとは思っていたけれど、本当に心配してここまで駆けつけてくれたようだった。
両親が家に到着したのは夜明け頃で、季節外れの大雪で道路が寸断され、遅くなってしまったのだという。
身を焦がすような思いでなんとか家にたどり着き、慌てて中に入ると、私がぐっすり眠っていたのだそうだ。
「何事もなかったんだと思って一安心していたら、警察が訪ねてきたのよ。雪奈、昨日何があったの?」
「それは……はっ!?」
母に昨夜のことを説明しようとした私は、その時になってようやく自分がジンと一緒に寝ていたことを思い出し、驚愕して後ろを振り返った。
けれど、私の後ろには丸まった布団があるだけで、ジンの姿は毛筋一本見当たらなかった。
遅まきながら、もし私の後ろに人形が寝ていたなら、母がこれほど平穏に質問などしてくるはずがないと思い至った。母にジンを見られなかったのは幸いだけれど……。
(ジンはどこへ行ったの? 警察はなぜ来たの? それに昨日は……)
熟睡していたところを急に現実へと引き戻された反動で、頭がうまく回らなかった。
眉をひそめて虚空を注視していたが、ベッドにかけてあったカーディガンを羽織りながら私は尋ねた。
「お母さん。警察の人たちはどこにいるの?」
「今は別棟にいらっしゃるわ。あなたが別棟に泥棒が入ったみたいだって言ったでしょう?」
「あ……じゃあ、顔だけ洗ってすぐ行くわ」
「大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫。大きなことは……なかったから」
昨夜の出来事が頭をよぎったが、私は何でもないことのように首を横に振った。殺人犯は食われ、痕跡一つ残っていない。ジンは……別棟に戻っているのだろうか。
それとも、ジンと一緒に眠りについた部分は私の夢だったのか。あるいは、すべてが夢?
(いいえ、どう考えてもあれが夢のはずがないわ)
すべてが現実だと思いながらも、どこか夢心地のまま別棟へと向かうと、刑事らしき私服姿の中年男性と、制服を着た私と同年代の男性、そしてジンが別棟の中にいるのが見えた。
ジンはいつも座っていたソファに座り、正面を向いていた。昨夜動いていた姿が嘘であるかのように、いつもの通りの人形の姿……だった。
(いつ戻ったのかしら)
私が眠りについたのは深夜過ぎで、両親が来たのは日が昇る前の夜明け頃だから……私が眠るとすぐに母屋へ戻ったのかしら? なぜ戻ったの? 両親が来るのを知っていたから? どうやってそれを知るの?
戻るのは構わないけれど、戻るつもりならなぜ一緒に寝たの? そもそも、なぜ毎晩寝室に来るのかしら。私を寝かしつけるため?
身の安全が確保されると、またしてもあれこれと考えが頭をよぎった。もちろん、その思考も掘り下げたところで意味がないことは分かっていたので、私に気づいて近づいてくる警察官たちを見ながら頭の中を整理した。
「失礼します。雪奈さんですね。私は久万高原署の正木と申します」
「こんにちは」
「十二月二日、午後十一時四十五分頃、警察に110番通報があったことを覚えていますか?」
「えっ? あ……」
殺人犯から逃れて別棟に避難した時、通報ボタンを押したんだった。
警察の質問に肯定するように頷くと、彼らは質問を続けた。
「当時、雪奈さんは誰かに脅かされていましたね。状況を詳しく伺ってもよろしいでしょうか。それからお母様。大変申し訳ありませんが、事情聴取のため、少し席を外していただけますか?」
「分かりました」
「ご協力に感謝します」




